以前News Letter vol.179 「2」において、企業の営業秘密保護の見直しをめぐる議論(秘密管理性要件、営業秘密侵害対策)について紹介しました。(1)秘密管理性要件については、先日ブログで紹介しましたが、(2)営業秘密侵害対策について、平成27年3月13日、不正競争防止法の改正案が閣議決定され、本(第189回)通常国会に提出されましたので、その概要について紹介します。
はじめに ~改正案の背景
近年、新日鐵住金や東芝の技術情報が韓国企業へ流出した事案等、日本の基幹技術をはじめとする企業情報(不正競争防止法における「営業秘密」にあたります。)が国内外へ流出する事案が相次いで顕在化しました。また昨年は、ベネッセの顧客情報流出事件が発生しました。東芝の事案では、民事で昨年末330億円の和解が成立し、刑事で先日元技術者に懲役5年、罰金300万円の判決が言い渡されました。また、ベネッセの事案ではお詫びとして約200億円を支出したとされていますが、被害金額としては更に多額となることが予想されます。
このように、近年の営業秘密侵害事案は、被害金額が高額化し、現行法の罰金刑等では十分に抑止力を発揮できないのではないかとの懸念があります。
また、近年の情報通信技術の高度化・クラウドの普及によるサイバー空間の拡大に伴い、高度化された手口等に対応する必要があります。 そこで、営業秘密侵害行為に対する抑止力の向上等を刑事・民事両面で図るため、不正競争防止法の改正案が提出されました。
改正不正競争防止法の実施については、公布日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日(一部規定については公布日)からと予定されています。従前の議論によれば、平成28(2016)年度の実施を目指しているとのことです。
改正案のポイント
具体的な改正案については、経産省のHPで新旧対照条文が掲載されています。改正案については様々な整理の仕方があり得ます(法律案概要 の説明と法律案要綱でも整理の仕方が微妙に異なります )が、私なりに整理すると、大要以下の改正が行われる予定とのことです。
1 刑事関係
(1) 処罰範囲の拡大
① 技術上の秘密を悪用して生産された物の譲渡・輸出入等(新設)
② 営業秘密の転得者(3次取得者以降)による使用・開示(新設)
③ 海外サーバー上等の営業秘密の不正取得・領得(国外犯処罰範囲の拡大)
④ 未遂行為の処罰(新設)
⑤ 営業秘密侵害罪の非親告罪化
(2) 罰則の強化
① 罰金の上限額の引上げ
② 海外の営業秘密不正取得・使用等の重罰化(海外重課)(新設)
③ 営業秘密侵害により得た収益の没収・追徴等(新設)
2 民事関係
① 技術上の秘密を悪用して生産された物の譲渡・輸出入等の制限(新設)
② 営業秘密の不正使用行為の推定(新設)
③ 差止請求権の除斥期間の拡大
以下、詳しくみていきましょう。
1 刑事関係
(1)処罰範囲の拡大
① 技術上の秘密を悪用して生産された物の譲渡・輸出入等(新設)
まず、「不正競争」行為の一態様として、技術上の秘密(「営業秘密」のうち技術上の情報)の不正使用行為により生じた物(プログラム含む)を、悪意・重過失で取得した者が、当該物を譲渡、輸出入、又は電気通信回線を通じて提供する行為が追加されます(新2条1項10号)。
そして、技術上の秘密の違法使用行為により生じた物を、悪意で取得した者が、不正の利益を得る目的または秘密保有者に損害を加える目的で、譲渡・輸出入等したときは、刑事罰の対象となります(新21条1項9号)。
② 営業秘密の転得者(3次取得者以降)による使用・開示(新設)
改正案では、一定の罪に当たる開示が介在したことを知って営業秘密を取得した者が、不正の利益を得る目的または秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用又は開示したときは、刑事罰の対象となります(新21条1項8号)。
現行法は、違法行為者から直接開示を受けた者に限定されています(21条1項7号)が、営業秘密の流出・転々流通の危険性が高まっている現状に鑑み、悪意の転得者等も対象者に含まれることとしています。
③ 海外サーバー上等の営業秘密の不正取得・領得(国外犯処罰範囲の拡大)
現行法は、「日本国内において管理されていた」営業秘密の国外における「使用・開示」行為のみが、国外犯処罰の対象となっていました(21条4項)。しかし、この規定によれば、国内事業者が海外クラウドサーバー上に営業秘密を保存していた場合に、当該営業秘密を不正取得・領得されたとしても、国外の犯罪行為者を処罰できない不都合が生じます。
そこで、改正案では、「日本国内において事業を行う保有者の」営業秘密に対する不正取得・領得行為も刑事罰の対象となることになり(新21条6項)、この不都合が解消される予定です。
