今回は、株式会社の会計帳簿閲覧謄写請求に関する最高裁判所の決定、平成21年4月1日に施行された改正会社法施行規則のポイントの解説をお送りします。
1 裁判例紹介−最高裁平成21年1月15日決定
旧商法では、親会社の総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有している株主は、裁判所の許可を得て子会社の会計帳簿の閲覧謄写を請求することができる一方(旧商法293条の8第1項)、当該請求をなした株主が会社と競業する者の場合や、競業する会社の社員、株主、取締役若しくは執行役などである場合、裁判所は閲覧謄写の許可をしてはならないとされていました(同法293条の8第2項、同法293条の7第2号)。
本件では、Xが、旧商法293条の8第1項に基づいて裁判所にY株式会社の会計帳簿の閲覧謄写許可申請をしましたが、Xの実子がY社と同じ青果物の仲卸業を営む会社(A社)を経営していることから、裁判所は閲覧謄写を許可できるかが争われました。
原審である名古屋高等裁判所は、Xとその実子が実質において一体と認められ、客観的には旧商法293条の7第2号の「会社ト競業ヲ為ス会社ノ社員」という要件を満たしたとしても、競業に利用する主観的意図がないことをXが証明した場合には、裁判所は閲覧謄写の許可をすることができるとした上で、Y社が野菜の中卸業であるのに対してA社は果実の仲卸業であるから、競業に利用する主観的意図がないことの証明がなされたとして、Xの閲覧謄写請求を許可しました。
これに対して、最高裁判所は、旧商法293条の7第2号は、同号にあげる客観的事実が認められれば、会社は当該株主の具体的な意図を問わず一律にその閲覧謄写請求を拒絶できるとすることにより、会社に及ぶ抽象的な危険を未然に防止しようとする趣旨の規定であり、競業に利用する主観的意図があることは要しないとして、名古屋高裁の解釈を採用しませんでした。
ただし、Xは単独で総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有している株主であるから、Xとその実子を一体としてみるべきではないとして、Xの閲覧謄写申請を許可することとしました。
結局、原審と結論は同じですが、その理由は異なっているわけです。
旧商法293条の6、293条の7、293条の8の規定は、現行の会社法433条の規定とほぼ同じ規定ぶりです。
裁判は個別の事件を前提とするものであり、類似事案であるからといって必ずしも同じ判断がなされるとは限りません。しかし、今回の最高裁判所の決定により、閲覧謄写請求を行った少数株主について、客観的に「競業する」との要件さえ満たせば、会社は会計帳簿の閲覧謄写を拒むことができる可能性が高くなったといえるでしょう(鈴木理晶)。
参考:旧商法293条の6、293条の7、293条の8
会社法433条
最高裁平成21年1月15日決定
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090120114655.pdf
2 【解 説】改正会社法施行規則のポイント
平成21年3月27日、会社法施行規則(施行規則)の一部の改正が公布され、同年4月1日に施行されました。実務上注意が必要な点について、ポイントを解説します。
1 株式に関連する事項
(1) 定款に要綱を定めることができる種類株式の内容の追加(改正後施行規則20条)
種類株式の権利内容のうち、法務省令で定める事項については、定款にその要綱のみを定め、細目は当該種類株式を初めて発行する時までに株主総会決議等によって定めることができます(会社法108条3項)。従来、譲渡制限株式、取締役・監査役の選任に関する種類株式は、施行規則に定めがなく、定款にその権利内容の全てを規定する必要がありましたが、今回の改正により、一部を除いて、定款にその要綱のみを定めることが可能となりました。
(2) 自己株式の取得が可能な場合の追加(改正後施行規則27条8号)
会社法155条・施行規則27条は、株式会社が自己の株式を取得できる場合を限定列挙していますが、今回の改正により、「その権利の実行に当たり目的を達成するために当該株式会社の株式を取得することが必要かつ不可欠である場合(前各号に掲げる場合を除く。)」という文言が追加されました。
(3) 売主追加請求権の行使期限(改正後施行規則29条)
株式会社が株主総会決議により特定の株主から自己株式を取得する場合、他の株主は当該総会決議の前に自己を売主に追加するよう請求することができます(会社法160条3項)。この株主の売主追加請求権の行使期限は、従来は一律に株主総会の日の5日前までとされていましたが、今回の改正により、非公開会社は3日前までとするとされました。
