今回は、裁判員制度の解説、パワハラ問題への企業の対処方法の解説、元従業員に対する不正競争防止法違反等を理由とする損害賠償請求が棄却された裁判例をお送りします。
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1 【特 集】裁判員制度
8月3日、初の裁判員裁判が開かれました。これまで当ニュースレターで解説した裁判員制度に関連する記事を再度ご紹介します。
2 【解 説】パワハラ問題拡大防止のための企業の対処方法
パワーハラスメントを理由とする労災認定や損害賠償を認める訴訟は最近増加傾向にありますが、社内でパワーハラスメント問題が生じた場合に企業が検討すべき法的手段について解説します。
3 裁判例紹介−東京地裁平成20年11月26日判決
レコード、CD等のインターネット通信販売業を営むX会社が、競業会社に就職した元従業員のYに対し、X会社在職中に得た情報を利用して業務を行ったYの行為は不正競争防止法2条1項7号の不正競争(営業秘密の不正使用)に当たるとして損害賠償を求めた事件をご紹介します。
1 【特 集】裁判員制度
8月3日、東京地裁にて、全国初の裁判員裁判が開かれました。
裁判員制度の概要や、裁判員裁判に備えた就業規則等の整備のポイントに関する過去の記事を再度ご紹介します。
□ 【解 説】裁判員の参加する刑事裁判に関する法律
どのような手続を経て裁判員として選任され、どのような場合に辞退できるのか等について解説します。
(Clair Law firm ニュースレター vol.36より)
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□ 【解 説】−裁判員制度と就業規則
従業員が裁判員に選任された場合に備えた就業規則や社内規程の整備のポイントを解説します。
・第1回(Clair Law firm ニュースレター vol.46より)
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・第2回(Clair Law firm ニュースレター vol.47より)
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2 【解 説】パワハラ問題の拡大防止のための企業の対処方法
最近、パワーハラスメント(パワハラ)を理由とする労災認定や損害賠償を認める訴訟が増加しています。社内でパワハラ問題が生じた場合、企業が受ける不利益を最小限に抑えるために、企業はどのような手続をとることができるでしょうか。
パワハラは、「組織・上司が職務権限を使って、職務とは関係ない事項あるいは職務上であっても適正な範囲を超えて、部下に対し、有形無形に継続的な圧力を加え、受ける側がそれを精神的負担と感じたときに成立するもの」と定義づけられています(損保ジャパン調査サービス事件 東京地裁平成20年10月21日判決)。
パワハラ問題が生じた場合には、加害者が被害者に対する不法行為責任(民法709条)を負うだけでなく、使用者である会社も使用者責任(民法715条)を負う場合があります。最近では、不法行為責任を持ち出すまでもなく、「良好な職場環境調整義務や労働者が安全に勤務できるよう配慮する」義務を根拠に、会社は直接債務不履行責任(民法415条)を負うという見解もあります。被害者は、加害者に十分な資力がない場合、支払能力のある会社に請求していくことになります。
パワハラ問題が通常の民事訴訟手続で争われると、解決までに長い期間がかかることがあります。そこで、パワハラ問題が生じた場合に企業が利用を検討すべき法的手続を紹介します。
(1)労働審判の利用
労働審判は、平成18年4月にスタートした比較的新しい制度で、労働審判官(裁判官)1人と労働関係に関する専門的な知識と経験を有する労働審判員2人で組織された労働審判委員会が、個別労働紛争を、原則として3回以内の期日で審理し、適宜調停を試み、調停による解決に至らない場合には、事案の実情に即した柔軟な解決を図るための審判を行います。
この制度は、使用者側から利用することも可能であることはあまり知られていないようですが、期日が3回に限られているので早期解決が期待できます。
(2)公的ADR(裁判外紛争解決制度)の利用
裁判所に行くことにためらいを感じる場合や、当事者間での交渉だけでは和解の見込みがない場合には、労働局の紛争調整委員会のあっせんや東京都の労働相談情報センターのあっせん等の公的ADRの利用も考えられます。
労働局の紛争調整委員会のあっせんは、当事者の間に弁護士等の学識経験者である第三者が入り、双方の主張の要点を確かめ、紛争当事者間の調整を行い、話合いを促進することにより、紛争の円満な解決を図る制度です。
東京都の労働相談情報センターのあっせんも、労使双方が話し合いによる解決を望み、かつ双方が同センターによる調整を望んでいる場合に、同センターが労使の間に入って調整をする制度です。
事案に応じて、どういった手段を取るかを的確に見極めることが、パワハラ問題早期解決のためには重要です(佐藤)。
参考:民法415条、709条、715条
労働審判手続(最高裁HP)
紛争調整委員会のあっせん手続(東京労働局HP)
東京都労働相談情報センターのあっせん手続(同センターHP)
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/soudan-c/center/consult/guide.html#assen