④ 未遂行為の処罰(新設)
近年、サイバー攻撃等による情報窃取で企業が多大な被害を受けるケースが増大しています。そして、技術が著しく高度化し、いったん情報が抜き取られてしまうと直ちに世界中に拡散することは極めて容易であることから、営業秘密侵害行為に着手した段階で、処罰する必要性が高まっています。
そこで、改正案では、使用・開示等の未遂を処罰する規定が新設される予定です(新21条4項)。
⑤ 営業秘密侵害罪の非親告罪化
現行法は、21条1項に規定する営業秘密侵害罪は告訴がなければ起訴できない(親告罪)とされています(21条3項)。しかし、近年では、顧客情報の漏洩・共同開発による技術情報の漏洩等、営業秘密の保有者と漏洩の被害者とが重なり合わないケースが多く発生しており、公益的観点から営業秘密保護のためのアクションが必要であるといえます。
そこで、改正案では親告罪の対象から「第1項」の行為を削除し、営業秘密侵害罪が非親告罪となり、起訴されうる範囲が拡大される予定です(新21条5項)。
(2)罰則の強化
① 罰金の上限額の引上げ
② 海外の営業秘密不正取得・使用等の重罰化(海外重課)(新設)
営業秘密侵害行為の抑止力向上のため、現行法の罰金の上限を全体的に引き上げる改正が行われる予定です。海外における営業秘密の流出については、日本の産業競争力等に対する悪影響が他の事案よりも大きく、また近年の重大事件に鑑みて、罰金の上限がさらに引き上げられる予定です(海外重課)。
まとめると、以下の表の通りとなります。
現行法 |
改正不競法案 |
||
原 則 |
海外重課 |
||
個人 |
1000万円 (21条1項柱書) |
2000万円 (新21条1項柱書) |
3000万円 (新21条3項柱書) |
法人 |
3億円 (22条1項) |
5億円(※) (新22条1項2号) |
10億円 (新22条1項1号) |
(※)21条2項に当たる罪については3億円(新22条1項3号)
③ 営業秘密侵害により得た収益の没収・追徴等(新設)
(7章~9章関係)
営業秘密行為侵害行為を罰したとしても、その侵害行為によって得た利益が罰金や企業の損害額を上回っていれば、侵害行為の抑止にはなりません。
そこで、こうした「やり得」を許さないため、営業秘密侵害によって得た犯罪収益を必要的に没収・追徴等する旨の規定が新設される予定です(新21条10項~12項)。これに伴い、没収・追徴等のための手続についても新設される予定です(新10章~12章)。
2 民事関係
① 技術上の秘密を悪用して生産された物の譲渡・輸出入等の制限(新設)
1(1)①で記載したとおり、「不正競争」行為の一態様として、技術上の秘密の不正使用行為により生じた物(プログラム含む)を、悪意・重過失で取得した者が、当該物を譲渡、輸出入、又は電気通信回線を通じて提供する行為が追加され(新2条1項10号)、差止めや損害賠償の対象となる行為が拡がります。
② 営業秘密の不正使用行為の推定(新設)
営業秘密が侵害された場合の民事訴訟(損害賠償請求等)においては、被告による営業秘密の不正使用行為の立証は、原告企業が行わなければなりませんが、その立証は困難です。そこで、原告企業の立証負担を軽減するため、原告企業が以下のABを立証すると、C(被告による営業秘密の不正使用行為)が推定されるとする規定が新設されます(新5条の2)。
・A 被告が「悪意または重過失」により一定の技術上の秘密(物の生産方法、設計図等。販売マニュアル等は対象外)の不正「取得」をしたこと
・B 被告が一定の行為(当該秘密の使用行為により生ずる物の「生産」等)をしたこと
→C 被告が不正取得した営業秘密の「使用」により当該物の生産等をしたこと
③ 差止請求権の除斥期間の拡大
現行法においては、営業秘密を巡る法律関係の早期安定化の観点から、民法の特則として、営業秘密侵害行為の差止請求権について、時効3年(知った時から起算)・除斥期間10年(行為時から起算)とされています(15条)。また、損害賠償請求の対象となる行為・損害も、この期間のものに制限されます(4条ただし書)。
しかし、被害企業の救済の観点からは不十分であるため、今回の改正案では、除斥期間を10年から20年に拡大することとなりました。将来的には、期間撤廃も視野にいれた議論がなされることが予想されます。
最近では営業秘密をめぐる法実務の状況の変化が大きく感じられます。ベンチャー・中小企業の管理職・法務担当者の方々におかれても、引き続き、その動向をチェックしていくことが望ましいと考えます。
■参考
「『不正競争防止法の一部を改正する法律案』が閣議決定されました」(経産省HP)
不正競争防止法(現行法)