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今回は、会社分割における租税の取り扱い、育児介護休業に関連して転勤命令が無効と判断された裁判例について紹介します。
1 会社分割における租税の取り扱いについて
M&Aや事業再生の手法として会社分割を利用する場合に、「租税債権」の取扱い上の注意点について説明します。
2 裁判例紹介−東京地裁平成14年12月27日決定、大阪高裁平成18年4月14日判決
育児介護休業法に関連して、転勤命令が無効と判断された裁判例を紹介します。
1 会社分割における租税の取り扱いについて
M&Aや事業再生の手法として会社分割の制度を利用する場合、「租税債権」の取扱いについて注意が必要です。
租税債権は、国税通則法や国税徴収法などの諸法令において、一般の金融債権や売掛債権などと比較して、納税義務者が拡大されるなど優先的な地位が与えられています。
会社分割は、税金を支払う元手となる会社資産を他社に譲渡する手続であるため、税務当局としても税金を取り損なわないように、国税通則法等により、納税義務者を拡大する特別の規定が設けられており、いわゆる買収側(分割により事業を承継する側)に納税義務が課せられる場合があります。
まず、分割により事業を承継する会社が、分割の対価として分割効力発生日に株式その他の資産を分割した会社の株主に交付する、いわゆる人的分割(税法上の「分割型分割」)の場合において、当該分割により事業を承継した会社は、当該分割をした法人が分割効力発生日前に納税義務を負う国税について、連帯納付の責任を負うこととなります(国税通則法9条の2)。
分割の対価である株式等の資産を、分割効力発生日に株主に交付せず、分割を行った会社に交付する、いわゆる物的分割(税法上の「分社型分割」)の場合には、分割により事業を承継する会社が国税通則法による連帯納付責任を負うことはありません。しかし、この場合でも、国税徴収法により、第二次納税義務を負うことがあります。
すなわち、会社分割による承継の対象が有機的一体性を有する財産で構成され、「事業の譲渡」に該当する場合(国税徴収法38条)、また、分割対価資産の価額が、承継した純資産の価額より著しく低額である場合(国税徴収法39条)は、いずれも分割により事業を承継する会社が第二次納税義務を負うこととされています。
このように、会社分割を行った場合に、予想していなかった国税を支払う義務を負わされる可能性がありますので、国税通則法9条の2の適用を受ける「人的分割(分割型分割)」に該当せず、国税徴収法38条・39条の適用を受けないようなスキームを慎重に検討する必要があります(佐川)。
参考: 国税通則法9条の2、国税徴収法38条、39条
2 育児介護休業法に関連して、転勤命令が無効と判断された裁判例をご紹介します。
(1) 転勤命令が権限濫用になる場合
会社は、労働者に対し、原則として転勤命令をなすことができますが、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えることから、権限濫用は許されません。
最高裁は、転勤命令が権利濫用になる場合として、
・ 当該転勤命令につき業務上の必要性がない場合
・ 当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされた場合
・ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせることとなる場合
の3つを挙げています(最高裁昭和61年7月14日判決)。
(2) 共働きの夫に対する転勤命令につき、育児負担を理由とする無効主張が認められた事例
(東京地裁平成14年12月27日決定)
本件は、アトピー性皮膚炎に罹患した幼児を持つ共働きの男性労働者が、転勤命令を無効として、同命令に基づく就労義務がない仮の地位を定める仮処分命令を申し立てた事案です。
裁判所は、労働者の不利益について、会社は、少なくとも金銭的な不利益については、相当程度の配慮を尽くしているといえるものの、当該労働者に生ずる不利益は、金銭的なものだけではなく、妻が共働きであることを前提とした育児に関するものであり、その育児に関する不利益は著しく、金銭的な填補では必ずしも十分な配慮といえないとしました。
一方、育児介護休業法26条(事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。)の「配慮」とは、育児の負担がどの程度のものであるのか、これを回避するための方策はどのようなものがあるのかを、少なくとも当該労働者が配置転換を拒む態度を示しているときは、真摯に対応することを求めているものであり、転勤命令を所与のものとして労働者に押しつけるような態度を一貫してとるような場合は、同条の趣旨に反し、その転勤命令が権利の濫用として無効になることがあるとしました。
そして、本件転勤命令は、転勤の打診やその後の交渉の過程で、会社が一度も転勤命令を再検討しなかった点で同条の趣旨に反し、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせ、権利の濫用として無効であり、労働者は、本件転勤命令に従って就労する義務がないとしています。
(3) 精神病の妻または要介護の母親を有する労働者に対する転勤命令が無効と判断された事例
(大阪高裁平成18年4月14日判決)
本件は、食品メーカーの労働者ら(X1、X2)が、転勤命令を無効として、転勤先に勤務する雇用契約上の義務がないことの確認及び未払賃金の支払を求めた事案の控訴審です。X1の妻は精神病にかかり、X2の母親は介護を要する状態でした。
裁判所は、X1については、本件転勤命令によってX1が単身赴任する場合、妻は、X1と共に生活するという病状回復のための目標を失う上、X1が行っていた家事分担を自ら行わなければならないのではとの心配が精神的安定に影響を及ぼすおそれはかなり大きいと考えられるとしました。また、X1が家族帯同で転居する場合、全く知らない土地に住むことが妻の不安感を増大させて病気が悪化する可能性が強く、現在の医師との間で形成されている信頼関係が消滅することも症状悪化に結びつく可能性があり、ひいては家庭崩壊につながることも考えられるとしました。このため、本件転勤命令がX1に与える不利益は非常に大きく、本件転勤命令は無効としています。
一方、X2については、本件転勤命令によってX2が単身赴任した場合、X2が担当していた夜間の母親の行動の見守りや介助等は、これを昼間担当している妻が引き続き夜間も行わざるを得なくなり、現実的に不可能であるとしました。また、X2が家族帯同で転居する場合、老齢の母親が新たな土地で新たな生活に慣れることは一般的に難しく、X2と同行して転居することはかなり困難であるとしました。そして、本件転勤命令がX2に与える不利益は非常に大きく、本件転勤命令は無効と判断しています。
転勤命令をなす場合、業務上の必要性だけではなく、労働者に過度の不利益を与えないかの検討が必要となります。特に育児や介護を自ら行う必要のある労働者の場合、育児介護休業法26条の趣旨に反しないような適正な手続を経ることが重要です(佐藤)。
参考:育児介護休業法26条
大阪高裁平成18年4月14日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090707141158.pdf