1 まず、本テーマの理解の大前提として、取締役会および取締役の会社法上の基本的な役割を説明します。
取締役会は、公開会社においては必須の業務執行機関であり(会社法328条、327条)、権限の中核は「業務執行の決定」「業務執行の監督」「代表取締役の選解任」です(会社法362条)。
「業務執行の決定」は、業務執行を行う代表取締役(通例は社長)に委任することができますが、重要財産の処分、多額の借財、重要な使用人の選解任、支店等の設置等の一定の重要事項については、社長に一任することは法的に許されず取締役会で決定しなければなりません(同条)。
上場会社の取締役会には、これらに加えて、経営戦略や中長期的な企業価値に関する議論と方向性の承認、株主およびその他のステークホルダー、従業員、取引先等からの信頼性確保、コーポレートガバナンスの遵守などの役割も求められています。
取締役会の構成員である取締役には、「社長」「専務」「常務」(※これらは社内呼称であり会社法上の地位ではありません。)のようにその会社の業務執行を担う業務執行(社内)取締役と、業務執行を行わない社外取締役(業務執行取締役、従業員、親会社の使用人等でない者・会社法第2条15号)ないし独立役員(一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役・上場規則436条の2 ※取引先の元社長、親会社の元執行役員、顧問弁護士、大株主の関係者等は社外取締役になれますが独立役員ではありません。)があります。
個々の取締役は、このような役割を持つ取締役の構成員として、善管注意義務および忠実義務、監督義務を尽くして取締役会の意思決定に参加することが求められています。
2 取締役会に求められる役割の変遷とその背景
会社法改正やコーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コード、市場環境の変化、政府による上場会社への資本効率向上に向けた働きかけなど複数の要因を背景として、取締役会に求められる役割も変化してきました。
近年、社外取締役や独立役員の義務付けやダイバーシティはイノベーションを促進するという観点から、日本企業の取締役会に占める社外取締役の割合は急増しました。社外取締役の要件も法改正によって厳格化されています。
2024年時点で東証プライム上場企業の997社が2名以上の独立社外取締役を選任し、981社で取締役の3分の1以上を独立社外取締役が占めています。これは2014年時点それぞれ215社、64社程度から飛躍的な増加であるということができます。
政府主導で2015年にCGコードが導入され、経済産業省が2022年に公表した「コーポレートガバナンス・システムに関する実務指針CGSガイドライン」でも、取締役会の機能として①経営陣の指名・報酬決定等を通じた業務執行の監督機能と、②個別の業務執行に係る重要事項の意思決定機能という二つがあると整理されました。従来の日本企業では後者の意思決定機能に偏重し監督機能が十分発揮されてこなかったと指摘されており、CGコード導入以降は取締役会による監督の重視へと舵が切られています。
また、金融庁が策定したSSコードは、機関投資家に対し受託者責任のもと積極的な議決権行使と建設的な対話を促しています。これにより株主特に国内機関投資家の議決権行使姿勢は大きく変化しました。以前は機関投資家が経営陣提案に反対票を投じる例は稀でしたが、この10年で反対票は珍しくなくなっています。例えば2023年のキヤノン定時株主総会では、女性取締役候補者がいないことを理由に国内運用会社が議決権を反対行使し、社長の再任議案が賛成率50.59という僅差で辛うじて可決される事態となりました。翌年に女性取締役候補を加えたところ、同氏の選任は90以上の賛成を得たとのことです。このようにSSコードの浸透で株主がガバナンス上の問題例えば取締役の多様性欠如に厳しい姿勢を示すようになり、取締役会も株主の目線を意識せざるを得なくなっています。
日本企業の株式保有構造も大きく変わりました。1990年代以降、銀行や生保などの国内金融機関による持合株式の解消が進み、現在では上場企業の株式の約30%を外国人株主が保有し、金融機関の持株比率は1割未満に低下しています。安定株主に守られた経営は過去のものとなり、純投資目的の株主が増えたことで議決権行使も「儀礼的な追認」から実質的な審査へと変わりました。
東証はPBR株価純資産倍率1倍割れ企業に対して経営改善策の開示を促し、金融庁もガバナンス改革の実質化に向けたアクションプログラムを公表しました。さらに経済産業省は企業買収に関するガイドラインを策定し、「資本効率の向上に真剣に取り組まない上場会社」は同業他社や異業種からの同意なき買収提案いわゆる敵対的買収を受けてもやむを得ないとの姿勢を示しました。
