今回は、差押命令到達後の入金によって生じた預金債権を対象とする差押えの可否について争われた裁判例と、セクハラを理由とした懲戒処分が無効であるとされた裁判例を紹介します。
1. 裁判例紹介-最高裁平成24年7月24日決定
差押命令到達後入金されたことで生じた将来の預金債権を対象とする差押えの可否について争われた裁判例を紹介します。
本件は、XがYに対する金銭債権を回収するため、Yの第三債務者Z銀行に対する普通預金債権の差押えを求める申立てをした事案です。
Xは、その申立書において、差し押さえるべき債権として、普通預金債権のうち差押命令送達時に現に存する現存預金だけでなく、同送達時後同送達の日から起算して1年が経過するまでの入金によって生ずることとなる将来預金も表示し、差押えの順序を当該入金時期の早いものから差押債権目録記載の金額に満つるまでとしていました。
本件では、このような将来預金に対する差押えが差押債権の特定を欠いているとして不適法でないかが争点になりました。
普通預金債権が差し押さえられた場合、預金残高のうち差押債権の額を超える部分については、銀行は預金者からの払戻請求に応ずる義務を負いますが、本件申立てが認められたとするならば、Z銀行において、差押命令送達の日から起算して1年の期間内に入出金が行われるたびに、預金残高のうち差押債権の額を超える部分と超えない部分とを区別して把握する作業を行わなければ、後者についての払戻請求に応ずる義務を履行することができません。
ところが、Z銀行においては、普通預金口座の入出金は、窓口の営業時間外であっても、ATMやインターネットを通じていつでも行うことができるのに対し、特定の普通預金口座への入出金を自動的に監視し、常に預金残高を一定の金額と比較して、これを上回る部分についてのみ払戻請求に応ずることを可能とするシステムは構築されておらず、他の方法により速やかにこれを実現することも期待することはできませんでした。
そのため、最高裁は、本件申立てにおける差押債権の表示のうち、将来預金に関する部分について、Z銀行において、直ちにとはいえないまでも、差押えの効力が送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないとして、差押債権の特定を欠き、不適法であると判示しました。
本件はZ銀行のシステムの状況を前提にした判決ですが、同様の状況は多くの銀行について当てはまりますので、実務上重要と考え、本決定を紹介した次第です(佐藤亮)。佐藤亮のなるほど
参考:最高裁平成24年7月24日決定(裁判所HP)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120727155154.pdf
2. 裁判例紹介―大阪地判平成23年9月16日判決
セクハラを理由とした懲戒処分につき、セクハラの事実が認められないとして、無効であるとされた裁判例を紹介します。
本件は、Y大学の男性教授XがY大学の同じ学部のA准教授に対してセクハラ行為を行なったとして、Y大学がXに対して減給の懲戒処分をしたことにつき、Xは、セクハラの事実を否定し、Y大学に対して、減給処分の無効を主張した事案です。
A准教授が主張するセクハラ行為は、飲酒の誘い(何回も誘われ、飲酒の約束を強く迫られた)、飲食店での身体的接触(XがA准教授の左太もも付け根部分に置く行為を7~10回行なった)、帰宅途中の電車内での身体的接触(二の腕を掴まれた)、駅構内での身体的接触(XがA准教授の正面から自分の懐へ腰から抱き寄せた)、です。
本件における争点は主に、このようなセクハラの事実の有無です。
本判決は、「確かに、A准教授の主張や証言は、ある程度具体的詳細な内容を含んでいると思われること、...セクハラ行為をでっち上げる明確な動機は不明であるといわざるを得ないこと、...メリットは存在せず、かえって、心身上のエネルギーの費消や研究生活を送る者として学内外における様々なリスクを伴う...ことからすると、A准教授が、あえて本件大学に対し、虚偽の救済申立てをするとは考え難いという面も否定できないところである」と述べつつも、
- 飲食の約束に至る経緯では、A准教授からメールアドレスを知らせる等の積極的な対応をしているし、Xからのメール内容を見ても、自らの地位を利用して高圧的な態度をとっているとは認められないこと、
- 飲食当日のA准教授の行動としては、長時間飲食を共にし、A准教授主張のセクハラ行為の後に1時間半も店内にいたこと(また、最後には雑炊を注文しており、一刻も早く立ち去ろうとはしていないこと)、帰宅の際にXがA准教授とは違う経路で帰ろうとしているにもかかわらず、Xが購入した切符を交換して同じルートで帰ったこと、帰路途中にA准教授のほうからXにメールをし、その内容は、お礼や電車を乗り過ごさないように気遣いするものであったこと、
- XはA准教授に対して執拗にメールを送信したり電話もしていない(少なくとも裏付けとなる的確な証拠はない)こと、
などの事情を総合的に考慮すると、A准教授が主張するようなXのセクハラ行為があったとまで認めることはできないとし、Xの請求を認めました。
セクハラの事案は、当事者の言い分だけが主な証拠になることが多いというのが、1つの特徴です。このようなトラブルが生じた会社の担当者としては、どちらの主張が正しいのか判断が難しく、どのように対応すべきか悩ましいところです。
なるべく事実関係を詳しく指摘することで、読者がセクハラ事案の認定や対処のイメージをつかむことができると考え、本判決を紹介した次第です。