1 M&Aにおける表明保証違反が否定された裁判例の紹介
株式譲渡契約において売主側の表明保証責任が否定された東京地裁平成25年1月28日判決を紹介します。
2 競業避止義務契約の有効性
平成25年8月16日、「営業秘密管理指針」の改訂版が公表されました。今回の改訂箇所である競業避止義務契約の有効性のポイントを説明します。
1 M&Aにおける表明保証違反が否定された裁判例の紹介
M&Aの場合、その株式譲渡契約においていくつかの事項について表明保証条項を定めておくことが一般的です。特に、売主が買主側に開示した対象会社に関する情報の完全性と正確性について表明し保証するという趣旨の規定はよく見られます。
本件においても、「売主は、本件売買契約の締結日及び本件株式の譲渡日において、本件会社に関する重要な情報を全て被告に開示しており、その内容が真実かつ正確であること及び平成21年2月末日以降、財務状況に重大な影響を及ぼす事由の発生を合理的に予想させる具体的な事由が存在しないことなどを表明保証する。」という条項を定め、4億4800万円で対象会社の株式を譲渡するという契約でした。他方で、対象会社はM&Aの前からデリバティブ取引を計7本行っていました。
買主側は、最終契約に先立ち、必要事項の事前調査(デューディリジェンス)を行い、その結果となる法務監査報告書には7本のデリバティブ取引のうち、3本について記載がありませんでした。そして、実際、M&A後に各デリバティブ取引について多額の損失を出したということです。
そこで、買主が、売主に対して、表明保証条項違反を主張し、株式譲渡代金の一部支払いを止める等行ったことから、訴訟に発展したのが本件裁判です。
裁判所は、デューディリジェンス自体が法的に重大な影響を及ぼす事項を検討する目的で実施されるものである上、その報告書には「時間的制約により網羅的な監査が実行できなかった」との記載があることからすると、3本のデリバティブ取引について記載がなかったからといってその情報開示がなかったと断ずることはできないとし、4本のデリバティブ取引について開示しながら3本についてあえて隠ぺいする理由も見当たらないともしました。その結果、本件では表明保証に違反する点はなかったという認定になりました。
本件においてデューディリジェンスを行ったのは、買主側の役員や取引銀行担当者、弁護士、税理士ということです。デリバティブ取引は、1本であっても、取引金額や相場の動きによっては多額の損失を発生させるおそれのあるもので、それが7本もあるということ自体が「財務状態に重大な影響を及ぼすおそれ」を発生させる事由とも言えます。デューディリジェンス後の報告書に3本のデリバティブ取引の存在について全く記載がなされなかった理由は不明ですが、「時間的制約により網羅的な監査が実行できなかった」という記載がなされていることからしますと、調査不足だった可能性は否めません。決して安い買い物ではないので、迅速な取引も重要ですが、事前調査を丁寧に行うことも忘れてはならないと言えます(鈴木俊)。
2 競業避止義務契約の有効性
経済産業省は、平成25年8月16日、「営業秘密管理指針」の改訂版を公表しました。今回の改訂箇所は、競業避止義務契約に関する部分ですが、競業避止義務契約の有効性のポイントは以下のとおりです。
競業避止義務契約の有効性については、企業側に守るべき利益があることを前提として、従業員の職業選択の自由を過度に制約しないよう配慮され、従業員に対する必要最小限度の制約にとどまる内容のものであれば、認められると考えられます。
裁判例上、競業避止義務契約の有効性を判断する際に主なポイントとなるのは、「企業側の守るべき利益の存在」、「従業員の地位」、「地域的な限定」、「競業避止義務の存続期間」、「禁止される競業行為の範囲」、「代償措置」などです。
(1)企業側の守るべき利益の存在
企業側の守るべき利益は、不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されず、営業秘密に準じるほどの価値を有する営業方法や指導方法等に係る独自のノウハウも、守るべき利益に該当すると判断されやすい傾向にあります。
(2)従業員の地位
従業員の地位については、合理的な理由なく従業員全てを対象にした場合はもちろん、単に職位を特定しただけでも合理性は認められにくく、企業側の守るべき利益を保護するため、競業避止義務を課す必要があった従業員であるかという点が判断されています。
(3)地域的な限定
地域的限定がされているかについて判断を行なっている裁判例は少ないですが、地域的限定の有無が問題となるケースでは、業務の性質等に照らして合理的な絞込みがなされているかが問題とされています。
(4)競業避止義務の存続期間
競業避止義務の存続期間については、従業員の不利益の程度を考慮した上で、業種の特徴や、企業側の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が判断されています。統計的には、1年以内の期間は肯定的に捉えられている傾向にありますが、特に近時の事案では2年の期間について否定的な判断がなされる例が見られます。
(5)禁止される競業行為の範囲
一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止するような規定は合理性が認められないケースが多い一方、禁止対象となる活動内容や従事する職種等が限定されている場合には、合理性が認められやすい傾向にあります。
(6)代償措置が講じられているか
代償措置は、裁判所が重視していると思われる要素です。代償措置と評価できるものが存在しないとされた事案では、これを理由の一つに挙げて競業避止義務契約の効力が否定される傾向にあります。
なお、契約書上で代償措置が明確に定義されている例は少ないですが、代償措置と評価できるものが存在すると判断されているケースも少なくありません。
営業秘密、技術、営業ノウハウ等が人材を通じて流出することを防ぐために、退職する従業員との間で競業避止義務契約を締結することは実効的ですが、契約内容に問題があって契約が無効と判断されては意味がありません。御社の競業避止義務契約書が営業秘密管理指針で指摘されている競業避止義務契約の有効性のポイントを踏まえており、御社の利益の保護に資する内容となっているか、ぜひ一度確認してください(佐藤未央)。
参照:経済産業省「営業秘密管理指針」(最終改訂平成25年8月16日)
http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/111216hontai.pdf
参考資料6「競業避止義務契約の有効性について」
http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/sankoushiryou6.pdf
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