以上のような状況を背景として、取締役会の役割は経営陣の意思決定を追認する場から、戦略を議論し経営を監督する場へとシフトしています(ガバナンスボードからアドバイザリーボードを経てモニタリングボードへという論者もいます。)。社外取締役や監査等委員である社外取締役の果たすべき責務は増大し、企業価値の向上や不祥事防止に向けた担い手として期待されるようになりました。
3 これからの取締役はどうあるべきか
ガバナンス改革が進展する中、これからの取締役特に社外取締役には経営の監督者としての積極的な役割と企業価値向上への貢献の双方が求められます。単に形式上の「社外者」ではなく、経営陣に対して建設的提言と牽制を行い、戦略策定にも資する存在であるべきです。そのためのポイントを以下にまとめます。
(1)監督機能の徹底強化
取締役会は今後一層、監督モニタリング機能に重きを置くことが求められます。CGSガイドラインも指摘するように、取締役会は経営陣の人事・報酬の決定等を通じて経営成果を評価・監督する役割を担うべきです。これからの取締役は、経営陣から独立した視点で業績やリスク管理をチェックし、中長期的な企業価値向上に責任を持つ「番人」として機能しなければなりません。社外取締役には特に、経営トップの選解任や報酬決定に関与することで経営陣を牽制・動機付けする役割が期待されます。
(2)「攻め」と「守り」の統合
持続的成長のため、ガバナンスの「攻め」攻めのガバナンス戦略・業績向上への関与と「守り」守りのガバナンス法令遵守・リスク管理は両輪であると認識する必要があります。稼ぐ力強化の観点から攻めのガバナンスが強調されがちですが、取締役はコンプライアンスをおろそかにせず、リスク管理を土台に戦略策定を支援するバランス感覚が求められます。社外取締役にも法務・財務の知見による守りと、経営経験や専門知識による攻めの視点の両方が期待されます。
(3)社外取締役の専門性・独立性
社外取締役には高度な専門性と経営に対する独立した視点が不可欠です。企業会計や法務、当該業界での経営経験、新規事業やDXの知見など、多様なスキルを持つ人材が求められています。取締役会は取締役のスキルマトリックスを作成し、各取締役がどのような専門性を提供できるか明らかにします。また当然のことながら独立性も重要であり、経営陣と適度な緊張関係を保ち「言うべきことを言う」姿勢が期待されます。
(4) 取締役会の多様性・ダイバーシティ
CGコードでも求められているように、取締役の多様性確保も重要な課題です。特に女性取締役の登用は国内外の投資家から強く求められています。このため各企業は女性や海外出身者、異業種の出身者など多様なバックグラウンドを持つ人材を取締役に迎え入れる動きを加速させています。多様な視点を持つ取締役会は議論の質を高め、リスク発見能力を向上させるとともに、企業のステークホルダーや市場からの信認向上にも繋がります。
(5) 実効性あるガバナンスへの実務対応
形式面で社外取締役を増やすだけでなく、その知見を経営に活かす仕組み作りが重要です。例えば、取締役会への付議事項基準の見直しもその一つです。社外取締役が増えたにもかかわらず取締役会が些事の承認に追われていては本末転倒です。日弁連の『社外取締役ガイドライン2023年改訂版』でも、社外取締役は取締役会の決議事項・報告事項の基準設定が適切か確認し、必要に応じて基準見直しを提案すべきとされています。実務的には、会社の規模を考慮して一定金額以下の案件は執行側に委任し、取締役会では戦略や重要案件に集中する運用が望まれます。また社外取締役への事前の十分な情報提供・説明や、取締役向け研修業界動向や法改正に関する勉強会の実施も実効性向上に有効です。社外取締役自身も必要な情報を積極的に要求し、専門外の分野について継続学習する姿勢が求められます。
(6) 優秀な人材の確保と環境整備
監督機能重視の潮流の中、複数の社外取締役を擁する企業が増えた結果、期待される役割を果たせる人材の不足が課題となっています。米国の企業では、CEOとCFO以外は全て社外役員であるというケースは珍しくありません。会社は社外取締役候補の開拓に努め、多様な分野から人材を登用する工夫が必要です。また優秀な人材に就任してもらうには、社外取締役にとって魅力ある環境づくりも欠かせません。D&O保険の充実や責任限定契約の活用等でリスクに備えることが重要です。
