夏本番を迎え、暑い日が続いています。節電も大切ですが熱中症にならないように注意しましょう。
今回は、基本給を減額し、その減額分を、時間外労働手当に相当する定額の手当(業務手当など)に振替えることが、不利益処分にあたるとした裁判例と表明保証条項の役割についてご紹介します。
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1 裁判例紹介―東京地判平成19年6月15日
残業代対策の方法として、基本給を減額し、その減額分を、時間外労働手当に相当する定額の手当(業務手当など)に振替えることが、不利益処分にあたるとした裁判例を紹介します。
2 表明保証条項(1)〜役割〜
契約書でよく見かける表明保証条項の役割と、表明保証が問題となった裁判例を、2回に分けてご紹介します。
今回は、表明保証条項の役割についてです。
1 裁判例紹介―東京地判平成19年6月15日
これまで残業代を支払っていなかった会社が、残業代を今後も抑制するために、基本給を減額し、その減額分を、時間外労働手当に相当する定額の手当(業務手当など)に振替えるケースがあります。
この基本給減額による時間外労働手当への振替えの効力が争われたのが、山本デザイン事務所事件(東京地裁平成19年6月15日判決)です。これは、広告代理店のコピーライターが平成17年8月に解雇され、解雇前2年分の割増賃金の支払いを求めた事案です。
平成17年1月までは、給与明細には「基本給55万円」の記載のみがなされているだけで、残業代は支払われておらず、それを補填する手当なども支払われてはいませんでした。
これを、平成17年2月以降、基本給を41万円に減額しつつ、当該41万円の基本給を基準に、月40時間分の時間外割増賃金として業務手当11万5000円、月40時間分の深夜割増賃金として深夜手当2万3300円、これらに加え支給総額を変わらないようにするため調整手当200円を支給するよう、給与制度を変更しました。これらの金額の合計は55万円で、支給総額に変更はありません。
労働条件を労働者に不利益に変更する場合には、労働者の同意が必要であり、就業規則の変更により労働条件の変更を行う場合には、その合理性が必要となります(労契法8、9及び10条)。
本件の場合には、支給総額には変更がないため、不利益処分・変更にはあたらず、労働者の同意は不要なようにも思えます(なお、本件では、就業規則が存在せず、これを変更した事案ではありませんでした。)。
しかしながら、東京地裁は、次のように判示し、「不利益処分」に該当するとしています。
「本件においては、平成17年1月時点での原告の基本給は55万円であったから、これを基本給41万円、業務手当11万6500円、深夜手当2万3300円、調整手当200円に、それぞれ分けて支給することとすることは、基本給を減額することを意味し、原告にとっては不利益処分となるから、このことについて原告の同意が必要とされる」
注意すべき点は、支給総額が変更されていないにも関わらず、基本給が減額された一事をもって、「不利益処分」にあたるとしている点です。
この裁判例を前提にする限り、基本給減額による時間外労働手当への振替えにあたっては、「不利益処分・変更」に該当することを前提に、原則として労働者の同意を得る必要があり、同意を得ず就業規則の変更により行う場合には、合理性の立証に備える必要があります(労契法10条)。
(佐川明生)佐川明生のなるほど
2 表明保証条項(1)〜役割〜
表明保証条項とは、契約の締結時やクロージング時において、当該契約に関連する各種の事実が真実であることを、当事者に表明させることを目的とした条項です。
表明保証は、もともとは欧米の契約実務において用いられてきた概念ですが、日本でも、M&A契約、資産流動化に関する契約、ベンチャー企業が投資家との間で締結する投資契約などにおいて、表明保証条項が設けられているケースが見られます。
また、表明保証の法的効力について判断する裁判例も出てきているところです。
表明保証条項の機能は、当事者が契約を締結する際、一定の重要な事実が存在することを相手方に明言させることにより、契約上の義務の履行に対する相手方の信頼を高めるとともに、相手方が表明保証した事実が存在しないことが判明した場合、契約を解除したり、表明保証された事実が存在すると信じたことによって被った損害の賠償を請求したりするなどの契約上の救済措置を可能とする点にあります。
しかし、表明保証は、欧米の契約実務に起源する概念であり、日本における裁判例も未だ少ない状況にあり、その法的性格や要件・効果について解釈が確立していません。
このため、表明保証条項を盛り込んだ契約書の作成にあたっては、表明保証の対象となる事実を規定すると同時に、表明保証条項に違反した場合の法的効果(解除や損害賠償など)についても明確に規定すべきです。
また、どのような事項を表明保証条項として規定するかは、契約内容や当該契約の抱えるリスクの内容に応じて、個々に検討する必要があります。
最後に、表明保証条項例をご紹介します。
(事実の表明及び保証)
第○条
乙は、甲に対し、本契約の重要な基礎として以下の事実が真実であることを表明し保証する。
(1)乙は、本契約を締結し、また本契約の規定に基づき義務を履行する完全な権利、能力を有すること
(2)乙は、本契約を締結し履行することにつき、法令及び乙の定款、取締役会規則その他の社内規則上要求されている授権その他一切の手続を履践
していること
(3)本契約の締結及び本契約に基づく義務の履行は、乙に対して適用されるすべての法令及び乙の定款、取締役会規則その他の社内規則に違反せず、乙を当事者とする他の契約に違反せず、乙に適用される判決、決定又は命令に違反しないこと
(4)乙において債務不履行事由を構成する事実又は時の経過若しくは通知により債務不履行事由を惹起せしめる事実は存在せず、また、乙の知る限り、本事業の遂行に関し、重大な悪影響を与える事実若しくは将来与える事実は存在しないこと
次回は、表明保証の法的効力について判断した裁判例を紹介します。
(佐藤未央)佐藤未央のなるほど