1 役員の第三者に対する損害賠償責任が認められた事例
法律上は内部統制システムの構築が義務づけられていない場合でも、それを構築していないことが任務懈怠・重大な過失に該当するとして、役員の損害賠償責任が認められたジャージー高木乳業の事件を紹介します。
2 プログラム作成委託と下請法
プログラムの作成委託に下請法が適用される場合に特に注意すべき点を解説します。
1 役員の第三者に対する損害賠償責任が認められた事例
ご記憶にあると思いますが、平成12年、雪印乳業が製造する乳製品による食中毒事件が発生し、全国で1万4000人を超える被害者が発生しました。その過程で、大阪工場において、製造後出荷されずに冷蔵庫に残った乳製品や出荷ミスなどにより返品された乳製品を「低脂肪乳」などの原材料として再利用していたことが判明し、強い社会的非難を浴びました。
今回紹介するジャージー高木乳業の事件は、同社が、雪印乳業事件から1年も経っていない、平成13年4月、食品衛生法で禁止されているにも関わらず、前日までに出荷し、異臭が原因で自主回収した牛乳を、あろうことか学校給食用の牛乳に再使用したことにより、380人以上もの集団食中毒を発生させてしまったことに関し、当時の代表取締役が、会社の労働者から会社法429条1項(役員の第三者に対する損害賠償責任)を問われたものです。
この集団食中毒の発生を受け、これまで業績が低迷し続けていた同社の代表取締役Yは、廃業を決断し、平成13年5月17日、株主総会の決議により、会社を解散させ、同時に、30日後の平成13年6月17日付けで従業員12名を解雇したのです。
解雇された12名の従業員は、この食中毒事件は、Yがその職務を行うにつき悪意又は重大な過失による任務懈怠により発生し、その結果、会社が解散するに至り、自分たちが解雇されたとして、Yに対して会社法429条1項に基づいて損害賠償を求める訴訟を提起したのです。
結論として、金沢地裁や名古屋高裁金沢支部は、Yに取締役としての任務懈怠があったとして、合計約5500万円もの損害賠償責任を認めたのですが、注目すべきは、懈怠したとされるYの「任務」の内容です。
ジャージー高木乳業は、実は雪印乳業事件よりも前に賞味期限切れの牛乳を再利用するなどしていましたが、雪印乳業事件後、Yは、金沢市保健所から「衛生管理の状況が不明なものや品質保持期限切れのものを混入することは食品衛生法に抵触するので、それを牛乳製造のための原料として使用する再利用は許されない」の指導を受けていました。Yは、その指導に従って、出荷された牛乳の再利用を廃止することを、製造部長と販売部長に命じていたのです。
ところが、製造部長が、Yに無断で回収牛乳を学校給食用の牛乳の原料として再利用することを計画し、その部下の従業員に命じて再利用させたために、集団食中毒が発生したのです。
裁判所が、Yの任務懈怠と認定したのは、Yが牛乳の再利用を指示・命令したということではなく、そのような事態を回避するための内部統制体制を整備していなかったという点だったのです。
ところで、現行の会社法上、資本金5億円以上の「大会社」については、会社の業務の適正を確保するための体制を整備することが義務付けられています(会社法362条5項)。これを、内部統制システムの整備義務と言い、平成18年に施行された会社法の目玉の一つでした。
もちろん、「大会社」ではなく、また会社法施行前の事件なので、ジャージー高木乳業のような中小同族会社には、会社法上、内部統制システムを整備する義務はありません。
しかし、裁判所は、Yは、会社の代表取締役として、会社がその業務に関して遵守すべき法令に違反しないようにすべき注意義務を負い、ジャージー高木乳業が従前、食品衛生法に違反して牛乳の再利用をしていたことを知っていたのであるから、これを防止する適切な社内体制を構築すべき職責があるのに、重大な過失によりこれを怠った、と判断し、Yの責任を認めたのです。
ジャージー高木乳業のような中小零細の会社は、法律上は内部統制システムの構築が義務づけられていません。しかし、今後も、裁判所が取締役の第三者責任が問題となった場合に、取締役自身が直接損害を発生させる判断・行為をしていなくても、内部統制システムを構築していないことが任務懈怠・重大な過失に該当するとして、損害賠償責任が認められる可能性が高くなったことを、この判決は意味していると思います(佐川明生)。
