今年の全米オープンは、22歳のロリー・マキロイが2位に大差をつけて優勝しました。スポーツ界では20代前半の活躍が目立ちますね。
今回は、従業員の勤務態度不良に基づく解雇についての会社の不法行為責任が否定された裁判例と、真実性の調査をすることなく配信社から配信された記事を使用した新聞社の不法行為責任が否定された裁判例を紹介します。
記事に関する御意見やご質問がありましたら、「コメント」欄 にご記入下さい。当事務所の弁護士がコメントさせて頂きます。みなさんのご意見・ご質問をお待ちしています。
1 裁判例紹介―最高裁平成22年5月25日判決
勤務態度不良を原因として従業員に対して行った普通解雇について、不法行為を構成しないと判示した裁判例を紹介します。
2 裁判例紹介―最高裁平成23年4月28日判決
新聞社が通信社からの配信に基づき自己の発行する新聞に記事を掲載するに当たり、当該記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があったとして、その名誉毀損に基づく不法行為責任が否定された裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介―最高裁平成22年5月25日判決
本件において裁判所が認定した事案の概要は以下の通りです。
XはY会社の統轄事業部長を兼務する取締役でしたが、酒に酔った状態で出勤したり、勤務時間中に居眠りをしたり、社外での打ち合わせ等と称して嫌がる部下を連れて温泉施設で昼間から飲酒したり、取引先の担当者も同席する展示会の会場でろれつが回らなくなるほど酔ってしまったりすることがありました。このXの勤務態度や飲酒癖について、従業員や取引先からY会社に苦情が寄せられていましたが、Y会社の代表者は、Xに対し、はっきりと勤務態度や飲酒癖について注意・指導をしたことはありませんでした。
このような状況の中、平成19年6月4日、Xは、取引先の担当者との打合わせがあるのにもかかわらず出勤せず、Y会社から電話で出勤するよう指示されたのに対し、日曜日だと思っていたと弁解し、結局、Xは全日にわたり欠勤しました。このことから、Y会社は、この取引先の紹介元であり、Y会社の大口取引先の代表者からも、Xを解雇するよう求められました。さらに、Xは、当該欠勤の夜、Y会社の代表者と電話で話した際、酒に酔った状態で、「辞めさせたらどうですか」と述べました。
Y会社の代表者も、もはやXを庇いきれないと考え、Y会社は、Xが自主的に退職願を提出しなかったことから、Xの勤務態度不良は同会社就業規則35条1項2号の普通解雇事由「技能、能率又は勤務状態が著しく不良で、就業に適さないとき」に該当するとして、Xを解雇しました。
この解雇に対して、Xは、Y会社に対して、本件解雇は不法行為に該当するとして、2年間分の賃金相当額の損害賠償を求めました。
原審は、Xの勤務態度不良はY会社の就業規則の解雇事由に該当するが、Y会社はXの勤務態度や飲酒癖について明確な注意・指導をせず、かえってXを昇進させたために、Xに問題を自覚させることができず、本件の欠勤の後も降格や懲戒処分などにより勤務態度を改める機会を与えていないことから、本件解雇は社会的相当性を欠いて無効であり、不法行為に該当するとして、Xの請求を一部認容しました。
これに対して、最高裁は、XにY会社の就業規則の解雇事由に該当する事情があることは明らかであり、Y会社がXに対し、本件欠勤を契機として本件解雇をしたことはやむを得なかったものというべきであり、懲戒処分などの解雇以外の方法をとることなくされたとしても、本件解雇が著しく相当性を欠き、Xに対する不法行為を構成するものということはできないと判示し、Xの請求を棄却しました。
本判決は、普通解雇が不法行為に該当する一般的な規範は述べず、事例判断ではありますが、解雇の不法行為性をやや緩やかに認める傾向があった下級審判決の流れに影響を与える可能性があり、実務的に意義のある判決といえます。
(平井佑治)
参考:最高裁平成22年5月25日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100525141345.pdf
2 裁判例紹介―最高裁平成23年4月28日判決
人の名誉を毀損する行為が公共の事実に関するもので、専ら公益を図る目的のために行われた場合、摘示した事実が真実であることが証明されなかったとしても、これを摘示した人がその事実を真実と信じることについて相当の理由があるときは、その行為に故意や過失が欠け、不法行為が成立しないとするのが確定した判例の立場です。
