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今回は、通勤手当の内容を変更したことが許されるとした裁判例と、会社分割における反対株主の株式買取請求における買取価格の算定方法などを示した裁判例を紹介します。後者の買取請求における「公正な価格」については様々な見解があり、興味深い事例でもあります。
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1 裁判例紹介−大阪地裁平成22年3月18日判決
マイカー通勤をしていた労働者に公共交通機関を使った場合の通勤手当を支払っていた会社が、通勤手当の内容を変更して、実費(ガソリン代)による支給を行なったことは違法ではないとした裁判例
2 裁判例紹介−東京高裁平成22年7月7日決定
完全子会社を吸収分割承継会社とする吸収分割を行なう場合、反対株主の株式買取請求における買取価格は、当該吸収分割決議がなかったら有していたであろう価格を基礎として算定すべきであり、その基準日は、株式の買取請求期間の満了時であるとした裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−大阪地裁平成22年3月18日判決
会社がそれまで支給していた通勤手当の金額を実質的に減額する変更を行なったことにつき、従業員が会社に対して、減額分の金銭の支払いを求めた事案です。
会社は、これまで、自動車通勤者に対しても、公共交通機関を利用したと仮定して算定した定期代相当額を支給してきました。このため、自動車通勤者は、交通費実費をかなり超えた額の通勤手当を受給してきました。
会社は、平成21年1月10日、通勤費補助支給基準を定めて告示し、同2月1日から施行しました。支給基準の内容は、自動車通勤者に対する支給額を、通勤距離、操業日数、ガソリンの燃費、ガソリン価格に基づき算定するものとされました。これにより、原告となった従業員は、支給基準施行前は、半年分の通勤手当として約8万円の支給を受けたのに対し、同施行後は、約2万円しか支給を受けることができなくなりました。
原告となった従業員が所属していた営業所は、平成20年度の売上純利益がマイナスでした。
裁判所は、本件通勤手当は賃金(労基法11条)に該当すること及び本件支給基準が就業規則の一部であることを前提として、本件支給基準の設定による不利益(減額)変更の必要性、合理性を検討し、従前どおりの通勤手当を支給すると、自動車通勤者(実費以上の支給を受ける者)と公共交通関を使用して通勤する者(実費しか支給を受けない者)との間に不公平が生じるため、これを解消する必要があることや、会社の経営状況によるとあらたに支給基準を設定する必要性があること、支給基準は通勤距離、燃費等による算定方法であり一応の合理性があること、労働者が被る不利益の程度は、実費分を超える本来受給できないものが控除されたにすぎないことを踏まえ、支給基準は有効だとして、原告の請求を棄却しました(田辺)。
参考: 労働基準法11条、労働契約法8条、9条、10条
2 裁判例紹介−東京高裁平成22年7月7日決定
本件は、株式会社東京放送ホールディングス(TBS)の株主である楽天が、TBSの株主総会において、TBSのテレビ放送事業などをTBSの完全子会社である株式会社TBSテレビに承継させることを内容とする吸収分割契約の承認に関する議案に反対した上で、株式買取請求をしましたが、当事者間の協議が調わなかったことから、楽天とTBSの双方が、裁判所に対して、会社法786条2項に基づき、株式買取価格の決定を求めた事案です。
東京高裁は、まず、「公正な価格」について、本件のような完全子会社を収分割承継株式会社とする吸収分割に際して、吸収分割株式会社の反対株主が株式買取請求をした場合における株式の「公正な価格」とは、組織再編により生じるシナジー、その他の企業価値の増加分の公正な分配といった要素を加味することなく、単に、吸収分割の契約を承認する株主総会決議により、当該決議がなかったら有していたであろう価格(いわゆる「ナカリセバ価格」)を基礎として算定するべきだとしました。
加えて、本件では、TBSの認定放送持株会社化がTBSの企業価値又は主価値に影響を与え、ひいてはこれらを毀損し、株式の実質的な価値に変動をもたらすかどうかも検討すべきだとしています。
次に、「公正な価格」を定める基準日については、株主が株式買取請求権行使すると、会社の承諾なく売買契約が成立したのと同様の法律関係が成立することから、契約の成立時点における目的物の価値を基準に決めるのが自然かつ合理的であり、基本的に株式買取請求権行使時に接着した時期と解するのが相当としました。その上、公正な価格を評価する基準時は反対株主の平等という観点からは、それぞれの反対株主が株式買取請求権を行使した時ではなく、同一の時点とされるべきであり、かつ買取請求期間内においては株価の変動を見込んだ一種の投機的行為があり得るところ、そのような投機的行為の余地が制限されることになる本件株式の買取請求期間の満了時である平成21年3月31日としました。
そして、本件株式の買取価格の算定について、本件株式は上場株式であり、特段の事由のない限り、市場価格を算定の基礎に用いることが相当であるとしました。認定放送持株会社化と連動した本件吸収分割がTBSのグループ経営の一層の効率化と安定化を図るもので一定の合理性を有すること、株主総会でも圧倒的多数の賛成を得ていること、その前後の株価においても特に値下がりしたという事情もないことなどから、本件吸収分割はTBSの企業価値又は株主価値を毀損したものとは認められないとして、「決議がなかったとしたら、本件株式が買取請求期間満了時に有していたであろう公正な価格」は基準日における実際の市場価格を上回るものではあり得ないとしました。
その結果、基準日である平成21年3月31日の本件株式の終値1株1,294円をもって、本件株式の買取価格となる「公正な価格」とすべきとしました。
本件は上場会社における株式買取請求権行使における「公正な価格」(会社法785条1項)についての判断ですが、特にその基準日を巡っては、株式買取請求権の行使日とする神戸地決平成21年3月16日や組織再編行為の効力発生日とする東京地決平成21年4月17日など複数の裁判例が存在し、見解が分かれていました。さらに、実際の買取価格についても、基準日前1か月の終値の平均値とする見解も有力でした(本件の第一審である東京地決平成22年3月5日など)。本件はこれらの争点について東京高裁が判断をしたもので、今後の実務の参考になるものと思われます(鈴木俊)。
参考:会社法785条1項