謹んで暑中お見舞い申し上げます。
今回は、表明保証条項の法的効力について判断した裁判例と居住用建
物の賃貸借契約における更新料条項が消費者契約法第10条に反しない
と判断した裁判例についてご紹介します。
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1 表明保証条項(2)〜裁判例(東京地裁平成18年1月17日判決)〜
前回に引き続き、表明保証条項の役割と表明保証が問題となった裁判
例をご紹介します。
今回は表明保証の法的効力について判断した裁判例です。
2 裁判例紹介―最判平成23年7月15日
居住用建物の賃貸借契約における更新料条項が消費者契約法第10条
に違反しないと判断した裁判例を紹介します。
1 表明保証条項(2)〜裁判例(東京地裁平成18年1月17日判決)〜
表明保証条項(1)では表明保証条項の役割について解説しましたが、
今回は、表明保証の法的効力について判断した裁判例(東京地裁平成1
8年1月17日判決)をご紹介します。
平成15年12月18日、買主(X)は、売主ら(Yら)との間で、XがYらの保
有するA社の全株式の譲渡を受ける旨の株式譲渡契約を締結しました。
当該株式譲渡契約には、以下のような表明保証条項及び担保責任条項
が置かれていました。
【8条 表明、保証】
Yらは、Xに対し、次の事項を表明、保証する。
・A社の財務諸表が完全かつ正確であり、一般に承認された会計原則に
従って作成されたこと
・A社の平成15年10月31日の財務内容が貸借対照表のとおりであり、
簿外債務等が存在しないこと
・A社の同日における各貸出債権の融資残高は、その日の貸出債権に関
する記録に正確に反映されていること
・A社の帳簿・記録は、重要な点において完全かつ正確であり、貸出債権
の状況を正確に反映し、取引記録及びその他の勘定記録に記載されるも
のを除き、いずれの貸出債権も修正されないこと
・A社の役員・従業員は、A社の業務遂行及び資産保有について、法令、
行政通達、定款等により必要とされる手続はすべて完了しており、また重
大な違反は存在しないこと
・XによるA社の経営・財務に関する事前監査において、通常の株式譲渡
契約において信義則上開示されるべき資料及び情報が漏れなく提示、開
示されたこと及びそれらの資料及び情報は真実かつ正確なものであること
【9条 担保責任】
・Yらは、表明、保証を行った事項に関し、万一違反したこと又はYらが本
契約に定めるその他義務若しくは法令若しくは行政規則に違反したことに
起因又は関連してXが現実に被った損害、損失を補償する
A社の株式の譲渡対価は、株式譲渡契約に先立ち行われたデューディ
リジェンス(DD)で調査対象とされた貸借対照表上の簿価純資産額をもと
に算出されましたが、株式譲渡実行後、A社の貸付金の元本の貸倒引当
金の計上が正確に行われておらず、元金の残高が実際よりも高額に記載
されていたことが判明しました。
そこで、Xは、不適切な会計処理及びこれに関する資料の不開示が表明
保証に違反するとして、Yらに対し、表明保証責任の履行を求めたのです。
裁判では、本件株式譲渡契約を締結した際に、A社の不適切な会計処理
を知らなかったことについてXに重大な過失が存在した場合、Yらの表明保
証責任は免責されるか否か、これが肯定された場合、Xに重大な過失が認
められるか否かが争点のひとつとなりました。
Yらは、Xは、Yらから生データや営業実績推移の開示を受けており、これ
を精査すればA社の不適切な会計処理は容易に発見できたはずであり、A
社の不適切な会計処理を知らなかったことについてXに重大な過失があり、
これは信義則上、悪意と同視すべきであるから、Yらは免責されると主張し
ました。
これに対し、裁判所は、Yらが表明保証を行った事項に違反していること
について善意であることがXの重大な過失に基づく場合、公平の見地に照
らし、悪意の場合と同視し、Yらは表明保証責任を免れると解する余地が
あるとしました。
その上で、企業買収におけるDDは、買主の権利であって義務ではなく、
主としてその買収交渉における価格決定のために、限られた期間で売主
の提供する資料に基づき、資産の実在性とその評価、負債の網羅性(簿
外負債の発見)という限られた範囲で行われるものであることから、監査
法人による監査を受けていたA社の作成した財務諸表等が会計原則に
従って処理がされていることを前提としてDDを行ったことは通常の処理で
あるなどとして、Xに重大な落ち度があったということはできないとしました。
更に、A社及びYらが不適切な会計処理を故意に秘匿した点を重視すべき
として、Yらが表明保証を行った事項に違反していることについて善意であ
ることがXの重大な過失に基づくと認めることはできないとしました。
契約書に表明保証条項を設けても、買主に悪意・重過失があった場合の
取り扱いについてまでは明記されていないケースがほとんどです。買主に