それでは、記事を作成した通信社がその記事の内容を真実と信ずるにつき相当な理由がある場合、その記事の配信を受け新聞に掲載した新聞社については、摘示された事実を真実と信ずるにつき相当な理由があるといえるのでしょうか。本件では、この点が問題になりました。
本件の事案は、Xが、Yらの発行する各新聞に掲載されたZ通信社からの配信記事によって名誉を毀損されたとして、Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めたところ、原審においてかかる請求が棄却されたため、Xが上告をしたというものです。
原審の認定した事実は、以下の通りです。
(1)Xは、平成13年当時、a 大学附属b 研究所に勤務していた医師である。
(2)Yらは、平成14年7月5日、Xが平成13年3月2日実施の手術中、人工心肺装置の誤操作により患者を死亡させた旨の記事を各自発行する新聞に掲載した。
(3)Yらは、Z通信社の社員(加盟社)であり、本件掲載記事は、Yらが同社から配信を受けた記事を、裏付け取材をすることなく、ほぼそのまま掲載したものである。
(4)Z通信社は、内外のニュースを取材し、作成した記事を加盟社等に配信する事業等を行っている。加盟社が配信記事を掲載する場合には、原則としてこれをそのまま掲載すべきものとされていた。
(5)加盟社は、Z通信社の社員として、その経営に参画している。Z通信社では、加盟社の担当者の出席を得て、経営企画担当者会議等が開催され、Z通信社の業務運営等に関する報告や意見交換がされている。
(6)Yらは、自社の新聞の発行地域外において、東京大阪支社を有しているほか、原則として取材拠点等を有していない。Z通信社からの配信記事は、通常1日当たり約1500本であり、Yらの発行する新聞記事の5割から6割程度がこの配信に基づいている。
本件において、Xは、摘示された事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるとの判断は、行為を行った主体ごとに判断されるべきとの主張をしておりました。
しかし、新聞社が通信社を利用して幅広いニュースを読者に提供する報道システムの下、通常、新聞社が配信記事の裏付け取材を行うことが現実には困難であるにもかかわらず、通信社に事実を真実と信ずるについて相当の理由がある場合であっても、配信記事をそのまま掲載した新聞社のみが不法行為責任を負うならば、上記システムの下における報道が萎縮し、結果的に国民の知る権利が損なわれるおそれがあることを否定できません。
そこで最高裁は、本件において、通信社が配信記事の摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由がある場合、少なくとも、通信社と配信記事を掲載した新聞社とが報道主体としての一体性があるといえるときは、特段の事情のない限り、当該通信社の配信記事を掲載した新聞社についても、摘示された事実を真実と信じることについて相当の理由があるという新たな判断を示しました。
この一体性判断は、具体的には、通信社と新聞社との関係、記事配信の仕組み、配信記事の実質的変更の可否等の総合考慮によって行われるとされています。
最高裁は、本件について、前記認定事実のもと、「Z通信社の加盟社は、自らの報道を充実させるためにZ通信社の社員となってその経営等に関与し、同社はその加盟社のために、加盟社に代わって取材をし、記事を作成してこれを加盟社に配信し、加盟社は当該配信記事を原則としてそのまま掲載するという体制が構築されている」ことを理由に、Z通信社と加盟社との間に報道主体としての一体性があると評価しました。そして、本件では特段の事情がうかがわれないとして、Z通信社が本件配信記事に摘示された事実を真実であると信ずる相当の理由があるならば、加盟社であるYらについても、本件各誌掲載記事に摘示された事実を真実であると信ずる相当の理由があると判断し、Yらの不法行為責任を否定したのです。
本判決は、近時の判例上(最判平成14年1月29日、最判平成14年3月8日)、消極的判断を下されがちであった配信サービスの抗弁(報道機関が定評ある通信社から配信された記事を実質的な変更を加えずに掲載した場合に、その掲載記事が他人の名誉を毀損するものであったとしても、原則、当該他人に対する損害賠償義務を負わないとする法理)が認められる場合を示したもので、実務的に重要な意味を持ちます。ただ、本判決は、通信社と新聞社とが報道主体としての一体性であると評価できる事案についてのもので、それ以外の場合にいわゆる配信サービスの抗弁を認めたものではありませんので、注意が必要です。
(佐藤亮)
参考:最高裁平成23年4月28日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110428143545.pdf