今回は、特許権侵害があった場合の損害賠償算定方法の解説とこれに関連する裁判例、株主代表訴訟において追及することのできる「取締役ノ責任」(旧商法267条1項)の範囲について判断した裁判例をお送りします。
1 裁判例紹介−知財高裁平成20年4月17日判決
特許権侵害があった場合の損害賠償算定方法について、裁判例とともにご紹介します。
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月10日判決
株主代表訴訟において追及することのできる「取締役ノ責任」(旧商法267条1項)には、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると判示した最高裁判例を紹介します。
1 裁判例紹介−知財高裁平成20年4月17日判決
特許権侵害があった場合の損害賠償請求の根拠規定は民法709条です。
もっとも、特許権侵害があってもその損害額を立証するのは困難であるため、特許法102条が損害額算定に関する基準を定めています。
具体的には、(1)権利者の逸失利益を、侵害者が譲渡(販売や無償譲渡)した数量に権利者の製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて損害額を求める方法(特許法102条1項)、(2)侵害者が侵害行為によって得た利益を権利者の損害額だと推定する方法(同条2項)、(3)実施料相当額の賠償を求める方法(同条3項)があります。
なお、(3)は、侵害者が侵害の行為により受けた利益の額を立証することが困難な場合や侵害者の受けた利益がそもそも赤字であったような場合に用いられる基準です。そして、その実施料相当額の認定基準ですが、裁判においては、『実施料率』(発明協会編)という文献を参照することが多いのです。
今回ご紹介する裁判例は、上記算定方法(3)に関する裁判例です。
Xは使い捨て紙おむつの発明にかかる特許権の特許権者でした。Xは、Yが平成14年5月ころから製造販売している使い捨て紙おむつがXの特許権を侵害しているとして、Yに対して約3億円を請求しました。
損害額の認定について、Xは上記文献『実施料率(第5版)』を引用し、そこには「パルプ・紙・紙加工・印刷」の実施料率が3%となっているとして、3%を主張しました。これに対し、YはXの特許発明は使い捨て紙おむつ製品のほんの一部分に実施される技術にすぎないなどとして0.2%の実施料率を主張しました。
知財高裁及び原審(東京地裁平成19年2月15日判決)は、Xの特許発明が使い捨て紙おむつの基本構造に関する特許発明ではないこと、この特許発明は前後漏れ防止を確実に達成できるとともに、着用感に優れた使い捨て紙おむつを提供することを目的としていますが、前後漏れ防止について極めて顕著な効果を奏するものとは言い難いこと、この特許発明と類似した構造を有する特許発明が出願時に複数存在していたこと、紙おむつは廉価であること、この特許発明が紙おむつに使用される複数の技術の一つにすぎないこと、Xの引用する『実施料率(第5版)』の「パルプ・紙・紙加工・印刷」の項目には使い捨て紙おむつ以外の製品も広く含んでいることから、実施料率は0.7%が相当であると判断し、知財高裁は、YはXに対し約1億円を支払えとの判決を出しました。
このように、裁判実務においては、発明協会編の『実施料率』を参考にしつつ具体的な事情に応じて実施料率を判断しています(鈴木俊)。
参考:特許法102条
『実施料率』(発明協会編)
知財高裁平成20年4月17日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080418102123.pdf
東京地裁平成19年2月15日判決(原審)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070219115346.pdf
2 裁判例紹介−最高裁平成21年3月10日判決
ある会社の株式を6か月前から引き続き保有する株主は、その会社に対して、取締役の責任を追及する訴えを提起するよう請求することができ、会社が請求日から60日以内に訴えを提起しないときは、請求した株主自身が訴えを提起することができます(会社法847条、旧商法267条)。会社が取締役の責任を追及しないと本来会社が得るべき財産を得ないことになり、株主の利益が害されるおそれがあるため、株主に権利を与え、それを防止しようとした規定です。
