今回は、業務上の精神障害等に関する労災認定基準と、定期建物賃貸借契約の締結に先立ち交付すべき書面は契約書と別個独立したものでなければならないとした裁判例を紹介します。
厚生労働省が平成23年12月26日付で公表した「心理的負荷による精神障害の認定基準について」を紹介します。
1. 業務上の精神障害等に関する労災認定基準について
近年、仕事によるストレス(業務による心理的負荷)が関係した精神障害についての労災請求が増えています。厚生労働省は、そのような現状を踏まえ、労災認定を迅速に行うことなどを目的に、昨年12月、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「本基準」とします。)を新たに定めています。
本基準による労災の認定要件は、次のとおりです。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
(1)については、業務に関連して発病する可能性のある精神障害の代表的なものは、うつ病や急性ストレスなどです。(3)については、仮に(1)に該当する発病があり、(2)に該当する業務による心理的負荷が「強」であっても、離婚や近親者の死亡などの業務以外の心理的負荷や、精神障害の既往歴やアルコール依存症などの個体側要因が、(1)に該当する発病の原因となっていると評価される場合には、労災とは認定されないことになります。
多くの事例で問題になるのは、(2)です。
(2)については、発病前おおむね6か月の間に起きた業務による出来事について、本基準が定めた「業務による心理的負荷評価表」(参考2の別表1)により、その出来事が「強」と評価される場合に、満たすことになります。
まず、別表1が定める「特別な出来事」に該当する出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価が「強」となります。例えば、「業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた場合」または「強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた場合」などがこれに当たります。
また、「発病直前の1か月に概ね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間に概ね120時間以上の)時間外労働を行った」という極度の長時間労働についても、これに該当します。
もっとも、このような「特別な出来事」は稀です。
これに該当しない場合でも、次の手順により心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と評価します。
まず、業務による出来事が別表1の「具体的出来事」のどれに当てはまるか、あるいは近いかを判断します。別表1は、「具体的出来事」として、「会社で起きた事故、事件について責任を問われた」、「上司とのトラブルがあった」などを定めており、このどれに当たるかを判断します。
次に、当てはめた「具体的出来事」の欄に示されている具体例の内容に、事実関係が合致する場合には、その強度で評価します。なお、事実関係が具体例に合致しない場合には、「心理的負荷の総合評価の視点」の欄に示す事項を考慮し、個々の事案ごとに評価します。
例えば、「会社で起きた事故、事件について責任を問われた」に関しては、立場や職責に応じて事故、事件の責任(監督責任等)を問われ、何らかの事後対応を行った場合には「中」ですが、重大な事故、事件(倒産を招きかねない事態や大幅な業績悪化に繋がる事態、会社の信用を著しく傷つける事態など)の責任(監督責任等)を問われ、事後対応に多大な労力を費やした場合には「強」となります。また、「上司とのトラブルがあった」に関しては、上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた場合には「中」ですが、業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した場合には「強」となります。
そして、業務による出来事が複数ある場合には、全体評価をすることになります。
複数の出来事が関連して生じた場合には、その全体を一つの出来事として評価します。原則として最初の出来事を具体的出来事として別表1に当てはめ、関連して生じたそれぞれの出来事は事後の状況とみなし、全体の評価をします。
また、関連しない出来事が複数生じた場合には、出来事の数、それぞれの出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮して全体の評価をします。例えば、「中」と評価される「立場や職責に応じて事故、事件の責任(監督責任等)を問われ、何らかの事後対応を行った場合」と、それと関連しない「中」と評価される「上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた場合」が複数生じたような場合には、その近接の程度、出来事の数、その内容を考慮して全体的にみて「強」と評価される場合には、(2)を満たすことになります。
参考1:基準の概要(厚生労働省HP)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001z3zj-att/2r9852000001z43b.pdf
参考2:心理的負荷による精神障害の認定基準について(厚生労働省HP)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001z3zj-att/2r9852000001z43h.pdf
2. 裁判例紹介―平成24年9月13日最高裁判決
定期建物賃貸借契約の締結に先立ち交付すべき書面は契約書と別個独立したものであることを要すると判示した裁判例を紹介します。
今回は定期建物賃貸借契約の要件が争われた裁判例をご紹介します。
契約更新がない旨の特約がある定期建物賃貸借では、通常の借家契約と異なり、更新をしない「正当な理由」を問うことなく、期間満了によって契約を終了させることが出来ます。
しかし、契約更新がない旨の特約は、賃貸人が賃借人に対し、契約の取り交わし前に、
- 定期賃貸借であること
- 契約更新がない旨の特約をすること
- 期間満了によって契約が終了することを記載した書面を交付した上、その旨の説明
をしなければ効力を持ちません(借地借家法38条2項)。ただ、この書面が、常に、契約書と別個独立したものでなればならないのかについて、見解が分かれていました。
本件でも、定期建物賃貸借契約の賃借人が事前に契約書原案の交付しか受けていなかったため、この点が争われました。
原審は、賃借人の代表者が、契約書に本件賃貸借が定期建物賃貸借であり更新がない旨明記されていたことを認識していた上、その原案を事前に送付され、その内容を検討していたことに照らし、更に別個の書面が交付されていたとしても賃借人の認識に差が生じず、契約書と別個独立の書面を交付する必要性が極めて低かったとして、契約書とは別個の書面交付がないにもかかわらず定期借家条項の有効性を認めました。
これに対し、最高裁は、同法38条2項の趣旨が、契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず、契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるとして、賃借人が期間の満了により契約が終了すると認識しているか否かにかかわらず、同項所定の書面として契約書と別個独立の書面が交付されなければならないとしました。
近時、事業用の建物の場合など定期建物賃貸借契約を用いるケースが増えていることから、実務上意義があると考え本判決を紹介しました。定期借家条項が無効と判断されると、約定期間経過後、期間の定めのない通常の建物賃貸借として更新されたことになりますので、ご注意ください。
参考:平成24年9月13日最高裁判決(裁判所HP)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120913143127.pdf