≪今回の紹介テーマ≫
1 金融商品取引法改正によるインサイダー取引規制の改正
平成25年6月12日、改正金商法が国会で可決し、成立しました。その改正内容の一部であるインサイダー取引規制の改正について紹介します。
2 濫訴的な株主代表訴訟の被告となった取締役が取り得る手段
濫訴的な株主代表訴訟の被告となった取締役が、当該株主代表訴訟において提訴請求権の濫用を主張するとともに、担保提供命令の発令を求めた事件を紹介します。
1 金融商品取引法改正によるインサイダー取引規制の改正
平成22年から23年にかけて、公募増資案件においてインサイダー取引が行われていたことが複数発覚しました。これらの案件は、例えば、上場会社の公募増資に際し、引受け主幹事証券会社から投資家への情報漏えいが行われるなど、未公表の重要情報を受領した者が介在しているケースが多発しており、改正前金商法ではそのような情報を伝える行為自体を十分に規制できているとは言えない状況でした。そこで、改正金商法では、情報伝達行為及び取引推奨行為に対する規制を導入しました。
具体的には、未公表の重要事実を知っている会社関係者等(上場会社や主幹事証券会社の役職員等)や公開買付者等関係者等は、他人に対し、公表前に取引をさせることにより利益を得させる等の目的をもって、当該重要事実を伝達し、又は取引を勧めてはならないとされています(改正金商法167条の2)。ここでのポイントは「取引をさせることにより利益を得させる等の目的」という主観的要件が設けられたことだと思います。この趣旨は、業務提携交渉などの通常の情報のやり取りまで規制したり、萎縮させることがないように配慮したものと考えられます。また、この場合、不正な情報伝達や取引推奨が投資判断の要素となって実際に取引が行われなければ、課徴金や刑事罰といった制裁は課されません(改正金商法175条の2、197条の2第14号・第15号)。
情報伝達行為や取引推奨行為規制に違反した場合の制裁ですが、課徴金については、仲介業者以外の者については取引を行った者の利得の2分の1に相当する額となります。刑事罰については、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金又はこれらの併科となります。法人の代表者等が行った場合には、法人に対して5億円以下の罰金刑も定められています。
また、改正金商法は、従来は「公開買付者等関係者」に該当すると明記はしていなかった公開買付の際の被買付企業やその役職員がそれに含まれると明記しました(改正金商法167条1項)。さらに、未公表の重要事実を知っている者同士の市場外での相対取引について、会社関係者と第一次情報受領者との間の取引であれば、従来からインサイダー取引規制の適用除外となっていましたが、改正金商法はさらに第一次情報受領者と第二次情報受領者との間の取引についても適用除外としました(改正金商法166条6項)。
今回の改正はこれらに留まらず、様々な改正がなされております。このインサイダー取引規制に関する改正金商法の施行は、公布の日から1年以内とされています(鈴木俊)。2 濫訴的な株主代表訴訟の被告となった取締役が取り得る手段
正当な権利行使とは言い難い株主代表訴訟が提起された場合、被告となった取締役等が取り得る手段として、提訴請求権の濫用の主張(会社法847条1項但書)及び担保提供命令の申立(会社法847条7項8項)があります。
株主代表訴訟が株主(提訴者)若しくは第三者の不正な利益を図り又は会社に損害を加えることを目的として提起された場合、当該訴訟は、提訴請求権の濫用として不適法却下されます(会社法847条1項但書)。
また、一般に、提訴者が訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠き、提訴者がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易に知り得たのにあえて提訴した場合、当該提訴行為は不法行為になりますが、担保提供命令における担保は、株主代表訴訟の提起が不法行為に該当する場合に、被告となった取締役等が取得する損害賠償請求権を担保するものと解されています。
本件は、濫訴的な株主代表訴訟の被告となった取締役が、当該株主代表訴訟において提訴請求権の濫用を主張するとともに、担保提供命令の申立を行った事件です。
X社は、印刷業等を営む株式会社、株主Yは、X社の元従業員です。
株主Yが、X社、そのグループ会社、大株主、取引金融機関等に対し、X社を誹謗中傷する内容の大量の文書を多数回にわたって送付したため、X社は、株主Yに対し、X社の名誉及び信用を毀損する文書の送付等を行わないよう再三警告しましたが、株主Yはこれに従いませんでした。そこで、X社は、株主Yに対し、X社の名誉及び信用を毀損する誹謗中傷行為の差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起し、X社の請求は一部認容されました。
一方、株主Yは、X社取締役に対して株主代表訴訟(本案事件)を提起するとともに、X社等を被告として本件本案事件を含む5件の訴えを提起したため、X社取締役は、本案事件において提訴請求権の濫用(会社法847条1項但書)等を主張して訴えの却下を求めるとともに、会社法847条7項に基づき担保提供命令を申し立てた(担保提供命令事件)というのが本事案です。
担保提供命令事件において、裁判所は、会社法847条8項「悪意」とは、原告の請求が主張自体失当であるか若しくは立証の見込みが低いのに、原告がその事情を認識しながらあえて訴えを提起した場合、又は原告が株主代表訴訟の趣旨を逸脱又は濫用し、不法不当な目的をもって訴えを提起した場合であるとしました。
本件では、株主Yが、X社による警告や訴訟提起にもかかわらず、X社を誹謗中傷し、その名誉又は信用を毀損する内容を含む文書の送付行為等を執拗に繰り返したこと、本案事件を含む5件の訴えを提起したこと及びその内容に照らせば、株主Yは、株主としての正当な権利行使ではなく、もっぱらX社の取締役を困惑させる目的で、嫌がらせの手段として、本案事件の訴えを提起したとしました。あわせて、X社の株主Yに対する損害賠償請求訴訟が一部認容されていること及び本案事件における株主Yの主張・立証経過等にも鑑みれば、株主Yは、本案事件の立証の見込みが低いのに、その事情を認識しながらあえて本案事件の訴えを提起したと推認でき、株主Yには会社法847条8項「悪意」があるとしました。
そして、株主Yに対し、被告であるX社取締役らそれぞれにつき500万円の担保の提供を命じましたが、株主Yは、期間内に当該担保を提供できなかったため、本案事件は却下されました。
株主代表訴訟が提起された場合、被告となった取締役等は、提訴者である株主に不当な目的がないか等についても十分検討することが必要です(佐藤未央)。
参考:担保提供命令申立事件(東京地裁平成24年7月27日決定)
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