(4) 単元株式数の上限数(改正後施行規則34条)
会社法施行時に、単元株式数の上限数については1000を越えてはならないとのみ規定されましたが、今回の改正により、1000を越えてはならず、かつ、発行済株式総数の5%にあたる数未満でなければならないとされ、旧商法下と同様のルールになりました。
2 株主総会参考書類に関する事項
(1) 株主総会参考書類の一般的記載事項(改正後施行規則73条1項2号)
今回の改正により、株主総会参考書類の一般的記載事項として、「提案の理由(議案が取締役の提出に係るものに限り、株主総会において一定の事項を説明しなければならない議案の場合における当該説明すべき内容を含む。)」が追加され、全ての取締役提出議案について、提案の理由の記載が法律上要求されることとなりました。
(2) 取締役・監査役選任議案(改正後施行規則74条2項2号・76条2項2号)
公開会社では、取締役・監査役選任議案について、従来、「候補が他の法人等を代表する者であるときは、その事実(重要でないものを除く。)」の記載が求められていました。
今回の改正で、「候補者が当該株式会社の取締役に就任した場合において第121条第7号に定める重要な兼職に該当する事実があることとなるときは、その事実」と改正され、代表の場合だけではなく、取締役に就任した場合における重要な兼職に該当する事実の記載が求められることになりました。これにより、他の法人等の代表者であっても重要な兼職に該当しなければ記載が不要となる一方、代表者でなくとも重要な兼職に該当する場合には記載が必要となります。
(3) 責任免除を受けた役員等に対し退職慰労金等を与える議案等(改正後施行規則84条の2)
任務懈怠に基づく責任の免除を受けた取締役に対し、退職慰労金等を与えるとき、または有利発行を受けた新株予約権を行使・譲渡するときは、株主総会の承認を受けなければなりませんが(会社法425条4項、426条6項、427条5項)、今回の改正により、株主総会参考書類において、退職慰労金等の財産上の利益の内容、新株予約権に関する財産上の利益に相当する額について記載しなくてはならないことになりました。
3 事業報告に関する事項
(1) 会社役員に関する記載(改正後施行規則121条)
公開会社では、従来、会社役員に関する事項として、「会社役員が他の法人等の代表者その他これに類する者であるときは、その重要な事実」と「当該事業年度に係る当該株式会社の会社役員の重要な兼職の状況(第3号に掲げる事項を除く)」を事業報告に記載することが要求されていました。
しかし、これらは前記2(2)の「重要な兼業の状況」と共通するものであるとの指摘があり、今回の改正により、「当該事業年度に係る当該株式会社の会社役員の重要な兼職の状況」としてひとつにまとめられました。
(2) 大株主の状況(改正後施行規則122条1号)
公開会社では、従来、大株主の状況として、当該事業年度の末日において自己株式を除く発行済株式の総数の10分の1以上の数の株式を有する株主の氏名・名称及び保有株式数を事業報告に記載することが要求されていました。
今回の改正により、当該事業年度の末日において自己株式を除く発行済株式に対する株式保有割合の高い株主の上位10名について、氏名・名称及び保有株式数に加え、保有割合の記載が要求されることになりました。
4 経過措置
今回の会社法施行規則の改正にはいくつかの経過措置があります。
株式に関連する改正事項については、施行日前に会社法160条2項の通知がされた場合の売主追加請求権の行使期限は従前の例によるとされ、施行日前に定められた単元未満株式に関する定款の定めはその効力を有するとされています。
株主総会参考書類に関連する改正事項については、施行日後にその末日が到来する事業年度のうち最初のものに係る定時株主総会より前に開催される株主総会・種類株主総会に係る株主総会参考書類は従前の例によるとされています。
事業報告等に関連する改正事項については、施行日前にその末日が到来した事業年度のうち最終のものに係る事業報告及びその附属明細書は従前の例によるとされています(佐藤)。
参考:改正後会社法施行規則20条、27条、29条、34条、73条1項2号、74条2項2号、76条2項
2号、84条の2、121条、122条1号
会社法108条3項、155条、160条2項3項、425条4項、426条6項、427条5項
「会社法施行規則」及び「会社計算規則」の一部改正のお知らせ
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji179.html