3 裁判例紹介−東京地裁平成20年11月26日判決
レコード、CD等のインターネット通信販売業を営むX会社が、X会社の元従業員であり、X会社退社後に競業会社に就職し、在職中に得た商品の仕入先情報(本件情報)を利用して業務を行ったYに対して、Yの行為は(1)不正競争防止法2条1項7号の不正競争(営業秘密の不正使用)に該当する、(2)当事者間の秘密保持に関する合意に違反する、(3)当事者間の競業避止に関する合意に違反する、として損害賠償を求めた事件をご紹介します。
(1)不正競争防止法2条1項7号の不正競争(営業秘密の不正使用)該当性
不正競争防止法上の「営業秘密」と言えるためには、「秘密として管理されていること」(秘密管理性)が要件となります(不正競争防止法2条6項)。
裁判所は、「営業秘密として保護されるべき情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ、その取得、使用又は開示を行おうとする者にとって、当該行為が不正であるのか否かを知り得ず、それが差止め等の対象となり得るのかについての予測可能性が損なわれて、情報の自由な利用、ひいては、経済活動の安定性が阻害されるおそれがある」として、「秘密管理性の認定においては、主として、当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であると認識できるようにされているか、当該情報にアクセスできる者が制限されているか等が、その判断要素とされるべきであり、その判断に当たっては、当該情報の性質、保有形態、情報を保有する企業等の規模のほか、情報を利用しようとする者が誰であるか、従業者であるか外部者であるか等も考慮されるべきである。」との判断基準を示しました。
その上で、本件情報は、アルバイトを含め従業員でありさえすれば閲覧することが可能であったこと、X会社Y間の秘密保持契約もその対象が抽象的であり、本件情報が含まれることの明示がされていないほか、本件情報が営業秘密に当たることについて注意喚起をするための特段の措置も講じられていないこと、本件情報はインターネット等により一般に入手できる情報であったことなどを挙げ、本件情報は「営業秘密」に該当すると認めることはできないとしました。
(2)X会社とY間の秘密保持に関する合意への違反性
不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しなくとも、別途当事者間で秘密保持契約を締結しているときには、従業員は当該契約の内容に応じた秘密保持義務を負います。
しかし、裁判所は、「従業員が退職した後においては、その職業選択の自由が保障されるべきであるから、契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であると言える内容に限定して解釈するのが相当である。」とし、「本件秘密合意の内容は、秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく、その例示すら挙げられておらず、いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等に当たるのか不明といわざるを得ない」として、本件情報は、秘密保持義務の対象とはならないとしました。
(3)X会社Y間の競業避止に関する合意への違反性
裁判所は、退職後の競業避止に関する合意は、従業員の就職及び職業活動それ自体を直接的に制約するものであり、退職した従業員の有する職業選択の自由に対して極めて大きな制約を及ぼすものであるため、従業員の競業避止義務の範囲については、競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得る必要最小限度の内容に限定して効力を認めるのが相当であるとし、その内容の確定に当たっては、従業員の就業中の地位及び業務内容、使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質、競業が禁止されている期間の長短、使用者の従業員に対する処遇や代償の程度等の諸事情が考慮されるべきであり、特に、転職後の業務が従前の使用者の保有している技術上又は営業上の重要な情報等を用いていることによって行われているか否かという点を重視すべきであるとの判断基準を示しました。
その上で、「Yが転職先で行ってきた業務のうち、X会社と競合し得る部分は、レコードの通信販売業務であるところ、Yは、その種の業務を行うに際して、X会社就業中の日常業務から得た一般的な知識、経験、技能や、その業務を通じて有するようになった仕入先担当者との面識などを利用し得たにすぎないものと考えられ、YがX会社の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いて転職先の業務を行っていると認めることはできない。」として、X会社は競業避止に関する合意に違反していないと判断しました。
以上のとおり、不正競争防止法上の「営業秘密」の要件である秘密管理性を満たすためはもとより、従業員に有効な秘密保持義務や競業避止義務を課すためにも、会社の重要な情報には、「秘密」等と明示したり、適切なパスワード設定を行ったりするなどの措置を講じることが必要です(鈴木理晶)。
参考:不正競争防止法2条1項7号、同条6項
東京地裁平成20年11月26日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081204111741.pdf