今回は,株式を共同で相続した者が実質的な協議を行わないままに権利行使者を定めて議決権を行使した行為が許されないとされた裁判例,契約書に表明保証を規定する際の注意点の解説をお送りします。
1 裁判例紹介−大阪高裁平成20年11月28日判決
株式会社の株式も相続の対象となります。相続による株式の移転は譲渡(個別承継)ではありませんから,当該株式が譲渡に際して取締役会等の承認を必要する譲渡制限株式であったとしても承認は不要です。ただし,相続人が複数いる場合,たとえ相続の対象となる株式が100株あったとしても,100株の株式が50株ずつに当然に分割されるわけでなく,遺産分割が確定するまでは100株の準共有の状態になります。
したがって,株式会社が同意する場合を除き,当該株式を権利行使するためには,当該株式について権利を行使する者1人を定め,株式会社に対して,その者の氏名を通知しなければなりません(会社法106条)。
そして,この権利行使者として定められた者は,自己の判断に基づき議決権を行使することができるとされています(最高裁昭和53年4月14日判決)。そのため,共同相続人間でどのような方法で権利行使者を定めるべきかが重要な問題となりますが,最高裁平成9年1月28日判決は,権利行使者を定めるにあたっては,持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるとしました。
さて,本件は,ある株式について,過半数の準共有持分を持つ共同相続人(A)らが,他の共同相続人(B)らと実質的な協議を全く行わずに,一方的に自らの決めた者を権利行使者と定める旨を株式会社に通知し,株主総会において議決権行使した事例です。
過半数の準共有持分を有する以上,最終的にはAらが決めた者が権利行使者になるはずです。しかし,本判決では,株式の準共有状態は,共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの,あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判の確定までの暫定的状態にすぎないのであるから,共同相続人間の権利行使者の指定は,最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても,しかるべき協議をすることが必要であるとして,協議を行わずに権利行使者を指定する行為は権利濫用に当たり許されないものと判断しました。
本判決によれば,たとえ大部分の相続持分を有する場合でも,株式の権利行使を行うにあたっては他の共同相続人との間で事前に「実質的な協議」を行わなければならないので注意が必要です。
ただし,それでも「実質的な協議」とはどの程度のものをいうのかなど,不確定な要素が残ります。
そこで,無用なトラブルを避けるためにも,株式を保有している場合には,自らの死後に共同相続人間で遺産分割協議を行わなくてもすむように,「○○に×株(株式番号××〜××)」「△△に□株(株式番号××〜××)」などと,相続させる株式数まで明記した遺言書を作成しておくことをおすすめします。
なお,遺言書の内容によっては,相続させたい相続人以外の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性もあります。そのような場合には種類株式等を利用することによって対応することも検討するべきでしょう(鈴木理晶)。
参考:会社法106条
最高裁昭和53年4月14日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/69056357FDC82AF749256A8500312061.pdf
2 解説−表明保証を規定する際の注意点
「経営の健全性」や,「財務諸表が完全かつ正確であり,一般に承認された会計原則に従って作成されたこと」の表明保証は,アメリカの契約から借用した概念であり,日本の裁判所でどのよう効力が認められるのか,具体的には,規定の文言どおりに効力が認められるのか,明確であるとはいえません。
M&Aにおける買主のように,表明保証を受ける側からすれば,文言どおりの効力が認められれば問題はありませんが,近時,契約書には規定されていない契約当事者の主観的事情(故意・重過失など)を判断要素に加えるなど,契約書の表明保証の規定を修正する裁判例が散見されるようになっています(東京地裁平成18年1月17日判決など)。
例えば,「財務諸表が完全かつ正確であり,一般に承認された会計原則に従って作成されたこと」の規定が設けられたM&Aの契約において,その売主が粉飾決算をしていた場合,当該規定が文言どおりに適用されれば,買主としては契約解除や損害賠償請求などをすることができます。しかし,これについて「買主に悪意又は重過失があれば,売主の責任が免除される」という買主の主観的事情を考慮して,契約文言から離れた解釈が行われる場合においては,買主が売主の粉飾決算を知っていた場合や,知らなくても調査をすれば容易に知りえたような場合には,表明保証の規定の効力が認められず,契約解除や損害賠償請求はできないことになります。
これでは,買主の法的地位は不安定ですし,更に入念なデューデリを行って売主の財務状況を調査する必要が出てきてしまいます。
このようなリスクに対しては,やはり事前に契約書作成段階で対応する必要があります。例えば,契約書に「売主の表明保証に基づく買主の権利は,その正確性について実施されるいかなる調査,またはその正確性についてのいかなる認識によってもその効力に何らの影響を受けないものとする。」という規定を加え,買主の主観的事情が売主の表明保証責任の効力に影響を与えないよう明記しておくなどの対応が必要になります(佐川)。
参考:アルコ事件(東京地裁平成18年1月17日判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5FB6A27ADFFA81D1492571080018FA51.pdf