暑かった夏も終わりが近づいてきましたね。
今回は、特許を受ける権利が2つの会社に二重に譲渡されてその権利の帰属が争われた裁判例と、譲渡禁止の特約に反して債権を譲り渡した債権者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるといった特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないとした裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−知財高裁平成22年2月24日判決
特許を受ける権利が2つの会社に二重譲渡され、一方の会社は特許庁への登録手続を行い、対抗要件を具備していましたが、いわゆる背信的悪意者に該当するとして、他方の会社に当該権利があると認めた裁判例です。
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月27日判決
譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるといった特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないとした裁判例です。
1 裁判例紹介−知財高裁平成22年2月24日判決
職務発明の特許を受ける権利は、原則として発明者である従業員に帰属し、就業規則等により特許を受ける権利を承継させる旨の定めがあるときに限り、使用者である会社に承継されます。
X社の従業員Aは、X社にこのような職務発明について特許を受ける権利を承継させる旨の就業規則の定めがあったにもかかわらず、X社を退職後、Y社に入社し、X社在職中に行った工作機械に関する職務発明(以下「本件発明」とします)の特許を受ける権利をY社に譲渡しました。これにより、本件発明の特許を受ける権利は、X社とY社に二重譲渡されたこととなりました。Y社が平成16年6月に本件発明の特許出願をしたことに対して、X社が、本件発明について特許を受ける権利はX社が有することの確認を求めたのが本件です。
第一審(東京地裁)は、特許法34条1項が「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することはできない」としているところ、X社は本件発明の特許出願を行っておらず、Y社に本件発明の特許を受ける権利の承継を対抗することはできないとして、X社の請求を棄却しました。
これに対して、知財高裁は、Y社が本件発明の特許出願をしている以上、本件発明は「公知」ではない(=秘密である)ことを前提に、Aは平成16年1月のX社退職時に、在職中に知り得た秘密を「第三者に漏えいしたり、自己使用したりすることは、退職後といえども一切いたしません。」という誓約書をX社に提出しており、Y社による特許出願の時点ではY社の代表取締役は、本件発明はAがX社の従業員としてなしたものであることを知っていたというべきであり、通常は、職務発明としてX社に承継されているであろうことも認識していたというべきであることから、Y社は背信的悪意者(対抗要件の不具備を正当に主張することができない者)に当たるというべきであり、Y社が先に特許出願したからといって、それをもってX社に対抗することができるとするのは、信義誠実の原則に反して許されず、X社は、本件特許を受ける権利の承継をY社に対抗することができるというべきであるとして、第一審判決を取り消し、X社の請求を認めました。
AやY社は、本件発明は「秘密に該当しない。」と考えたのかもしれませんが、「非公知であること」が特許の要件なので、特許出願をしておきながら「秘密に該当しない」と考えるのは自己矛盾です。転職者を受け入れた企業は、当該転職者が持ってきた情報を利用することが、従前勤務していた企業の知的財産権(特許のみならず、著作権や営業秘密(不正競争防止法)なども考えられます)を侵害していないかどうか、慎重に検討する必要があります(鈴木理晶)。
参考:知財高裁平成22年2月24日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100225142649.pdf
特許法34条1項
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月27日判決
本件は、XがYに譲渡禁止特約付き請負代金債権を譲渡し、債務者が債権者不確知を供託原因として供託をしたところ、Xは、上記請負代金債権は譲渡禁止特約が付されていたから上記債権譲渡は無効であると主張し、Yに対し上記供託金の還付請求権を有することの確認を求め(本訴)、他方、YはXに対し上記債権譲渡が有効であるとして、Yが上記供託金の還付請求権を有することの確認を求めた(反訴)事案です。
(※債権者不確知を理由として供託された場合、その払渡請求には、還付を受ける権利を有することを証する書面が必要です。本件では、相手方の承諾書、すなわちX又はYの承諾書や、本件の判決書謄本等があたります。)
最高裁判所は、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されないとしたうえで、本件では、そのような特段の事情の存在はうかがわれず、Xがその無効を主張することは許されないと判断して本訴請求を棄却し、反訴請求を認容しました。
債権の譲渡禁止特約に反して譲渡が行われた場合、債権者の義務違反が生じるだけでなく、債権移転自体が無効となるというのが一般的な考え方です(ただし、禁止特約の存在について譲受人が知らなかった場合は、善意の譲受人は保護されます)。
この考え方では、無効であることを「誰でも」主張できると考えるのが論理的ですが、本判決は、特約の存在を知りつつ債権を譲渡した者は「債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されない」として、無効の主張権者を限定的に解釈しました。
債権の譲渡禁止特約に反した場合の無効の主張権者について、限定的に解釈した初めての最高裁判例であり、実務的な影響も大きいと考えられます。債務者としては、債務者自身が当該債権譲渡を承諾すれば譲渡は有効となるので、譲渡を承認すれば、譲受人に弁済すればよいことになります。もっとも、判断に迷うようであれば、やはり供託するのが無難でしょう(平井)。
参考:最高裁平成21年3月27日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090327113429.pdf
民法466条2項