そろそろ夏休みモードも終わりですね。さて,今回は,社債に関する証券会社の説明義務違反を認めた裁判例と,事業承継の際に注意すべきこととして,相続人等に対する株式売渡請求権の問題点についてお送りします。
1 裁判例紹介−大阪高裁平成20年11月20日判決
平成13年9月に経営破綻した株式会社マイカルの社債を巡る裁判例を紹介します。
2 事業承継手続としての相続人等に対する株式売渡請求権の問題点について
中小企業の経営者が子に会社の経営を継がせたいと考えている場合に,注意しておかなければならない事項の一つとして,相続人等に対する株式売渡請求権(会社法174条)の問題点について説明します。
1 裁判例紹介−大阪高裁平成20年11月20日判決
平成13年9月に経営破綻した株式会社マイカルの社債を巡る裁判例をご紹介します。
Xら13人は,野村證券などからマイカルの社債を購入しました。その後,マイカルが会社更生法の適用を申請した結果,購入した社債は一部を除きデフォルトに陥ったため,Xらが証券会社に対して損害賠償請求をした事案です。
これまで,社債は基本的に安全であるという一般投資家の常識がある一方で,裁判所は,社債は債権である以上信用リスクがあるのは常識であるかのような判断を行なってきました。そして,原審(大阪地裁平成19年6月20日判決)もXらの請求を全部棄却しました。
ところが,大阪高裁は,「当該社債のリスクの有無及び程度といった具体的信用リスクに関する重要な情報について,証券会社は一般投資家に対して,その年齢,職業,知識,投資経験及び投資傾向等当該投資家の属性に応じて,これを提供し,説明すべき義務を有する場合がある」とし,野村證券らは,Xらの属性に応じて,依頼格付(注1)以外にマイカルに関する低い勝手格付(注2)が存在していたことやマイカル債の流通利回りが上昇し続けていることに関する情報を提供し,説明する義務を有する場合があると判断しました。その結果,Xら13人のうち,投資経験が乏しい者や安全志向が明確であった3人については,過失相殺を5〜6割した上で,損害賠償請求を認容しました。
これは社債に関する証券会社の説明義務違反を認めた裁判例として非常に画期的なものです。
もっとも,その後,このマイカル債を巡っては,発行会社から有償で依頼を受けた格付機関が行なう依頼格付だけを説明すれば十分だというような裁判例(東京高裁平成21年4月16日判決)や依頼格付以外の格付についても特別の事情があれば説明を要する情報になるとの裁判例(名古屋高裁平成21年5月28日判決)も出ており,必ずしも判断枠組みが確立されたとはいえない状況です。
いずれにしても,投資経験が乏しく安全志向が強い方で,社債購入で損失を受けたという方は,証券会社からどのような説明を受けたかをよく思い出して,証券会社に損害賠償請求をすることを検討してみるのもいいかもしれません(鈴木俊)。
注1 依頼格付とは,格付機関が,企業から依頼され,その企業の債券や債権の安全性を評価した格付のことをいいます。
注2 勝手格付とは,格付機関が,企業からの依頼に基づかず,その企業の債券や債権の安全性を評価した格付のことをいいます。
参考:民法415条,709条
2 事業承継手続としての相続人等に対する株式売渡請求権の問題点について
中小企業の経営者が,子に会社の経営を継がせたいと考えている場合,注意しておかなければならない事項があります。その一つが相続人等に対する株式売渡請求権(会社法174条)の悪用に対する注意です。
相続人等に対する売渡請求の制度は,会社法の制定に伴って新設された制度です。好ましくない者が株主になることを防止することができる譲渡制限株式の譲渡制限は,売買等の特定承継のみに適用され,相続等の一般承継には適用されません(会社法134条4号)。しかし,好ましくない者が株主になることを防止する必要性は,相続等の場合にも変わりません。そこで,会社法は,会社が一定の要件の下で,株式を相続した者に対し株式の売渡しを請求することができるという「相続人等に対する売渡請求権」の制度を新設しました(会社法174条)。
この規定により,会社は,定款に定めを置けば相続人等に対する売渡請求ができ,強制的に相続人等の株式を買い上げることが可能になりました。一般的にこの制度は会社にとってメリットがあるだけで,デメリットがないと考えられているので,万が一に備えるために定款でこの制度を定める例は少なくありません。
しかし,事業承継ではこの制度が悪用され,内紛が生じるおそれもあります。例えば,会社の経営を継ぐとされた長男が現経営者である父親から株式を相続した際に,この長男以外の株主が承継者である長男と反目し,特別決議(会社法175条1項,309条2項3号)を成立させて強引に売渡請求権を行使する,といった場合です。
株式を取得する相続人は,この株主総会において議決権を行使することができませんので(会社法175条2項),この長男以外の株主の少数の議決権だけで特別決議が成立してしまうという不合理な事態に陥る危険があります。
このような事態に陥らないためにも,経営を承継させようと考えている現経営者は,早期に十分な事業承継対策を行う必要があります。このような相続人等に対する売渡請求権制度の悪用のおそれがあると判断した場合には,定款変更によりこの制度を廃止することや,株式の生前贈与を検討すべきです。
株式の生前贈与については,中小企業であれば,「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)第2章の「遺留分に関する民法の特例」を活用することができます。(新妻)
参考:134条4号,会社法174条,175条1項・2項,309条2項3号
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律
中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアル
http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/090216shokeihou_san.pdf