以上のように、これからの取締役には高度な専門性と独立性、多様な視点、そして経営へのコミットメントが要求されます。社外取締役は「企業価値向上のためのパートナー」であると同時に「株主・ステークホルダーの代弁者」として経営を監督し、社内取締役は「現場を知る執行者」として迅速確実な戦略実行と取締役会への説明責任を果たすことが期待されます。両者が緊張感を持ちつつ協働することで、平時・有事を問わず機能する強いガバナンス体制が実現されます。
4 取締役会において社外取締役と社内取締役に求められる役割の分担
取締役会は監督責任がある一方で、マイクロ・マネジメントを排し、日々の業務執行は原則として経営陣に一任し、重要な案件に集中すべきです。重要な案件を議論する取締役会において、社内・社外の取締役は、平時・有事/非常時にどのような役割を求められるでしょうか。
(1)社外取締役の役割(平時)
平時において、社外取締役は独立した立場から経営を監督・助言するのが主な役割です。日常的には、経営陣からの報告や提案を精査し、その適否を議論することで業務執行の監視を行います。特に取締役会が本来注力すべき重要事項に集中できているかをチェックし、必要であれば取締役会への付議事項の見直しを提案することも求められます。これは社外取締役が形式的な議事に追われず、本質的な戦略議論やリスク監督に時間を割けるようにするためです。加えて、社外取締役は会社の内部統制システムが適切に構築・運用されているかを監視する責任も負います。内部統制の整備運用自体は経営陣代表取締役などの職務ですが、社外取締役はその有効性を点検し、不備を発見した際には是正を求めることが期待されています。ESGやサステナビリティへの対応も経営課題となっており、社外取締役にはこうした広範なリスク・課題について社内に問いただし、必要な提言を行う役割もあります。社外取締役は経営戦略に対する建設的な助言者としても機能します。業界の常識にとらわれない視点や自身の経験に基づき、新規事業や資本政策などについて有益な示唆を経営陣に提供し、企業価値向上を後押しします。その際重要なのは、経営陣と取締役会の役割分担に対する共通認識を持つことです。すなわち経営陣業務執行担当と社外取締役が互いの役割を理解し、会社の規模・業態・株主構成に応じた適切な「監督と執行のバランス」を取ることが望まれます。社外取締役は経営陣との信頼関係を築きつつも独立性を保ち、取締役会が株主視点で健全に機能するようリードすることが平時の使命です。
(2) 社外取締役の役割(有事/非常時)
重大な不祥事や経営危機など際しては、事実関係を正確に把握し、経営陣が問題を隠蔽しないよう厳正に対処する必要があります。日弁連のガイドライン2023年改訂版でも、不祥事発生時に社外取締役が取るべき対応策が整理されており、迅速な事実解明と経営責任の明確化、ステークホルダーへの説明責任の遂行などが挙げられています。経営不振や敵対的買収提案など会社の存続に関わる局面でも、社外取締役は外部の視点から抜本的な経営改革やトップ人事の刷新を提言できる立場にあります。敵対的買収の場面では、特別委員会を設置して買収提案の是非を独立役員のみで検討するケースが一般的であり、社外取締役がその中心となります。社外取締役は会社と株主全体の利益を代表して提案を評価し、必要とあれば経営陣に計画修正や防衛策の再考を促すなど、公正な判断を下すことが求められます。
(3) 社内取締役/経営陣の役割(平時)
社内取締役は通常、執行役を兼ねる経営陣代表取締役や担当役員であり、経営の意思決定および業務執行の担い手です。平時において社内取締役に求められるのは、取締役会に対する十分な情報提供と説明責任の遂行です。自ら策定した経営計画や重要案件について、取締役会で適切に報告・提案し、社外取締役を含む取締役全員が理解し議論できるよう努める必要があります。経営陣は自社のビジネスや業界動向に精通していますが、その知見を取締役会全体で共有し、戦略の妥当性やリスクについて率直に議論できる環境を整えることが重要です。社内取締役は社外取締役からの質問や指摘に真摯に向き合い、必要な追加情報を提供したり意思決定プロセスを見直したりする柔軟性も求められます。「ノー」と言われない提案だけを上程するのではなく、時には敢えて重要な論点を取締役会に諮ることで多角的な議論を引き出す姿勢も望ましいとされています。社内取締役は取締役会を単なる承認機関ではなく経営の知恵を結集する場と位置づけ、社外取締役をパートナーとして積極的に協働することが期待されます。その際、自身が執行側の立場であることを踏まえ、社外取締役と役割分担の認識を共有することも大切です。すなわち、「経営の執行は我々が担うが、その評価・監督は取締役会(社外取締役を含む)不祥事例不正会計が担う」という大枠の役割分担を受け入れ、透明性の高い経営を行う姿勢です。社内取締役は、社外取締役が十分に機能できるよう、資料提供や現場視察の機会提供などガバナンスのインフラ整備にも配慮すべきです。
