最近、週間天気予報には裏切られることが多いような気がします。今回は、株式(東証一部上場株式)の購入を勧誘した証券会社の不法行為責任が認められた裁判例、および取締役会が株主総会の委任を受けて、一旦決定した新株予約権(いわゆるストックオプション)の行使条件を後日撤廃したことが無効とされた裁判例をお送りします。
1 裁判例紹介−大阪地裁判平成21年3月4日判決
株式(東証一部上場株式)の購入を勧誘した証券会社の適合性の原則の逸脱による不法行為責任が認められた事例をご紹介します。
2 裁判例紹介−東京地裁平成21年3月19日判決
取締役会が株主総会の委任を受けて、一旦決定した新株予約権(いわゆるストックオプション)の行使条件を後日撤廃したことが無効とされた事例を紹介します。
1 裁判例紹介−大阪地裁判平成21年3月4日判決
原告は、被告日興コーディアル証券株式会社からの勧誘を受けて、平成12年10月ころから平成13年3月ころまでに、NTT株等の東証一部上場株式を合計3723万円で購入しましたが、取引を終了した平成16年12月の段階で、1359万6118円の損失を出しました。本件は、被告の勧誘行為には適合性原則(顧客の知識・経験・財産等に照らして、その顧客に適合しない勧誘をしてはならないという原則)違反等があったとして、原告が被告に対してその損失額を含めた1495万6118円を請求した事例です。
本判決は、適合性原則違反について、原告はNTT株を購入したときには66歳で、無職の年金生活者であったこと、株式購入は今回のNTT株購入が初めてであること、被告の従業員の勧めに応じて原告が保有する全ての預貯金を解約して投資していること、被告の従業員が推奨すると直ちに購入を決めていること、積極的な投資意向を有していなかったこと、などからすれば、原告は自主的な判断に基づいて取引を行うだけの知識や理解力を有していたとは認められないとしました。
他方で、被告従業員も、自分の勧めるままに原告がほとんど全ての金融資産を被告に預託した上、NTT株等の購入を決めていることからすれば、原告が自分の推奨を易々と受け入れる傾向のある顧客であるとの認識を有していたと認定しました。
そして、以上の事情からすれば、被告従業員は、原告においてその取引の危険性を認識しているかどうかを確認し、購入株数が過大であることを指摘して再考を促す等の指導・助言をする信義則上の義務を負っていたというべきであり、その義務を果たさずに行われた勧誘行為は、証券取引における適合性の原則から著しく逸脱したものであって、不法行為法上違法となると判示しました。
ただし、NTT株等は東証一部上場株式であり、その取引自体に特にリスクの高い商品であるとはいえず、被告従業員の勧誘行為が格別執拗であったということもなく、原告自身が早い段階でのNTT株の売却に消極的であったことが損害の拡大を招いたことなどの事情から7割の過失相殺を認め、判決における請求認容額は437万8974円となりました。
本判決は、東証一部上場株式の購入について証券会社側の不法行為責任を認めたものですが、株式購入経験がない年金暮らしの原告が、退職金等で蓄えた全ての資産を安易に投資しているなどの特殊事情が、裁判官の判断に大きく影響していると思われます。金融商品を巡るトラブルは増えていますので、今後も裁判例を注視していきたいと思います(鈴木俊)。
参考:民法709条、715条
2 裁判例紹介−東京地裁平成21年3月19日判決
新株予約権(いわゆるストックオプション)の行使条件の一部の決定について株主総会から委任を受けた取締役会が、一旦決定した「上場後6ヶ月を経過しないと行使できない」という行使条件を後日撤廃することができるでしょうか。これが争点になったのが本件です。
信用保証業務等を目的とするY株式会社(株式譲渡制限会社)は、平成15年6月24日、業績と株主の利益向上に対する経営陣の意欲や士気の高揚を目的として、行使条件を「行使時において、Y株式会社の取締役の地位にあること、その他の行使条件については、取締役会決議に基づき、被告と対象取締役との間で締結する新株予約権割当契約に定めるところによる。」とした新株予約権(いわゆるストックオプション)発行の特別決議をしました。
そして、同年8月11日、Y株式会社の取締役会は、「新株予約権者は、Y株式会社の株式が日本国内の証券取引所に上場された後6か月が経過するまで、新株予約権を行使できない。」とする行使条件(以下「上場条件」とします。)を内容とする新株予約権割当契約に基づく新株予約権の割当てを決議し、これを実行しました。
ところが、平成18年6月19日、Y株式会社の取締役会は、「上記割当契約の上場条件を撤廃する」との行使条件の変更決議を行い、同日中に、新株予約権者との間で割当契約の内容を変更する旨の契約を締結しました。
Y株式会社の取締役らは、同月22日から8月7日にかけて、変更後の割当契約に基づき、Y株式会社が未上場であるにもかかわらず、新株予約権を行使し、新株の発行を受けました。
このためY株式会社の監査役は、平成19年4月10日Y株式会社に対し、上記新株の発行の無効を確認する本件訴えを提起しました。
本件の争点は2点です。1点目は、株主総会から委任されて取締役会が決定した上場条件を、後日に取締役会において撤廃するという行使条件の変更が無効となるのかという問題です。行使条件の変更が無効であるとすると、変更後の条件で新株予約権を行使して発行された新株は、本来ならば行使条件を満たしていないにもかかわらず発行された行使条件違反があることになります。2点目は、新株発行の無効原因は、その瑕疵が重大な場合に限られるため、仮にこのような行使条件違反があるとしても、当該違反が新株発行の無効原因となるかという問題です。
東京地裁は、以下のとおりに判示し、新株発行は無効であるとの判決をしました。
1点目の争点について
上場条件は、本件新株予約権の権利行使期間内に、被告の株式の上場を目的とすることで、取締役に対し、Y株式会社の業績ひいては株主の利益向上に対するインセンティブを与えるものである。したがって、上場条件を撤廃することは、本件新株予約権の目的それ自体を否定するに等しく、本件変更決議は、株主総会による授権の範囲を逸脱するものと言わざるを得ず、上場条件の撤廃は法令の趣旨に反し無効というべきである。
2点目の争点について
新株予約権の行使については、公告又は通知に関する規定が設けられておらず新株予約権者は、当該新株予約権を行使した日に、当該新株予約権の目的である株式の株主になる。そうすると、新株予約権の行使が行使条件に違反する場合であっても、株主がこれを察知して、新株発行を事前に差し止めることは事実上不可能に等しい。そこで、第三者有利発行に係る新株予約権の行使条件に違反する新株予約権の行使は、当該行使条件が、新株予約権の目的に照らして、細目的な行使条件であるといえない限り、新株発行の無効原因となると解すべきである。本件では、上場条件は本件新株予約権の目的の本質に由来するものということができるから、細目的な行使条件であるとはいえない。したがって、上場条件に違反することは、本件新株発行の無効原因となるというべきである。
東京地裁は上記のように判示しましたが、現実には、譲渡制限株式会社のストックオプションの発行に際して、必ず行使条件として本件の上場条件のようないわゆるロックアップ条項が盛り込まれているとまではいえないと思われます。とすると、新株予約権の目的の本質が「上場のインセンティブを与えること」のみであると断言している上記の判決には疑問も残るところです。本判決は控訴されていますので、控訴審判決にも注目したいと思います(鈴木理晶)。