包括的なAI法制「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI推進法)」が成立しました。背景には、生成AIの急速な普及と社会的影響の拡大があります。OpenAIのChatGPT等の登場以降、国内でもAI利活用が急増する一方で、フェイク情報、個人情報漏えい、著作権侵害などが社会課題となることが懸念されてきました。
政府はこれまでソフトロー(ガイドライン)を軸に対応してきましたが、欧州がAI法(AI Act)を制定したことや、国内の社会的要請を受け、法的枠組みの構築に舵を切りました。2025年2月に内閣が法案を国会へ提出し、与野党の修正協議を経て、同年5月28日に超党派で可決・成立に至りました。
法律の概要と制度設計
AI推進法は、「AIを活用する社会の発展」を目的とした基本法であり、個別規制法ではありません。構成は以下の通りです。
第1章 目的、定義、基本理念、各主体(国・地方・大学・企業・国民)の責務
第2章 政府が講ずべき施策(研究開発、人材育成、適正利用、国際協力等)
第3章 AI基本計画の策定義務
第4章 内閣にAI戦略本部を設置
企業に直接影響する条項は、主に以下です。
第7条(活用事業者の責務):AIを利用する事業者は、基本理念に則り、国や地方自治体の施策に協力する義務を負う。
第13条 国際規範に即したAI活用の指針を政府が整備する(事業者は「指針」を参照すべきことになる)。
第16条 政府はAIの活用実態やリスク事案を調査し、事業者に助言・情報提供・是正要請などを行える。
なお、刑事罰などの直接的制裁規定は存在せず、「研究開発機関、活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。」とされています。
主な国会論点と民間事業者への影響
国会審議では、「イノベーション推進とリスク管理の両立」が最大のテーマでした。
政府は、規制を最小限に抑える一方、政府が調査・指導・公表措置をとれるようにすることで、一定の抑止効果を狙っています。
また、「企業への義務はあまりに緩いのでは」との懸念に対し、政府は「基本法においては理念的な整理が優先であり、実効性はガイドラインや運用で担保する」と答弁しています。
悪質なAI活用(例:差別、誤情報の拡散、プライバシー侵害など)が発生した場合、政府が実名を公表できるかも注目されましたが、結局採用されずませんでした(上記第16条、本法律成立前の報道に一部実名公表ができるとしたものがありますが、結局見送られています。但し、今後改正される可能性は否めません。また、他の法令違反があるときは、当該法令に基づく企業名開示がなされる可能性はあります)。
当面問題になりそうなイシューとしては、
・ 個人情報保護
AIの学習データや生成物に個人情報が含まれる場合、個人情報保護法の遵守が不可欠です。学習データ取得時の適法性(本人同意の有無等)や、生成AIが個人データを出力しないためのフィルタリングなどを念頭に置いてAI利用に関するシステムを構築すべきです。
・ 知的財産権
AIの学習データとしてインターネット上の画像やテキストを用いるケースでは、著作権侵害のおそれがあります。AI推進法は知財面で直接の規制はしませんが、著作権法等の一般法令に触れれば当然責任追及されます。また生成AIが著作物に酷似したアウトプットを生成し、第三者の著作権や商標権を侵害するリスクも考慮しなければなりません。
・ 差別・偏見等の人権・倫理的問題
AIによる意思決定が特定の属性の人々に不利益を与える(いわゆるAIによるバイアス差別)問題も懸念されています。例えば雇用や融資でAIが差別的判断を行えば民法上の不法行為が成立する可能性があるだけでなく、人権侵害を行った企業として評価されることになりかねません。AIの出力結果を人間が検証する体制(Human in the Loopの確保)、アルゴリズムのバイアス検知・是正措置を講じることなどは倫理的責任であるのみならずリスク管理上も重要です。
企業の法務部が実務的に対応すべき事項
本法の施行に伴い、「信頼されるAI活用企業」になるため企業は次の点に留意すべきです。
1 ガイドラインを先取りし社内体制を整備すること
広島AIプロセス等の国際原則を反映した指針が政府より発出されることが見込まれているため、企業としては、AI活用ポリシー・倫理チェック・透明性の確保(例えば、「不適切なAI出力を減らす措置」や「AIの仕組みやリスク情報の開示」)などを社内に制度化する。
2 AI開発・提供契約の見直し
学習データの適法性(個人情報、著作物等)、免責・責任分担、バイアス対策などを含む契約・利用規約を法令と整合性があるように整理・整備する。
3 リスク事案への対応体制
インシデント発生時には、迅速な原因究明と政府・利用者への説明責任が求められます。会社へのダメージを最小化するためには誠実な初動対応が鍵となります。それを行うことができる体制を整備しましょう。
4 政府との建設的な連携
調査協力・実証実験・共同研究など、戦略本部や所管官庁との関係構築は、規制回避と同時に成長機会の獲得にも繋がります。
5 国際法令との整合
他国でビジネスを行っている場合には、EUのAI法や米国各州法など、越境的なAI規制への対応が必要となる場合があります(高リスクAIへの事前認証制や罰金規定が導入される見通しです。)。
以上