(4) 社内取締役/経営陣の役割(有事/非常時)
企業が不祥事や危機に直面した際、社内取締役にまず求められるのは、迅速な対応と取締役会への報告・相談です。特に自社経営陣に起因する不祥事例、例えば不正会計や法令違反が明るみに出た場合、社内取締役は自らの利害に関わらず公正に対処する覚悟が求められます。社内取締役はそのような局面でも会社と株主の利益を最優先に考え、取締役会社外取締役の決議・勧告を真摯に受け止め実行する義務があります。敵対的買収提案への対応でも同様です。経営陣にとって不本意な提案であっても、社外取締役中心の特別委員会が真摯に検討した結果として提案受け入れや経営陣退陣が最善と判断されれば、社内取締役は私情を挟まずその決定を受け入れる度量が必要です。
5 社外取締役は取締役会においてどのように振る舞うべきか
それでは、社外取締役は取締役会においてどのように振る舞うべきでしょうか。取締役会という会議体が効率的で円滑に運営されるためには、その役割にあった振る舞いが必要です。
(1) 業務執行者/経営陣の意見を尊重するべきとき
取締役の責任を判断するルールとして、「経営判断の原則(business judgment rule)」があります。投資家は、低成長のまま会社が存続するよりは、リスクをとっても成長することを期待しています。社外取締役は内部の事情に精通している訳ではないので、経営者を過度に委縮させず、経営陣がリターンのためのリスクをとれるようにする必要があります。「経営判断の原則」は、合理的な情報に基づいて、適正な手続きに従ってなされる判断であれば、著しく不合理なものでない限り取締役に責任は生じないというものです。このルールを前提とすると、社外取締役は、経営戦略に関するテーマについては、いたずらに保守的になることなく、経営陣のアイディアに知恵を貸し、それを応援する態度が求められます。
経営陣が新しい事業分野を開拓しようとしたり、M&Aを提案してきたとき、それらについて十分な情報を持たない社外役員が「それはいくらかかるんですか? コストは何年で回収できますか? 成功する確信がありますか?etc,,,」などといたずらにブレーキをかけるのは適切な態度とは思われません。
とはいっても、社外取締役は専門性のない分野についてコメントすることによって時間を無駄にすべきではないと硬く考える必要はないと思います。社外取締役が一般株主の代弁者としての役割を有しているとすれば、そのような立場の者として議案についての素朴な質問をすることに意味があるケースもあるからです。
また、業務執行側のプランが定性的なものに留まる場合には、例えばそのプロジェクトは、誰が責任者になって、〇〇というマイルストーンをいつまでに達成することを目途とするのか?などを質問して具体的にしていく、上手くいかなくて撤退する場合の撤退基準を検討してもらうこと、或いは他社における執務の経験から他社事例を差し支えない範囲で紹介することなどは、社外取締役が行うとよいことだと思います。
(2) 社外取締役が取締役会をリードすべきとき
以下のようなテーマについては、社外取締役には積極的な姿勢が求められます。
・ CEO後継者やトップ報酬を含む重要人事の指名と評価
・ 経営判断の原則の適用のない利益相反、及び法令への適合性に関するテーマ
・ 指名・報酬・ガバナンス委員会や第三者委員会での活動
6 最後に
会社と取締役会は、会議体としての取締役会が効率的に運営されるように常に工夫していくべきです。
例えば、日本では社長が議長を務めるのが通例でした。しかし、欧米の機関投資家などには「チェア・CEO分離原則(non-executive chair)」を支持するものもあります。会議体の議長は、会議の方向性を主導することができるのでCEOが議長をすると議事が独善的になりかねないからです。社外取締役が議長を務める会社は増えており、議事進行の上手な社外役員が議長をすることによって、より中立的で活発な議事運営が実現できる会社もあると思います。
取締役会の実行性の評価や見直しも定期的に行うべきです。
取締役会とCEOの関係については、『取締役会の仕事 — 先頭に立つとき、協力するとき、沈黙すべきとき(Boards That Lead)』(ラム・チャラン)や、コーポレートガバナンスに関して説いた書籍なども参考にされることをお勧めします。
2025年6月