参考:会社法429条1項
2 プログラム作成委託と下請法について
(1)下請法の対象
下請法の対象となる取引かどうかは、親事業者が下請事業者(個人事業者を含みます。)に委託する取引の内容と、親事業者と下請事業者のそれぞれの資本金の額から判断されます(下請法1条7項・8項)。
取引内容が、物品の製造、物品の修理、プログラムの作成または運送・物品の倉庫保管・情報処理の場合、
・親事業者の資本金の額が3億円超で、下請事業者の資本金の額が3億円以下、または
・親事業者の資本金の額が1千万円超3億円以下で、下請事業者の資本金の額が1千万円以下
であれば下請法が適用されます。
取引内容が、プログラム以外の情報成果物の作成(放送番組や広告の制作など)、運送・物品の倉庫保管・情報処理以外の役務の提供(コールセンター業務など)の場合、
・親事業者の資本金の額が5千万円超で、下請事業者の資本金の額が5千万円以下、または
・親事業者の資本金の額が1千万円超5千万円以下で下請事業者の資本金の額が1千万円以下
であれば下請法が適用されます。
以下、下請法が適用されることを前提として、プログラムの作成委託において特に注意すべき点を解説します。
(2)プログラムの作成委託と知的財産権
プログラムの作成を委託する場合、知的財産権について、以下の事項に注意が必要です。
ア) プログラムの知的財産権の帰属について、3条書面に明記しているか。
親事業者は、発注に際して、親事業者及び下請事業者の名称、委託日、下請事業者の給付の内
容など、下請法3条に定められている記載事項をすべて記載した書面(3条書面)を直ちに下請事
業者に交付しなければなりません。
プログラムの作成を委託する場合、当該プログラムの知的財産権の帰属についても、親事業者と
下請事業者とで合意し、3条書面に明記する必要があります。
イ) プログラムの知的財産権を親事業者が取得する場合、知的財産権の対価を発注金額に反映させているか。
知的財産権を親事業者が取得する場合、知的財産権の対価を適正に評価し、これを発注金額に反映させていないと、下請法4条1項5号で禁止されている「買いたたき」に該当する恐れがあります。
(3)プログラムの作成委託と受領日の判断方法
親事業者は、検査の有無を問わず、給付を受領日から60日以内に定められた支払期日までに下請代金を支払わなければなりません(下請法2条の2第1項)。
プログラムの作成委託の場合も、成果物を親事業者の支配下に置いた時点が受領日となります。
しかし、プログラムの作成委託では、親事業者が、作成の過程で、作成内容の確認などのために成果物を一時的に親事業者の支配下に置く場合があります。そこで、成果物が委託内容の水準に達しているかどうか明らかでない場合であって、あらかじめ親事業者と下請事業者との間で、親事業者の支配下に置いた成果物の内容が一定の水準を満たしていることを確認した時点を受領日とすることを合意している場合、成果物を親事業者の支配下に置いた時点を直ちに受領日とはせず、一定の水準を満たしていることを確認した時点を受領日とすることが認められています。
ただし、3条書面に記載した納期日に成果物が親事業者の支配下にあれば、内容の確認が終了しているかどうかに関わらず当該納期日が受領日となるので注意が必要です。
(4)プログラムの作成委託と受領拒否
プログラムの作成委託において、下請事業者の責に帰すべき事由がないにもかかわらず、親事業者が費用負担をせずに、発注後納品前に下請事業者に当初の委託内容とは異なる作業を命じた場合や、成果物の納品後に下請事業者に成果物の作り直しを命じた場合、下請法4条1項1号で禁止されている「受領拒否」に該当する恐れがあります。
下請事業者の責に帰すべき事由の有無の判断においては、成果物が3条書面に記載されている仕様を満たしているかが重要な基準となります。3条書面には、可能な限り具体的に仕様を定めておくことが重要です。もし、発注段階で仕様を確定できないなどの事情がある場合、補充書面で仕様を具体化するなどして対応することが望ましいといえます(佐藤未央)。
参考:下請法1条7項・8項、同法2条の2第1項、同法3条、同法4条1項1号・5号
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