2007年7月11日に1回目をスタートしたこのニュースレターも、6年以上お送りさせていただき、今回で記念すべき150回目を迎えました。
ときに、ご感想やご質問、励みになるお言葉を頂戴しながら、ここまで継続することができました。お読みいただく皆様に感謝いたします。
今後も、時事を交えながら、法律家ならではの論題を、そうでない方々にも読み解いていただけるよう心掛けながらお届けしてまいりますので、ひきつづきご愛読ください。
今回は、企業買収に関する契約と表明・保証条項違反と、検索エンジンのサジェスト機能による名誉棄損について紹介します。
≪今回の紹介テーマ≫
1 企業買収に関する契約と表明・保証条項違反
企業買収として行われた株式譲渡契約における表明・保証条項の違反の有無が争われ、これが否定された裁判例を紹介します。
2 検索エンジンのサジェスト機能による名誉棄損について
検索エンジンのサジェスト機能による表示が名誉棄損やプライバシー侵害になるか、裁判例とともに解説します。
1 企業買収に関する契約と表明・保証条項違反
本件は、Y社からその完全子会社(A社)の発行済全株式を譲り受けたX社が、Y社はA社の事業等に重大な悪影響を及ぼす可能性のある債務不履行が発生していることを認識していないことを表明・保証し、これを前提条件としてX社とY社との間で株式譲渡(本件株式譲渡)が行われたにもかかわらず、Y社は違反したため、X社が損害を被ったとして、X社がY社に対して損害賠償を請求した事案です。
本件株式譲渡に先立ち、A社及びB社は、機械4台(本件機械)を製造販売する契約(本件売買契約)を締結し、平成19年5月から同年10月ころにかけて本件機械のうち3台がB社に搬入され、B社は、A社に対し、同年11月27日、8240万円を支払いました。
X社とY社は、平成20年3月5日、以下の表明・保証条項を含む株式売買契約(本件契約)を締結しました。
・A社は、A社が第三者と締結している契約について、A社の事業、経営、資産、義務若しくは債務又はその見通しに重大な悪影響を及ぼす可能性のある債務不履行が発生しているとの通知を受領していないこと
本件契約締結後の平成20年3月23日、Y社は、X社に対し、以下の内容のメールを送信しています。
(1)本件機械のうち1台について、B社からA社に対し、性能面の問題から取引が解約になるとの連絡があり、B社の対応からみて解約はほぼ確実であること
(2)本件機械の残り3台について、A社に書面での報告を求めているが、売価の調整は必要となるとしても、解約の事態はなかろうと聞いていること
本件契約は、平成20年3月31日に実行されましたが、結局、B社は、A社に対し、平成20年6月、本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、A社は、B社に対し、同年9月、8240万円を返還しました。
そして、X社は、Y社に対し、本件売買契約の解除により、A社の企業価値が代金相当額減少したとして、損害賠償を求め、訴訟提起したのが本件です。
裁判所は、Y社は、本件売買契約に関し、A社がB社から約定代金額の8割の入金は得られるとの見通しに立ち、本件契約に先立って、X社に対してもそのように説明していたことが認められるものの、同時に、具体的な数値を掲記して各機械の性能が要求仕様に大幅に未達の状態にあること、B社との間で依然交渉中であること等の客観的情報を開示していたことが認められるとともに、X社は、A社の現地調査に赴いており、実態把握の機会も十分に有していたことが認められ、また、X社は、本件契約の実行に先立ち、本件機械1台の売買契約については解除が確実である旨の連絡を受け、本件売買契約に係る潜在的な危険の一端が具体的に発現し、これがさらに拡大することも予想されたのであるから、本件契約の実行を繰り延べ、状況の確認を行うなどして、本件契約の契約条件を見直す等の対応を行うことも十分に可能であったにもかかわらず、予定どおりに本件契約を実行したことが認められるとしました。そして、裁判所は、Y社が、本件契約上表明保証の対象たる事項について「重要な点で」不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められず、一方、X社が本件契約を実行するか否かを判断するに必要な情報は提供されていたというべきであって、Y社が本件契約上の義務に違反したものであったとは認められないとしてX社の請求を棄却しました。
企業買収関連の契約では本件のような表明・保証条項が盛り込まれるケースが多いですが、本件は、このような契約における表明・保証違反の有無を巡る紛争の処理等の参考になります(佐藤未央)。
参考:損害賠償請求事件 (東京地裁平成23年4月19日判決)
民法415条、会社法127条
2 検索エンジンのサジェスト機能による名誉棄損について
特定の会社名や個人の氏名を検索エンジン入力すると、検索エンジンのサジェスト機能(関連用語自動補充機能ともいわれる。)によって、その人に関連する事件や不祥事のキーワードが表示されることがあります。
例えば、検索エンジンに株式会社Aと入力すると、サジェスト機能によって、「株式会社Aブラック企業」とシステムが予想した検索候補が表示されます。
株式会社Aと取引をしたり、採用面接を受けようとした人がこのような表示を見たら、株式会社Aがブラック企業であると書かれているサイトを見ることでしょう。
それでは、検索エンジンのサジェスト機能を停止するように求めたり、この機能によって損害を被ったとして損害賠償を求めることができるでしょうか。
ある男性は、自分が犯罪行為に関与したとする中傷記事がネット上に掲載されるとともに、グーグルのサジェスト機能によって犯行を連想させる単語が表示されるようになり、精神的苦痛を受け、就職の際に内定を取り消される被害もあったとして、グーグルを被告として、同機能の停止と、損害賠償を求めました。
裁判所は、この訴えについて、「機械的に抽出された単語を並べているだけで、責任を負わない」とするグーグル側の主張を退け、「違法な投稿記事のコピーを容易に閲覧しやすい状況を作り出している」と指摘し、男性に対する、名誉棄損とプライバシー侵害があったとして、差止請求と、30万円の慰謝料を認めました(平成25年4月15日東京地裁判決)。
なお、このケースでは、事前にサジェストを停止することを認める仮処分が認められていました。
他方で、別の男性が、自分の名前でグーグル検索すると、大学在学中に参加していたサークルの起こした集団暴行事件に、実際には関与していないにもかかわらず、関与したかのような書き込みがあるインターネット掲示板などが「サジェスト」されるとして、慰謝料と検索予測の表示差し止めを求めた事件については、裁判所は、請求を棄却しました(平成25年5月30日東京地裁判決)。
同じ東京地裁が、同じような時期に、異なった判断をしたことについて、違和感を持つ人もいるかもしれません。
サジェスト機能による表示が名誉棄損やプライバシー侵害になるかという抽象的な論点については、サジェスト機能によって機械的に表示されるものであれば違法性がないとは言えないと思います。
その上で、名誉棄損やプライバシー侵害に当たるか否かは、個々の事案に応じて判断するものですから、裁判所が前者については該当すると判断し、後者については、該当しないと判断することが直に矛盾しているといことにはなりません(ちなみに、両事件の裁判長は別々の裁判官でした。)(古田利雄)。
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