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今回は、不当利得に関する悪意の受益者が負う損害賠償責任についての最高裁判例、全部取得条項付種類株式の取得価格についての裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成21年11月9日判決
不当利得における「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責を負う。」と規定されており、後段の「この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責を負う。」との規定の趣旨について判断した最高裁判例を紹介します。
2 裁判例紹介−東京地裁平成21年9月18日決定
株式会社サイバードホールディングス(サイバード社)のMBOにおける少数株主排除(スクイーズアウト)手続としての全部取得条項付種類株式の取得に反対した株主が、裁判所に株式の取得価格の決定を求めた事案において、裁判所が、サイバード社の提示価格をもって取得価格とした事例を紹介します。
1 裁判例紹介−最高裁平成21年11月9日判決
振込先を間違えて送金してしまった場合など、法律上の原因なく利益を得た人はこれを返還しなければなりません(不当利得請求権、民法703条)。貸金業者が利息制限法に定められる上限利息を超える利息を受領することも「法律上の原因なく利益を得る」ことであり、貸金業者に対するいわゆる「過払金返還請求訴訟」もこの不当利得返還請求権を根拠としています。
そして、利息制限法に定められる上限利息を超えていることを認識していた貸金業者のように、「法律上の原因なく利益を得ていること」を認識していた者は「悪意の受益者」といい、民法704条は「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責を負う。」と規定しています。
本件は、貸金業者(被告)に対して、悪意の受益者に対する不当利得返還請求権に基づく1068万円の過払金返還請求権を有する借主(原告)が、かかる過払金返還請求とともに、弁護士費用108万円の損害賠償を求めた事案です。本件では、民法704条後段の「この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責を負う。」との規定の趣旨が問題となりました。
従前から民法704条後段の「この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責を負う。」については、2つの見解がありました。
1つ目の見解は、悪意の受益者に対する責任を加重した特別の責任を定めたものとする見解です(特別責任説)。この見解によれば、悪意の受益者でさえあれば、それだけで損害賠償責任を負担することになります。
2つ目の見解は、悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて、不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎないとする見解です(不法行為責任説)。この見解によれば、悪意の受益者であったとしてもそれだけでは足りず、例えば一般不法行為の成立要件(故意又は過失や違法性)などを満たさなければ、損害賠償責任を負担しないこととなります(民法709条)。
本件の原審である札幌高裁は、上記1つ目の見解(悪意の受益者に対する責任を加重した特別の責任を定めたものとする見解)に立ち、貸金業者が悪意の受益者であることのみをもって、借主の損害賠償金108万円の請求を認容しました。
これに対して、最高裁は、「不当利得制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が衡平の観念に基づいて受益者にその利得の返還義務を負担させるものであり、不法行為に基づく損害賠償制度が、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであるのとは、その趣旨を異にする」として、上記2つ目の見解(悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて、不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎないとする見解)に立った上、貸金業者が過払金の受領を続けた行為は、悪意の受益ではあっても不法行為には当たらないとして、借主の貸金業者に対する108万円の損害賠償金の請求を棄却しました。
本判決は、理論的に興味深いとともに、下級審に多数係属する過払金返還請求訴訟に、大きく影響を与えると思われるため紹介しました(鈴木理晶)。
参考:民法704条、709条
最高裁平成21年11月9日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091109112425.pdf
2 裁判例紹介−東京地裁平成21年9月18日決定
株式会社サイバードホールディングス(サイバード社)のMBO(経営陣による企業買収)における少数株主排除(スクイーズアウト)手続としての全部取得条項付種類株式の取得に反対した株主が、裁判所に株式の取得価格の決定を求めた事案において、裁判所は、サイバード社の提示価格(TOB価格)をもって取得価格としました(会社法172条)。
裁判所は、サイバード社の取締役会が、公認会計士事務所及び法律顧問を選任して助言や株式価値の算定を依頼した上、独立した地位を有する第三者委員会を設置し、同委員会の意見に基づいて本件MBO手続のひとつであるTOB(公開買付)に賛同したことなどを認定し、本件MBOにおいては、第三者機関の株式評価を踏まえた交渉が存在し、利益相反関係についても一定の配慮がされていたと評価しました。
また、サイバード社による情報開示の内容がかなり周到なものであったこと、サイバード社の大株主に、株式買取請求権を行使した株主も取得価格決定の申立てを行った株主もいなかったことを認定し、本件MBOは、一般に公正と認められる手続によって行われ、成立したと評価しました(会社法116条、117条、172条)。
そして、裁判所は、サイバード社が決定した価格をもって取得価格とし、独自に公正な価格の決定を行いませんでした。
経済産業省は、平成19年に「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(MBO指針)を公表していますが、裁判所は、この指針にそって事実認定をしています。
MBO指針では、利益相反回避措置として
・社外役員や独立した第三者委員会等の活用
・取締役及び監査役全員の承認
・意思決定方法に関し、弁護士等からのアドバイスの取得とアドバイザーの名称の公表
・独立した第三者評価機関からの価格の算定書等の取得
を掲げ、実際の案件に応じてこれらの対応を組み合わせるなどの工夫を求めています。
近年、MBOにおける全部取得条項付種類株式の取得手続において、裁判所による価格決定が行われた事例としては、レックス事件やサンスター事件が挙げられますが、これらではMBO指針の掲げるような利益相反回避措置が講じられていなかったことから、裁判所が会社側の提示価格(TOB価格)を公正な価格とせず、これを上回る価格が公正な価格であると認定するに至っています。
裁判所がTOB価格を上回る価格を公正な価格と認定すると、TOBに応じた株主等から取締役への損害賠償責任を追及されることにもなりかねません。MBOを実施する際には、MBO指針の掲げる利益相反回避措置を講じ、客観性を維持することが重要です(佐藤)。
参考:会社法116条、117条、172条
企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針
(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/press/20070904004/mbo--shishin.pdf
Clair Law firm ニュースレター vol.28(レックス事件 東京高裁決定)
?day=20080827
Clair Law firm ニュースレター vol.59(サンスター事件 大阪高裁決定)
?day=20091209