今回は、労働者側から団体交渉の申し入れを受けた場合のポイントと、高年齢者雇用安定法の継続雇用制度を採用した企業において、継続雇用基準を充たすにもかかわらず再雇用されなかった者の地位について判断した裁判例を紹介します。
1. 団体交渉申し入れへの対応
労働者側から団体交渉の申し入れを受けた場合に備え、おさえておくべきポイントを解説します。
近年、労働者が加入した地域労働組合(地域労組)から団体交渉を求められるケースが増加しています。今回は、地域労組からの団体交渉の申し入れに関し、大阪府労働委員会(府労委)が平成24年3月6日に下した命令をご紹介するとともに、団体交渉の申し入れを受けた場合に備え、最低限おさえておくべきポイントを解説します。
1. 事案の概要
Y1社は、従業員3名(Aら)の雇止めを行ったところ、Aらが加入したX組合から、雇止めの撤回等を議題とする団体交渉の申し入れを受けました。Y1社は、2回の団体交渉には応じたものの、その後は応じませんでした。
一方、X組合は、Y1社の取引先であるY2社に対しても、Y1社による雇止めの撤回等を議題とする団体交渉の申し入れを行いましたが、Y2社はこれに応じませんでした。
そこで、X組合が、Y1社及びY2社には団体交渉拒否の不当労働行為(労働組合法7条2号)があるとして、府労委に救済を申し立てたのが本件です。
本件の争点は以下の2点です。
- Y1社の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否にあたるか。
- Y2社は、Aらの労働組合法上の使用者にあたるか。あたる場合、Y2社の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否にあたるか。
2. 判断の要旨
府労委は、X組合の主張を以下のとおり退けました。
Y1社について
X組合とY1社の間の2回の団体交渉における交渉は、既に平行線となっており、これ以上団体交渉を行っても、新たな進展を期待できない段階に至っていた。その後の団体交渉申入れにY1社が応じなかったことには、正当な理由がある。
Y2社について
以下の事情より、Y2社がY1社の従業員の労働条件について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に決定することができる地位にあったと認めることはできず、Y2社はAらの労働組合法上の使用者であるとはいえない。
- Y1社とY2社の間に資本関係及び役員の派遣などの人的交流関係はなかった。
- Y1社とY2社との取引関係のみをもって、Y2社がY1社を支配しているとはいえない。
- Y1社がY2社を参考にしてAらの雇止めを行ったとしても、それはY1社自身の行った判断である。
3. ポイント
ある議題について、労働者側と使用者側の「主張は対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団体交渉を継続する余地はなくなっ」た段階においては、団体交渉拒否には正当な理由が認められるとされています(最高裁平成4年2月14日判決)。
また、労働組合法上の「使用者」とは、労働契約法上の「使用者」(その使用する労働者に対して賃金を支払う者)より広く、雇用主と隣接ないし近似した関係がある者まで含むとされていますが、労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定できる地位にある必要があります。
もし、地域労組から団体交渉の申し入れを受けた場合、そもそも「使用者」として団体交渉に応じる義務があるかを検討し、団体交渉に応じる義務がある場合でも、誠実交渉義務はあるものの、交渉が行き詰まればこれを打ち切ることも許されることを念頭に置いて交渉に臨むとよいでしょう。
参考:労働組合法7条2号
2. 裁判例紹介―最高裁平成24年11月29日判決
高年齢者雇用安定法の継続雇用制度を採用した企業において、書面協定に基づいて定められた継続雇用基準を充たすにもかかわらず再雇用されなかった高齢者の地位について判断した裁判例を紹介します。
高年齢者雇用安定法は、65歳(平成25年3月31日までは64歳)未満の定年を置いている事業主に対し、
- 定年の引き上げ
- 継続雇用制度
- 定年の廃止のいずれかの措置をとることを義務付けています(9条1項)。
このうち継続雇用制度とは、希望する高年齢者をその定年後に再雇用したり、雇用延長などをする制度のことをいいます。
継続雇用制度を採用する場合、過半数の労働者で組織する労働組合等との書面協定(労使協定)のなかで選定基準(継続雇用基準)を定め、この基準に適合する希望者だけを再雇用等することが認められていました(改正前9条2項)。
平成25年4月1日施行の法改正で再雇用対象者の限定を認める改正前9条2項は廃止されましたが、経過措置によって、老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢に到達した以降の者については、従前の基準を引き続き利用して対象者を限定することが認められています。
本件では、この継続雇用基準を満たしている高年齢者の再雇用を拒絶した場合、雇用契約上の地位が存続するのかが争われました。
本件は、定年後引き続き1年間の嘱託契約で雇用されていたXが、勤務先Yから契約終了後の再雇用を断られたことから、Yの定める継続雇用基準を満たした者を採用する制度により再雇用されたと主張して、雇用契約上の地位にあることの確認等を求めて出訴した事案です。
本判決は、まず、Yに直近の査定帳票を用いず、表彰実績を加算しなかった誤りがあるとして、XがYの継続雇用基準を満たしていることを確認しました。
その上で、本判決は、継続雇用基準を満たすXにおいて、嘱託雇用終了後も雇用が継続されるものと期待する合理的な理由がある一方、Yにおいて、やむを得ない特段の事情もなくXの雇用を終了させることは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上不相当であるとして、嘱託契約終了後も、再雇用規定に基づいて再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているとみるのが相当であると判示しました。
継続雇用制度を採用した企業において継続雇用基準を満たしている者の再雇用を特段の事情なく拒否してしまうと、再雇用されたのと同様の関係が続いていると判断されるだけでなく、働いていない間の給与の支払いまで命じられるおそれがありますので、基準を満たしているか否かの判断は慎重にした方がいいでしょう(佐藤亮)。佐藤亮のなるほど
参考1:最高裁平成24年11月29日判決(裁判所HP)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121129150057.pdf
参考2:「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」の概要(厚生労働省HP)
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/dl/tp0903-gaiyou.pdf