弊事務所の古田弁護士と佐藤未央弁護士が執筆及び編集に関与した「新・取締役会ガイドライン」(https://www.clairlaw.jp/book-etc.html#guideline)が商事法務から発行されました。今後の取締役会運営のスタンダードになると思われます。
さて、今回は、従業員が不法行為を行った場合、どのようなときに会社が使用者責任を負うか判示した最高裁判例と、有価証券報告書等に虚偽記載のある上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得しなかった場合、当該投資者が賠償請求できる損害の額について判断した最高裁判例についてご紹介します。
記事に関する御意見やご質問がありましたら、「コメント」欄 にご記入下さい。当事務所の弁護士がコメントさせて頂きます。みなさんのご意見・ご質問をお待ちしています。
1 裁判例紹介−最高裁平成22年3月30日第三小法廷判決
従業員が不法行為を行った場合、どのようなときに、「事業の執行について」された行為として、会社に民法715条の使用者責任を問えるのかを判示した裁判例を紹介します。
2 裁判例紹介−最高裁平成23年9月13日第三小法廷判決
有価証券報告書等に虚偽記載のある上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得しなかった場合、当該投資者が賠償請求できる損害の額について判断した裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成22年3月30日第三小法廷判決
本件は、Xが、貸金業を営むYの従業員であるAから、Yの貸金の原資に充てると騙され、Aに合計3100万円を交付して損害を被ったと主張し、Yに対して民法715条の使用者責任に基づき損害賠償請求をした事案です。
第一審は、XとAとの取引は、あくまで個人的な取引であったと認定し、Aの行為は民法715条の要件である「事業の執行について」された行為ではないとして、Xの請求を棄却しました。
続く第二審は、Yは貸金業を営んでいるから、貸金の原資を調達することは客観的、外形的にみてYの職務に含まれるとして、Aの本件行為は「事業の執行について」されたものであると判断して、Xの請求を一部認めました。
これに対し、最高裁は、まず、Aの行為がYの事業の執行についてされたものであるというためには、貸金の原資の調達が使用者であるYの事業範囲に属するというだけでなく、これが客観的、外形的にみて、被用者であるAが担当する職務の範囲に属するものでなければならないと判示しました。そして、原審の判決につき、貸金の原資を調達することがYの事業の範囲に属するということのみから直ちに、これがYの被用者の職務の範囲に属するとして、Aの本件行為がYの事業の執行についてされた行為に該当するとしたものであるから、その判断は民法715条の解釈適用を誤った違法性があるとした上で、XはAの職務権限や職務と本件行為の関連性等に関し何ら主張立証していないとして、Xの請求を棄却しました。
民法715条の「事業の執行について」の要件に該当するか否かについて、判例は、従前から、被用者の行為が、(1)使用者の事業の範囲に属するか否か、(2)被用者の職務の範囲に属するか否か、と二段階に分けて検討していると解釈されていました。
本判決は、最高裁として、「事業の執行について」の要件を、二段階に分けて検討することを初めて明示したものです。
民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求は、実務でも頻繁にみられますので、紹介した次第です(平井佑治)。平井佑治のなるほど
参考:最高裁平成22年3月30日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100330150512.pdf
2 裁判例紹介−最高裁平成23年9月13日第三小法廷判決
本件は、東京証券取引所に上場されていた西武鉄道株式会社(以下「Y」といいます。)株式を取引所市場において取得したXらが、Yに対し、株式会社コクド等の少数特定者が保有するY社株の数の割合が上場廃止事由に該当するにもかかわらず、それを有価証券報告書等に記載しなかったことによって、損害を被ったとして、その賠償を求めた事案です。
原審は、株式取得額と売却額との差額を損害とするXらの主位的主張等を排斥した上で、虚偽記載の公表によって減価事由が現実化してY株式の価値が毀損されたといえるが、その損害額の立証が極めて困難であるとして、裁判所の裁量によって(民訴法248条)前記公表日の終値の15%相当額が損害であると判示しました。
これに対し、最高裁は、YがXらによるY株の取得より前に継続してきた虚偽記載をやめ、あるいは訂正していた場合には、その後速やかにY株式に付き上場廃止措置が執られていた蓋然性が高く、その回避に至る可能性が極めて乏しかったことを考えると、XらがY株式を取得することはなかったと見るのが相当だと判示しました。
その上で、最高裁は、有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合、当該虚偽記載により上記投資者に生じた損害の額の算定については、上記投資者が、当該虚偽記載の公表後、上記株式を取引所市場において処分したときはその取得価額と処分価額との差額を、また、上記株式を保有し続けているときはその取得価額と事実審の口頭弁論終結時の上記株式の市場価額(上場が廃止された場合にはその非上場株式としての評価額)との差額をそれぞれ基礎としつつ、経済情勢、市場動向、当該会社の業績等、当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を上記差額から控除すべきと判示しました。
投資者が株式を取得してから処分するまでの間に、株式の市場価額が種々の要因で変動するのが通例であるところ、そのうち経済情勢、市場動向、当該会社の業績等の上記虚偽記載と無関係な要因に基づく市場価額の変動リスクは投資者が自ら負担すべきものだからです。
このような判断を前提として、最高裁は、虚偽記載公表後の異常価額変動のうち、いわゆるろうばい売りによる過剰な下落は虚偽記載判明に伴い通常予想される事情であるから、虚偽記載と無関係な価額変動といえず、また公表後Yの上場廃止までの間に虚偽記載と無関係な要因による株価の下落があったことはうかがえないとしました。
そして、最高裁は、これと異なる判断をした原審を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件を差し戻しすることとしました。
本件に関しては、多数の訴訟が提起され、下級審では裁判体ごとに異なる判示がなされていたことから、当該問題について終止符を打った本判決には実務上重要な意義があります(佐藤亮)。佐藤亮のなるほど
参考:最高裁平成23年9月13日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110913175050.pdf