第1 はじめに
退職者が会社の情報を無断で持ち出し、使用している、または使用しているおそれがあるケースがあります。
会社の情報は重要な資産であり、これが無断で使用されると会社の事業に重大な支障が生じることがあり得ます。
本記事では、このような場合への対応策を解説します。
第2 事実関係の調査・記録化
1 事実関係の調査
まずは、客観的な証拠に基づき、「いつ、誰が、何を、どのように」持ち出したのか、事実関係を迅速に調査する必要があります。
(1)電子媒体の調査
多くの情報はPC等の電子媒体上で管理されていることが多いため、電子媒体の使用・通信履歴、メールの送受信履歴の確認、USBメモリ等の外部記録媒体の接続履歴の確認、クラウドストレージ等へのアップロード履歴の確認、(導入している場合)ログ管理ソフトの確認等を速やかに実施することが重要です。
また、データが削除されている場合でも、専門業者に依頼することで、データの復元・解析が可能な場合があります。
(2)ヒアリングによる調査
PC上の記録だけでなく、関係者へのヒアリングも重要です。社内に残った元同僚などが重要な情報を知っている場合があります。また、元従業員から連絡を受けた顧客からの情報提供も、持ち出された情報の範囲や使用実態を把握する上で有力な手がかりとなります。
2 調査の記録
調査によって判明した事実は、後の法的手続の証拠として用いることができるように、記録化しておく必要があります。
電子媒体のログデータ等は、改変されないよう保全します。
変更されることがあり得る情報(ウェブサイト等)は、日時も一緒に記録しておくことが重要です。
第3 違法性・規則違反の検討
整理できた事実関係を踏まえ、退職者の行為に違法性があるのか、就業規則等の契約違反等に該当するかを検討します。
1 債務不履行や不法行為
従業員が会社との間で締結した誓約書や、就業規則上の秘密保持義務に違反して情報を持ち出し、使用する行為は、民法上の債務不履行(民法第415条) または 不法行為(民法第709条) に該当する可能性があります。
これらに該当する場合、会社は退職者に対して、情報の返還請求、使用の差止請求、および損害賠償請求を行うことができます。
2 不正競争防止法に基づく措置の検討
持ち出された情報が 不正競争防止法上の「営業秘密」 に該当する場合、同法に基づき、より手厚い保護を受けることができます。
【経済産業省(不正競争防止法)】
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/index.html
「営業秘密」として認められるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります(不正競争防止法第2条第6項)。
(1)秘密管理性: 秘密として管理されていること
(2)有用性: 事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること
(3)非公知性: 公然と知られていないこと
第4 具体的な法的アクション
1 警告書の送付
上記の検討を踏まえて何らかの請求が可能と判断した場合、侵害行為を直ちに停止させるために、相手方に対して警告書を送付することが考えられます。
事実上の侵害行為を停止させる効果が期待できます。
2 裁判手続による民事上の請求
警告書を送付しても相手方が応じない場合、裁判手続による解決を図らざるを得ないことになります。
(1)訴訟
訴訟を提起し、差止請求・損害賠償請求を行うことを考えられます。
ただし、訴訟では平均審理時間が9カ月以上であり、争いがある事案では数年かかることも珍しくありません。
この期間において、不正使用が継続されてしまうと会社の不利益が拡大するおそれがあります。
(2)仮処分
上記のとおり、訴訟では時間がかかることから、緊急性が高い場合には、本格的な訴訟の前に、暫定的に侵害行為の差止めを命じる仮処分を裁判所に申し立てることが検討されます。
3 刑事告訴
持ち出された情報が「営業秘密」に該当する場合、不正競争防止法違反として刑事告訴することも考えられます。
刑事告訴は容易ではありませんが、刑事告訴により交渉が有利に進むこともあり得ます。
4 退職金の減額・不支給
就業規則や退職金規程に、秘密保持義務違反があった場合の退職金減額・不支給に関する定めがあれば、それを根拠に退職金の減額等を検討できます。
このような措置があり得ることを踏まえて、交渉を有利に進めることが考えられます。