今回は、商品先物取引において委託者にも過失があるとして8割の過失相殺をした裁判例、ベンチャー企業が発行する譲渡制限株式の価格を収益還元方式により定めた裁判例をお送りします。
1 裁判例紹介−大阪高裁平成20年9月26日判決
商品先物取引について、受託者である先物事業者に説明義務違反等を認め、顧客からの損害賠償を認めた裁判例(ただし、顧客である委託者にも過失が認められるとして、8割の過失相殺がされています。)をご紹介します。
2 裁判例紹介−東京高裁平成20年4月4日決定
成長力のあるベンチャー企業が発行する譲渡制限株式の価格を、収益還元方式により定めた裁判例をご紹介します。
1 裁判例紹介−大阪高裁平成20年9月26日判決
商品先物取引がハイリスク・ハイリターンの取引であることはよく知られているところですが、今回は、商品先物取引の委託を受けた先物事業者Xに説明義務違反や新規委託者保護義務違反、指導助言義務違反を認め、他方でXに委託をしたYにも過失が認められるとして、8割の過失相殺をした裁判例をご紹介します。
もともと本件は、XがYに対し、ガソリンの商品先物取引(信用取引)によって生じた損失分を支払うように求めた訴訟でしたが、YがXに対し、Xの説明義務違反や新規委託者保護義務違反、指導助言義務違反等の違法行為があったとして先物取引に基づいて蒙った5813万4510円の損害について賠償請求の反訴提起をしたというものです。
大阪高裁は、まず、Yに先物取引の経験が無いことに鑑みて、先物取引固有の危険性や損益の計算方法等について具体的に説明をしたとは認められないとして、Xの説明義務違反を認めました。
次に、Xは、顧客の知識、経験、財産の状況及び受託契約を締結する目的に照らして不適当と認められるような勧誘を行なって委託者の保護に欠けることがないようにしなければならないという適合性原則遵守義務を負っていますが(改正前の商品取引所法136条の25第1項4号、改正後同法215条)、Xはこの適合性原則遵守義務等を受けて、内部規則において、新規の顧客については取引開始後3か月間を習熟期間として、建玉(※1)制
限をしていたにもかかわらず、XがYの建玉制限数を安易に緩和し、さらに取引開始から1か月後には制限数の3倍まで緩和していることから、Xには新規委託者保護義務違反が認められるとしています。
さらに、Xは、Yが清算することを示唆しても、手仕舞い(※2)について消極的な姿勢をしつつ、追証を差し入れて取引を継続するように誘導していたことなどから、リスク回避についての適切な指導助言すべき注意義務違反も認められるとしています。
他方で、Yが、取引開始時に、Xに対して説明を省略するよう述べたこと、Y自身もガソリンスタンドを経営しており、ガソリン取引に関して一般通常人以上の知識と経験があること、個々の取引について異議を述べたこともなかったこと等からすれば、8割の過失相殺が認められるとして、Xは、Yに対し、1127万2000円の限度で支払義務を負うという判決になりました。
過去の裁判例に照らしても8割という過失相殺はYにとって厳しいように思われますが、Yは先物取引の未経験者にもかかわらず、説明を省くよう求めたり、Xから交付された先物取引開始にあたっての理解度調査表に先物取引をよく理解している旨の記載をしたり、個々の取引において異議を述べずに、むしろ積極的に取引に関与するかのような発言をしたりしていたことから、このような厳しい過失相殺の割合になったものと思われます。先物取引は仕組みが複雑で、少額のお金で多額の損失を負う可能性もありますので、分からないことがあればしつこく尋ねて、よく理解してから取引を行なうことが大切です(鈴木俊)。
参考:改正前の商品取引所法136条の25第1項4号
改正後同法215条
※1 建玉:先物取引における未決済の取引総数のこと
※2 手仕舞い:取引を終了させること
2 裁判例紹介−東京高裁平成20年4月4日決定
デジタルコンテンツ配信事業を営むベンチャー企業であるT株式会社は、譲渡制限株式6000株を発行しており、Xが2400株、Yが3600株を保有しています。
Xは、T社に対し、平成19年3月22日、2400株の譲渡承認および譲渡承認をしない場合にはT社または指定買取人による買い取りを請求しました(会社法136条、138条1号)。
T社は、Xに対し、譲渡承認をしないこと、およびYを買取人に指定することを通知しました(会社法139条1項2項、140条4項)。
買取人に指定されたYは、会社法142条2項所定の金額(純資産額)を供託し、Xに対し、同条1項2項の通知をしました。
そこで、Xが、裁判所に対し、本件株式の売買価格の決定を求めたのが本件事案です(会社法144条7項が準用する144条2項)。
本決定は、原決定の引用も含めて、以下のように判断しました。
本件株式の評価方式の選定にあたって、取引事例法については、T社の株式は、約2年前になされた2件の取引事例しかなく、直近とはいえず、件数も少ないため採用できないとし、類似会社比較法については、T社の売上1億円程度と類似する上場会社が存在しないため採用できないとし、配当還元方式については、T社は配当を実施したことがなく、現時点で将来配当を行う予定もないため採用できないとしました。
その上で、今回の株式の譲渡は、経営権の移動に準じて考えるべきであるとしました。
すなわち、本件では、指定買取人であるYが過半数の3600株を有し、経営権を有しており、他方、本件株式は2400株で、発行済み株式総数の40%にあたり、特別決議を拒否できるから、会社経営に一定程度の影響を及ぼすことができる状況であるため、本件株式がXからYに移動することによって、Yは、T社を完全に支配すことができることになる。よって、経営権の移動に準じて取り扱うべきであり、経営権移動の場合に用いられる評価方式である純資産方式と収益還元方式を比較検討すべきであるとしたのです。
純資産方式と収益還元方式のいずれを採用すべきかについて、Xは、収益還元方式の採用、しかも将来(平成20年3月期)の予想経常利益をも基礎とした算定を主張し、Yは、純資産方式が尊重されるべきであること、収益還元方式が採用されるとしても少なくとも純資産方式を併用すべきであると主張しました。
本決定は、収益還元方式(平成18年3月期及び19年3月期の2期分の経常利益を基礎にしたもの。将来(平成20年3月期)の予想経常利益を基礎に入れない。)を採用し、純資産額方式や併用方式を否定しました。
その理由として、T社は創業してさほど年月が経過しておらず、資産に含み益がある不動産等は存在しないこと、ベンチャー企業として成長力が大きく、売上は順調に推移しており、その事案の進展の経緯からすれば、平成18年3月期、平成19年3月期と同様に、その後も同程度の利益が確実に見込まれるものであること等の事情をあげ、純資産方式を併用すると株式価格を過少に評価するおそれがあるとして、収益還元方式によって評価するのが相当であるとしています。
譲渡制限株式の評価については、併用方式が採用されるのが一般的であるようですが、本決定は、併用方式を否定した点に特徴があります(田辺)。
参考:会社法136条、138条1号、139条、140条4項
142条1項2項、144条7項が準用する144条2項