重過失があった場合に買主の補償請求を認めるか否かについては意見の
分かれるところですが、補償請求を否定するとしても、企業買収における
DDは、買主の権利であって義務ではなく、限られた期間・資料・範囲で行
われるものであるという特徴から、重過失が認められる範囲は相当狭くな
るものと思われます。
また、表明保証条項の重要性に鑑み、具体的にどのような事項につい
て保証されるのか・されるべきなのかについて、保証をする側もされる側
も、十分な検討が必要です。
(佐藤未央)佐藤未央のなるほど
参考:東京地裁平成18年1月17日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5FB6A27ADFFA81D1492571080018FA51.pdf
2 裁判例紹介―最判平成23年7月15日
居住用建物の賃貸借契約における更新料条項について、消費者契約法
第10条に違反しないと判断した裁判例を紹介します。
本件は、居住用建物を上告人から賃借した被上告人が、更新料条項は
消費者契約法第10条により無効であると主張して、上告人に対し、支払
済みの更新料22万8000円の返還を求めた事案です。
被上告人がその論拠としている消費者契約法第10条は、消費者と事業
者との間で締結された消費者契約を対象として、?民法その他の法律の
公の秩序に反しない規定の適用による場合に比べ、消費者の権利を制限
し、又はその義務を加重する条項のうち、?民法第1条第2項に規定する
基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効とするもの
です。
そして、問題とされた本件賃貸借契約に係る契約書には、本件賃貸借契
約の更新について、下記の条項(以下「本件条項」)がありました。
・被上告人は、期間満了の60日前までに申し出ることにより、本件賃貸借
契約の更新をすることができる、
・被上告人は、本件賃貸借契約を更新するときは、これが法定更新である
か、合意更新であるかにかかわりなく、1年経過するごとに、上告人に対し、
更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない、
・上告人は、被上告人の入居期間にかかわりなく、更新料の返還、精算等
には応じない
本件では、主として、本件条項が消費者契約法第10条の前記要件?に
該当するか否かが争われました。
この点について、原審は、本件条項が消費者契約法第10条の前記要件
?に該当することを認め、無効であると判示し、被上告人の請求を認容しま
した。
しかし、更新料の支払は、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続す
るための対価等の趣旨を含む複合的な性質を持ち、およそ経済的合理性
がないということはできません。また、一定の地域において、期間満了の際、
賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは
公知であることや、従前、裁判上の和解手続等において、これを当然に無
効とする取扱いがされてこなかったことが裁判所に顕著であることからす
ると、更新料条項が契約書に一義的かつ具体的に記載され、更新料の支
払に関する明確な合意が成立している場合に、賃借人と賃貸人との間に、
更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得な
いほどの格差が存するとみることもできません。
そこで、最高裁は、「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更
新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に
照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り」、消費者契約法第10条
の要件?に該当しないと判示しました。
その上で、最高裁は、本件条項について、「本件契約書に一義的かつ明
確に記載されているところ、その内容は、更新料の額を賃料の2か月分と
し、本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって、上記
特段の事情が存するとはいえず、これを消費者契約法第10条により無効
とすることはできない」と判示し、原審の被上告人勝訴部分を破棄し、被上
告人の請求を棄却しました。
更新料条項の有効性について、従前、控訴審段階で結論が分かれてお
りましたので、当該問題に決着をつけた本判決には、実務上重要な意義
があります。
(佐藤亮)佐藤亮のなるほど
参考:最判平成23年7月15日
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110715143324.pdf