立春を迎え、本格的な春の訪れが待ち遠しい季節になりました。
今回は、商標の使用に該当するか否かが争点となった裁判例、会社による取締役の退職慰労金の返還請求に関する最高裁判例を紹介します。
1 商標の使用に該当するかが争われた裁判例について
腕時計の文字盤上の「DEEPSEA」との表示が商標の使用にあたるか否かが争点となった判例をご紹介します(平成21年10月8日 知的財産高等裁判所判決)。
2 会社による取締役の退職慰労金の返還請求に関する最高裁判所の判例について
株主総会決議を経ることなく支払われた取締役に対する退職慰労金の返還請求に対する最高裁判所の判断についてご紹介します(平成21年12月18日 最高裁判所判決)。
1 商標の使用に該当するかが争われた裁判例について
商標法は、継続して3年以上日本国内において、商標権者などが指定商品又は指定役務についての登録商標を使用していないときは、誰でも特許庁に対して、その商標登録を取り消す審判を請求できるとしています(同法50条1項)。
本件では、B社が、指定商品を第14類「時計、貴金属等」とするA社の「DEEP SEA」という登録商標について、この申し立てを行いました。
これに対して、A社は、A社が販売している腕時計の中には、文字盤上に「DEEPSEA」と表示されている腕時計(以下、「使用腕時計」とします。)があり、登録商標の不使用はないと主張しました。
しかし、この使用腕時計における「DEEPSEA」の表示態様は、文字盤の中心下部から、順に「WATER RESISTANT」、「AUTOMATIC DEEPSEA」、「660ft=200M」、「DATE」と4段で表示され、このうち、「AUTOMATIC DEEPSEA」の文字は、他の部分とは異なり赤色で表示されているというものでした。
そのため、特許庁は、「『DEEPSEA』の欧文字は、いずれも使用腕時計の機能及び主な仕様表示であることを容易に認識させる『防水機能付』であることの『WATER RESISTANT』、『自動巻(オートマチック)機能付』であることの『AUTOMATIC』、『水深(660フィート)200メートル』を表した『660ft=200M』及び『日付表示機能付き』であることを表した『DATE』とともに表示されている」ことや、「当該上下4段書きした各文字中2段目の『AUTOMATIC DEEPSEA』の後半の『DEEPSEA』の文字が、その下段の『660ft=200M』とあいまって、水深200メートルの深海においても使用できる機能及び主な仕様表示として認識されるものであ」ることを理由に、「使用腕時計に表示された『DEEPSEA』の欧文字の使用は、商標の本質的機能である自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものであって・・・商標法上の商標としての使用ということはできない」として、B社からの取消審判請求を認容する審決を下しました。
これに対して、A社がこの審決の取り消しを求めて、B社を被告として知財高裁に審決取消訴訟を提起しました。
知財高裁は、「『DEEPSEA』については、次行の『660ft=200M』の表示とあいまって、需要者において、水深200メートルの深海においても使用できる耐水性を有するとの機能を表示するものと理解し得る可能性があるが、一方、『DEEPSEA』の語は、深い水深の場所でも使用できる腕時計の品質を表示する語として一般的に使用されているものではないこと(当事者間に争いがない。)などからすると・・・『深海』の意味を示す用語として、需要者において、テレビ番組等においても目にする機会がめったにない深海や深い海の神秘的なイメージをも与えていると理解することができ、このことは需要者に対して、これが付された腕時計である原告商品の自他の識別標識としての機能をも果たしているものであって・・・原告商品に自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いるものとして付されているということができる。」、「商品に付された1つの標章が常に1つの機能しか果たさないと解すべき理由はなく・・・『DEEPSEA』の表示が・・・耐水性を有するとの機能を表示するものと理解し得るとしても、その表示が、同時に、自他商品を識別させるために付されている商標でもあると解することができる」などとして、「DEEPSEA」の商標としての使用の事実を認め、原審決を取り消す旨の判決を下しました。
本件では、A社はあやうく「DEEPSEA」の商標権を失ってしまうところでした。せっかく商標登録した以上は、明らかに商標として利用していると判断される態様で使用するべきであるという教訓です(鈴木理晶)。
参考:商標法50条
知財高裁平成21年10月8日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091009153113.pdf
2 会社による取締役の退職慰労金の返還請求に関する最高裁判例
会社法では、定款に定めがない場合、取締役に対して退職慰労金を支給するためには株主総会の決議が要求されています(会社法361条・最高裁判例昭和39年12月11日)。
本件は、会社から退職慰労金を受領した取締役Aに対して、会社が株主総会の決議不存在などを理由に、不当利得返還請求権または不法行為による損害賠償請求権に基づき、退職慰労金相当額の返還を求め、それに対し、Aが、会社が当該返還請求をすることは信義則違反もしくは権利の濫用に当たると主張した事案です。
裁判所が認定した事実は、以下のとおりです。
(1)Aの退任当時、会社の発行済株式の99.24%は代表取締役が保有していた。
(2)会社の定款には、取締役の退職慰労金に関する定めはなかったが、退職慰労金の算定基準等を定める内規は存在した。
(3)従前、退職慰労金の支給について事前の株主総会の決議はなく、代表取締役が、額の算定や支給のための送金等についての決済と指示を行い、次期の定時株主総会で支給済みの退職慰労金の額を明らかにした計算書類の承認を株主から受けていた。
(4)Aに対しては、退職後に代表取締役が退職慰労金を支給しないことを告げたが、その後、Aから内規どおり支給するよう催告したところ、その10日後に退職慰労金が送金された。
(5)当該退職慰労金は株主総会の決議も、上記(3)の代表取締役の決済も経ずなされたもので、次期の定時株主総会で承認された計算書類でも明らかにされていなかった。
(6)Aに退職慰労金を支払った約1年後に会社は返還を請求した。
これらの事実を前提に、高等裁判所は、退職慰労金を支給する旨の株主総会の決議がないので、Aが金員の支給を受けたことは、法律上の原因を欠き不当利得になると判断しました。
一方、上告審は、株主総会の決議がない以上、Aが支給を受けた金員が不当利得になることは否定し難いとしながら、従前からの退職慰労金の取扱い方法を前提とすると、代表取締役がAに退職慰労金が支払われたことを事後的に認識し約1年間返還請求しなかったのか、Aの業績がこれまで退職慰労金を受け取った他の取締役と同等であったか、また、Aが退職慰労金の受領に際して、従前と同様の手続きで退職慰労金が支払われたと信じても仕方がなかったかなどの判断によっては、会社による退職慰労金相当額の返還請求が信義則違反・権利濫用の可能性があるとして、高等裁判所の判断は破棄され、これらの事情を改めて審理するように差戻しました。
本件は、代表取締役がほとんどの株式を保有しているので、代表取締役の承認で株主総会決議を代替でき、従前、代表取締役の承認により退職慰労金が支払われてきたという事案でした。このような場合でも、原則として株主総会決議がなければ、Aの受け取った退職慰労金は不当利得になると判断されており、オーナー社長が意図的に総会決議をしないで内規で定めた退職金を支給しないことは、Aには可哀想ですが、最高裁は、会社法のルールを厳格に考えていることがわかります。取締役は、退職慰労金などの報酬の支払いを確実に受けるためには、定款に定めがあるか、または、株主総会の決議を得ているかをチェックしておく必要があります(吉田)。
参考:会社法361条
最高裁平成21年12月18日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218115254.pdf