今年のドラフトは注目選手が多かったせいか、くじ引きの出番が多かったですね。ドキドキしながらどの球団が交渉権を引き当てるのか見ている側としては、「いっせいので」でくじを開けて欲しいと思ってしまいます。
今回は、電子掲示板に「気違い」との書込みをした発信者の発信者情報の開示に応じなかったことについて、当該経由プロバイダの損害賠償責任が否定された裁判例と、株主代表訴訟において追及される「取締役ノ責任」には、取締役の地位に基づく責任の他に、取締役が会社との取引によって負担することになった債務が含まれると判示した裁判例を紹介します。
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1 裁判例紹介−最高裁平成22年4月13日判決
電子掲示板に「気違い」との書込みをした発信者の発信者情報の開示に応じなかったことについて、当該経由プロバイダの損害賠償責任が否定された裁判例を紹介します。
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月10日判決
株主代表訴訟において追及される「取締役ノ責任」には、取締役の地位に基づく責任の他に、取締役が会社との取引によって負担することになった債務が含まれると判示した裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成22年4月13日判決
本件は、某学校法人の学長であるXが、「2ちゃんねる」でなされた「気違いはどうみてもA学長」という書き込み(「本件書き込み」)について、経由プロバイダYに発信者情報の開示請求をしたところ、Yが「Xの権利が侵害されたことが明らかでない」としてこれを拒否したため、XがYに対し、発信者情報の開示を行なわなかったことについての損害賠償を求めて訴訟提起した事案です。
いわゆるプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)第4条は、第1項において、開示請求者の権利が侵害されたことが明らかであるなどの所定の要件を満たす場合には、発信者情報の開示をプロバイダ等の開示関係役務提供者に義務付けるとともに、第4項において、開示の請求に応じないことにより開示請求者に生じた損害については、プロバイダ等の開示関係役務提供者に故意又は重大な過失がある場合でなければ賠償の責に任じない旨を規定しています。
東京高裁は、「特定の人を『気違い』と指摘することは、社会生活上許される限度を超えてその相手方の権利(名誉感情)を侵害するものであり、このことは、特別の専門知識がなくとも一般の社会常識に照らして容易に判断することができるものである」などとして、Yに発信者情報の開示を命じるとともに、発信者情報の開示を行なわなかったYには重大な過失があるとして、金15万円の損害賠償金の支払いを命じました。
これに対して最高裁は、東京高裁が発信者情報の開示を命じた点については上告理由がないため、Yの主張を判断することなく棄却し、その結果、発信者情報の開示を命じた東京高裁の判決が確定しましたが、Yの損害賠償責任は次のように述べて否定しました。
「開示関係役務提供者は、侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が・・・所定の要件のいずれにも該当することを認識し、又は、上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ、損害賠償責任を負うものと解するのが相当である」、「(本件書き込みは)『気違い』といった侮辱的な表現を含むとはいえ、Xの人格的価値に関し、具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく、Xの名誉感情を侵害するにとどまる」、「Xを侮辱する文言は『気違い』という表現の一語のみであり、特段の根拠を示すこともなく、本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば、本件書き込みの文言それ自体から、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず、本件スレッドの他の書き込みの内容、本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ、Xの権利侵害の明白性の有無を判断することはできないというべきである。そのような判断は、裁判外において本件発信者情報の開示請求を受けたYにとって必ずしも容易なものではない」とYが発信者情報の開示請求に応じなかったことについて、重大な過失があったということはできないとしました。
プロバイダ責任制限法4条に定める「重大な過失」について、最高裁が初めて判断した事例であるため、ご紹介しました(鈴木理晶)。
参考: 最高裁平成22年4月13日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100413142909.pdf
プロバイダ責任制限法4条1項、4項
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月10日判決
本件は、A社の株主であるXが、A社の買い受けた土地について、同社取締役Yに所有権移転登記がされているが、真実の登記名義人はA社であるとして、Yに対し、A社への所有権移転登記手続をすることを求め、改正前商法267条1項に基づき株主代表訴訟を提起した事案です。
本件において、XはYに対し、予備的請求(主位的請求が認められなかった時のために予備的に請求するもの)として、A社は本件土地を取得する際、Yに対し、本件土地の所有名義をYとする所有権移転登記手続を委託し、Yとの間で期限の定めのない本件土地の所有名義の借用契約を締結していたが、遅くとも本件訴状がYに送達された時までには当該借用契約は終了したとし、「当該契約の終了に基づき」A社への所有権移転登記手続を求めました。
株主代表訴訟の対象となる取締役の責任の範囲について、従来から学説上、?取締役が会社に対して負担するに至った一切の債務が含まれるとする説(全債務説)、?取締役が会社に対して負担するに至った取引上の債務が含まれるとする説(取引債務包含説)、?免除の困難な取締役の責任又は免除の不可能な責任のみとする説(限定債務説)等が対立しており、下級審の裁判例も判断が分かれていました。
本件の事例で、最高裁は、改正前商法267条1項にいう「取締役ノ責任」には、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当であると判示し、?取引債務包含説を採用しました。そして、Xの予備的請求は、本件土地につき、A社とYとの間で締結されたY名義の借用契約の終了に基づき、A社への所有権移転登記手続を求めるものであるから、取締役の会社に対する取引債務についての責任を追及するものであるとし、これを却下した原審の判断は違法であるとして、更に審理を尽くさせるために原審に差し戻しました。
(注:本件の主位的請求は、A社の所有権に基づく所有権移転登記手続請求であり、取締役の地位に基づく責任でも会社に対する取引債務でもないため請求は却下されています。)
本判決は、従来から争いがあった株主代表訴訟の対象となる取締役の責任の範囲について、最高裁として初めて判断したものです。株主代表訴訟は、会社法においては847条1項で規定されていますが、改正前商法267条1項と規定の仕方がほぼ同様であることから、本判決の解釈は会社法においても当てはまると考えられます。したがいまして、本判決は今後の実務においても重要な意義を有するものといえるでしょう(平井)。
参考:最高裁平成21年3月10日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090310111446.pdf
改正前商法267条1項、会社法847条