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今回は、先物取引受託業者は顧客に対して「差玉向かい」をしていることを説明する義務があるとした裁判例、インサイダー取引を防止するための社内規程の整備について紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成21年12月18日判決
先物取引において、先物取引受託業者がいわゆる「差玉向かい」という手法を行っている場合に、業者は顧客に対して「差玉向かい」を用いていることを説明する義務があるとしました。「差玉向かい」とは、商品の種類及び限月ごとに、委託に基づく売り付けと買い付けを集計し、売り付けと買い付けの数量に差がある場合、この差の全部又は一定割合に対当する自己玉(受託業者が自らの計算で行う取引)を建てることを繰り返す取引手法です。
2 インサイダー取引の予防策について
インサイダー取引を防ぐためには、どのような点に留意して社内規程を整備すべきかを紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成21年12月18日判決
本件は中国籍の50歳の原告が被告業者に委託して行った白金の商品先物取引について、適合性原則違反や説明義務違反等の違法行為により合計約832万円の損害を被ったとして損害賠償請求をした事案です。
第一審の東京地裁、第二審の東京高裁は原告の請求を認めませんでした。
他方、最高裁は、商品先物取引はリスクの高い取引であり、専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であることや、業者が委託者に対して投資判断の材料となる情報を提供し、その情報を投資判断の材料として委託者が取引を委託するのが一般的であることからすれば、委託者の投資判断は、業者から提供される情報に相応の信用性があることを前提にしているというべきであるとしたうえで、この「差玉向かい」という手法には、業者が、故意に、委託者に対し、投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかであり、したがって、少なくとも、特定の先物取引について「差玉向かい」という手法を用いている業者が専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には、その業者の従業員は、信義則上、その取引を受託する前に、委託者に対し、「差玉向かい」を行っていること、「差玉向かい」は業者と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明する義務を負うべきであるとしました。そして、本件事案では、そのような説明を被告業者がしたかどうかを審理していないということで、審理をやり直すべく東京高裁へ差し戻しとなりました。
また、最判平成21年7月16日もこの最高裁判例と同じく業者の説明義務を課したうえで、業者は委託者に対して自己玉を建てる都度、委託玉が自己玉と対当する結果になったことを通知する義務を負うという通知義務まで課しています。
最判平成21年7月16日及び最判平成21年12月18日は、「差玉向かい」という手法自体の違法性を認めたものではありませんが、いずれも、そのような手法を用いていることを説明する義務が業者にあると認定したもので、実務的にはその影響は極めて大きいと思われます(鈴木俊)。
参考:最高裁平成21年12月18日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218114215.pdf
2 インサイダー取引の予防策について
2004年にインサイダー取引に対し金銭的な負担を課す課徴金制度が導入されて以来、インサイダー取引の摘発件数が増加してきています。課徴金制度が導入される以前は、摘発件数は年間10件にも満たしませんでしたが、ここ数年は課徴金納付勧告だけで年間20件前後あります。
典型的な事例としては、会社が増資する際に、その増資の決定に関わった役員が増資の事実が公表される前に当該会社の株式を購入する場合や、会社が合併する際に、その職務に関わった当該会社の従業員が合併公表前に株式を購入する場合があります。また、増資、合併だけでなく株式の分割や業務提携等、会社の株価に重大な影響を与える場合に、役員、従業員だけでなく会社関係者から増資等の事実を聞いた者が、これらの公表前に、株取引をした場合等も適用されることに注意が必要です。どのような場面がインサイダー取引に該当するかは、金融商品取引法に細かく規定されています。
このように、インサイダー取引は、通常会社の内部者が何かしら関わっていると考えられますので、インサイダー取引を防止するには、社内規程が重要です。
今回は、インサイダー取引を防ぐためには、どのような点に留意して社内規程を整備すべきかをご説明いたします。
(1)情報の管理
インサイダー情報が社内で拡散すればするほど、インサイダー取引が生じる可能性が高くなります。このような情報の拡散を防ぐため、インサイダー情報は社内で徹底的に管理されなければなりません。
具体的には、1)インサイダー情報に接する者を必要最小限に止め、リスト等を作成し管理する、2)情報管理責任者を選任し、報告体制を敷く、3)社外の者に対しては秘密保持契約を結ぶ等が考えられます。また、現場レベルでも、書類・メールの破棄を徹底させる等もルール化しておくべきでしょう。
(2)取引の規制
一般的に、株式の取引の規制は、自社株式と他社株式について分けられます。
多くの会社は、自社株式について何らかの規制をしています。この規制については、1)禁止型、2)許可型、3)事前届出型、4)事後届出型がありますが、過半数の会社は、2)許可型を採用しています。金融商品取引法も、自社株式の取引について一定の規制をしています。
しかし、本来、自社株であろうと株式の取引は正当な経済行為であるはずですので、自社株式の取引について社内規程において何らかの規制をする場合、この点に配慮することが必要です。
インサイダー取引を回避するために、役員累投や従業員持株会を用いている企業も多くあります。これらは、あらかじめ一定金額の自社株式を毎月継続して購入し続けることを申し込み、それに従って株式が購入されるため、類型的にインサイダー取引には該当しないとされています。
他方、他社株式については、会社が他社の株式に関する重要情報を把握するのは困難であることから、何らの規制をしていない会社が多いのが現実です。規制するにしても、前記1)禁止型以外は効果が上がらないと考えられます。
インサイダー取引を行った場合、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはこれらの併科、といった刑事責任(金商法197条1項5号)、及び、行政処分である課徴金(同法175条)の制裁が加えられます。
また、社員がインサイダー取引で摘発された場合、会社の管理体制が問われ、大きく信用を失いかねません。
このようなリスクを回避するには先にご説明した点について社内規程を整備するとともに、定期的に社内研修を開催し、社員にインサイダー取引に対する知識・違法性の認識を根付かせるといったことも必要でしょう(平井)。
参考 : 金商法197条1項5号、175条