今回は、商標法53条の2(海外の商標権者の代理人が無断で取得した登録商標の取消)に関する裁判例と、採用面接時に不利な事実を自発的に告知しなかったことを理由とする普通解雇の可否が争われた裁判例を紹介します。
1. 裁判例紹介-知財高裁平成24年1月19日判決
商標法53条の2(海外の商標権者の代理人が無断で取得した登録商標の取消)の要件該当性について争われた裁判例を紹介します。
今回は商標法53条の2に関する裁判例をご紹介します。
商標法53条の2は、パリ条約同盟国や世界貿易機関加盟国等で商標権を有する者の代理人や代表者が、正当な理由がないのに、その権利者の承諾を得ないで、日本において、権利者の商標と同一・類似の商標で、同一・類似の商品役務を指定商品役務とするものについて商標登録した場合に、上記他国で商標権を有する者がその代理人らによってなされた日本での商標登録の取り消しを認める規定です。この規定の趣旨としては、世界貿易機関の加盟国など他国で商標権を有する者の信頼を保護することにあります。
Y社は世界貿易機関加盟国である台湾において「Chromax」という文字のロゴからなり、ゴルフボール等を指定商品とする登録商標を持っていたところ、この商品についてY社と継続的な取引関係のあるX社が、日本において「Chromax」という文字からなり、ゴルフボール、ゴルフ用具を指定商品とする本件商標の登録を行いました。
Y社は、X社に対して、本件商標がY社の許諾がないのに出願・登録されたものであるとして、商標法53条の2の規定を根拠に、その商標登録の取消しを求めて特許庁に審判を申し立てました。特許庁はY社の申立てを認め、X社の商標登録を取り消す審決を下したことから、X社がこの審決の取消しを求める訴訟を知財高裁に対して起こしました。
本件の争点は、X社が本件商標を出願することについて「正当な理由」があったかどうかという点でした。
X社は多額の宣伝広告費用を投じた結果本件商標の価値が高まった旨主張しましたが、本判決は、X社の負担した費用や規模によって本件商標の価値が高まったとはいえないとし、X社が日本における独占販売権を付与されていたわけではないことなども考慮すれば、「正当な理由」は認められないと判断しました。
そして、本件商標は「正当な理由がない」にもかかわらず権利者の承諾なしに出願されたものであると判示し、X社の審決取消請求を棄却しました。
商標法53条の2に規定する「正当な理由」が認められるケースとしては、世界貿易機関の加盟国など他国で商標権を有する者の代理人等(日本で商標出願した者)が自らの費用と独自の努力によって固有のグッドウィル(顧客誘引力)を獲得しているようなケースが考えられます。本件では、そこまでの費用負担と努力が足りていなかったという認定になったわけですが、商標法53条の2に関する裁判例は極めて少ないため、参考になるものとしてご紹介いたしました(鈴木俊)。鈴木俊のなるほど
参考:知財高裁平成24年1月19日判決(裁判所HP)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120120120837.pdf
2. 裁判例紹介―東京地判平成24年1月27日判決
採用面接時に不利な事実を自発的に告知しなかったことを理由とする普通解雇の可否が争われた裁判例を紹介します。
原告は、元キャリア官僚であり、退職後、民間企業や財団法人に就職し、財団法人を平成18年3月31日に退職して、平成18年4月1日、大学教授として、被告(学校法人)に就職しました。原告は官僚時代にセクハラで注意を受けたことがあり、平成17年以降は、財団法人において、原告によるパワハラ・セクハラについて内部調査が行われ、大手新聞が、財団法人においてセクハラまがいの騒ぎが起きていると報道していました。
原告は、平成18年1月の被告との採用面接において、転職理由について「役所の仕事がもう限界である」と述べただけでした。また、被告は、原告に対して、事件を起こしたことはないかとか、パワハラ・セクハラ等の問題はないかといった質問はしませんでした。
被告は、平成21年8月、以前の勤務先においてパワハラ・セクハラを行ったとして問題にされていたことを告知しなかったことなどを理由に、同9月15日をもって解職(普通解雇)する旨の解雇予告を行ないました。
これに対して、原告が、被告に対し、本件解雇が無効であるとして、
- 労働契約上権利を有する地位の確認及び
- 賃金・賞与の支払い
- 不法行為に基づく損害賠償の支払いなど
を求めました。
本件における争点は、被告の就業規則上の解雇事由である「職務に必要な適格性を欠くと認められた場合」に該当する事由が存在するか、より具体的にいえば、「原告は、被告との採用面接時、被告に対し、財団法人における自己の言動がセクハラ・パワハラであると告発されている問題の存在及び内容などを積極的に告知すべき信義則上の義務があったか」です。
裁判所は次のように述べて、原告の信義則上の義務を否定し、被告主張の解雇事由はなく、本件解雇は無効であるとして、原告の請求のうち、地位確認、賃金・賞与の支払いを認容しました。
「採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は、その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない。大学専任教員は、公人であって、豊かな人間性や品行方正さも求められ、社会の厳しい批判に耐え得る高度の適格性が求められるとの被告の主張は首肯できるところではあるが、採用の時点で、応募者がこのような人格識見を有するかどうかを審査するのは、採用する側である。それが大学教授の採用であっても、本件のように、告知すれば採用されないことなどが予測される事項について、告知を求められたり、質問されたりしなくとも、雇用契約締結過程における信義則上の義務として、自発的に告知する法的義務があるとまでみることはできない。」
本件判決は、会社による採用面接を含む審査は慎重を期すべきであり、応募者(労働者)側が、採用に関して自己に不利益な事項を自発的に告知する義務までは認められないとしています。
本判決をみて、あらためて言えることは、会社は、採用面接時には、(応募者その他との関係に支障が生じない限りという限定があるとは思いますが)聞きづらい質問を含め、できるだけ多くの質問をして情報を集めることが必要になるということです。