それでは、株主代表訴訟の対象となる取締役の責任は、取締役の地位に基づく責任に限定されるのでしょうか、それとも取締役の地位に基づかないで会社に負っている責任まで含むのでしょうか。本件では、この点が旧商法267条1項の「取締役ノ責任」の解釈論として争点になりました。
最高裁は、「(旧商法)267条1項にいう『取締役ノ責任』には、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。」と判示しました。この最高裁判決によると、取締役は、会社との間で何らかの取引をした場合に、その取引に基づく義務を履行しないときは、後日、株主からその責任を追及される可能性があることになります。たとえば、「会社から財産を買い受けたけど、自分が経営権を握っている会社だし、いちいち代金を支払わなくてもいいだろう」という考えをお持ちの方は、要注意!!です。
以下、本事案の概要と、原審(大阪高裁平成19年2月8日判決)及び最高裁の判決の抜粋です。
【事案の概要】
A株式会社の株主であるX(上告人)は、A社が第三者から買い受けた土地について、A社の取締役であるYに所有権移転登記がされているなどと主張して、Y(被上告人 Xとは兄弟関係)に対し、旧商法267条1項の規定に基づき、A社への所有権移転登記手続をすることを求めて株主代表訴訟を提起しました。
Xは、主位的にはA社の土地の所有権に基づき、予備的にはA社とYとの間で締結したY所有名義の借用契約の終了に基づき、所有権移転登記手続を請求しましたが、いずれの請求もYの取締役の地位に基づく責任を追及するものではありませんでした。
【原審】
原審は、本件訴えをいずれも却下しました。
「株主代表訴訟は、商法が、…取締役に対し、…善管注意義務による責任を超えて厳格化、定型化された特別の責任を負わせていることを受けて、その責任の履行を確実なものとし、株主の地位を保護するために設けられたものと理解される制度である。そうすると、株主代表訴訟によって追及することのできる取締役の責任は、…商法が取締役の地位に基づいて取締役に負わせている厳格な責任…を指すものと理解すべきであり、取締役がその地位に基づかないで会社に負っている責任を含まないと解することが相当である。」「本件訴訟は、株主代表訴訟の対象とはならない取締役の責任を追及するもので、不適法といわざるを得ないものである。」
【最高裁】
旧商法267条1項にいう「取締役ノ責任」には、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当とし、本件の予備的請求は、取締役の会社に対する取引債務についての責任を追及するものとして適法であり、これを却下した原判決を破棄し、差し戻しました。
理由づけは、会社の提訴懈怠可能性と、266条1項3号との関係などです。
「(1)昭和25年法律第167号により導入された商法267条所定の株主代表訴訟の制度は、取締役が会社に対して責任を負う場合、役員相互間の特殊な関係から会社による取締役の責任追及が行われないおそれがあるので、会社や株主の利益を保護するため、会社が取締役の責任追及の訴えを提起しないときは、株主が同訴えを提起することができることとしたものと解される。そして、会社が取締役の責任追及をけ怠するおそれがあるのは、取締役の地位に基づく責任が追及される場合に限られないこと、同法266条1項3号は、取締役が会社を代表して他の取締役に金銭を貸し付け、その弁済がされないときは、会社を代表した取締役が会社に対し連帯して責任を負う旨定めているところ、株主代表訴訟の対象が取締役の地位に基づく責任に限られるとすると、会社を代表した取締役の責任は株主代表訴訟の対象となるが、同取締役の責任よりも重いというべき貸付けを受けた取締役の取引上の債務についての責任は株主代表訴訟の対象とならないことになり、均衡を欠くこと、取締役は、このような会社との取引によって負担することになった債務(取締役の会社に対する取引債務)についても、会社に対して忠実に履行すべき義務を負うと解されることなどにかんがみると、同法267条1項にいう「取締役ノ責任」には、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。」(田辺)。
参考:会社法847条
旧商法(平成17年法律第87号による改正前の商法)267条1項
最高裁平成21年3月10日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090310111446.pdf