今回は,従業員が裁判員に選任された場合の休暇等に関する就業規則や社内規程の整備のポイントの解説,人員削減時の法的リスクを減らすためのポイントの解説をお送りします。
1 【解 説】裁判員制度と就業規則(第1回)
従業員が裁判員に選任された場合の休暇等に関する就業規則や社内規程の整備のポイントを2回に分けて解説します。
第1回は、裁判員に選任された従業員が休暇を取った場合の給与などについてです。
(1) 裁判員制度と就業規則の変更の要否
裁判員制度が始まったことによって、会社には就業規則等の変更義務はあるのでしょうか。
法律上、これを義務付ける規定はありません。従業員が裁判員として裁判員裁判に参加することは「公の職務」(労働基準法7条)とされていますので、既存の「選挙に行くため」などの公務休暇制度を裁判員としての公務の場合に適用することも可能です。
しかし、裁判員の場合、数日間にわたって会社を休まなければならないこともありますから、従業員が安心して裁判員としての職務を果たせるように、会社が裁判員となった従業員を適法・適切に管理できるように別途制度を設けることが望ましいと思われます。
(2) 有給・無給の選択
裁判員としての職務を果たすため従業員が休暇(裁判員休暇)を取得した場合、当該休暇中の給与を有給とするか(特別の年次有給休暇制度の導入)、無給とするかは会社の判断に委ねられています。
有給とする場合でも、裁判員には日当が支払われますので、当該日当分の金額を控除した額の支給も許されます。
無給とする場合、本人の申出により、裁判員休暇を(通常の)年次有給休暇として取得することは問題ありません。しかし、年次有給休暇をいつ取るかは、原則として労働者の自由です(労働基準法39条4項)。このため、会社側が年次有給休暇として休むことを強制することはできません。
(3) 年次有給休暇の発生要件との関係
労働者が6ヶ月間継続勤務し、その6ヶ月間の全労働日の8割以上を出勤した場合には、10労働日の有給休暇を与えなければなりません。(労働基準法39条1項)。その後は、継続勤務年数1年ごとに、その日数に1労働日(3年6ヶ月以後は2労働日)を加算した有給休暇を総日数が20日に達するまで、与えることになります。ここで、「全労働日」について、判例は、「労働者が労働契約上労働義務を課せられている日」をいい、実質的に見て労働義務のない日(休暇と同様の一般休暇日)はこれに入れない、としています(最高裁平成4年2月18日判決)。
この年次有給休暇の発生要件と裁判員休暇期間との関係についてですが、全労働日の8割以上を出勤したかを判断するにあたって、裁判員休暇期間は出勤したものと扱う必要はありません。
但し、当該休暇期間が「公の職務の執行」という労使双方の責に帰すことのできない事由によるものであること、当該休暇期間は労働義務を免除されることからすると、前提となる「全労働日」からは除外して取り扱うことが妥当と思われます(佐藤)。
参考:労働基準法7条、39条1項・4項
最高裁平成4年2月18日判決
最高裁ホームページ「裁判員制度」
http://www.saibanin.courts.go.jp/
裁判員としての職務を果たすための休暇と有給休暇
http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/c7_6.html
2 【解 説】人員削減時の法的リスクを減らすためには
急激な景気後退により、事業内容の縮小や赤字事業の廃止などの経営の合理化が避けられない会社が増えています。従業員のリストラは、その過程で辞めてほしくない従業員から離職してしまう傾向がありますし、従業員全体のモチベーションの低下など深刻なダメージを伴うため、軽々に選択するべきではありませんが、已むにやまれず人員の削減を行わなければならない場合もあります。そのとき、どのような点に注意すべきかを説明します。
(1) 整理解雇
解雇については、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」(労働契約法16条)と定められており、整理解雇も普通解雇の1つですので、この法理の適用を受けることになります。裁判例は、整理解雇の有効性を判断する際に、以下のような判断基準(「整理解雇の四要素」)によって判断しています。
ア 人員削減の必要性
イ 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性(解雇回避の努力を尽くしたか)
ウ 解雇手続の妥当性(労使協議等を行っているか)
エ 解雇対象者選定の合理性(選定基準が客観的・合理的であるか)
従来の裁判例では、これらの要素をすべて満たす必要があるとされてきましたが(東洋酸素事件:東京高裁昭和54年10月29日判決など)、近年では、いずれかの要件を満たさないからといって、直ちに整理解雇が無効とされるものではなく、総合的に判断される傾向にあります(ナショナル・ウェストミンスター銀行事件:東京地裁平成12年1月21日判決など)。もっとも、イの解雇回避の努力を尽くしたかに関しては、他の手段を試みずにいきなり整理解雇を行った場合には、ほぼ例外なくその解雇は無効とされています。人員削減が必要となった場合には、まず希望退職者を募集したり、退職勧奨を行うことが求められますので、以下、これらについて説明します。
(2) 希望退職
整理解雇を行う前に、解雇回避努力の一つとして、希望退職者の募集を行います。希望退職は、会社が、対象年齢を設けるなど、一定条件の下で社員全員へ広く退職を募集するものです。募集にあたっては、退職金の加算等の優遇条件が付されることがほとんどです。このような、会社による希望退職者の募集(申し込みの誘引)に対して、労働者が応募し(申し込み)、この応募に対して会社が承諾するという過程を経ることになります。したがって、労働者が応募をしても、会社の承諾がない限り、退職の効果は生じません。希望退職に応募した労働者については、解雇ではなく合意退職となりますが、雇用保険では、原則として解雇(会社都合)と同様の扱いとなり、速やかに失業給付がなされます。
(3) 退職勧奨
会社が対象者を定めて、退職を促すことを退職勧奨といいます。希望退職は、労働者からの解約申入れであるのに対し、退職勧奨は、使用者である会社からの解約の申入れです。労働者が退職勧奨に応じ、退職願を提出した場合、労働者の自由な意思に基づく退職として、合意退職となります。退職勧奨に応じて退職した場合も、雇用保険の扱いは会社都合となります。
退職勧奨は、会社が自由に対象者を定めることができることが利点ですが、対象者を性別等によって差別することはできません。退職勧奨を実施する際、労働者に大声で迫って恐怖心を生じさせたり、懲戒解雇事由が存在しないのを知りつつ、それがあるかのように誤信させたような場合には、退職の意思表示が取り消されたり、無効になったりする可能性があります。また、労働者から損害賠償請求される可能性もありますので注意が必要です。
(新妻)。
参考:労働契約法16条
東洋酸素事件(東京高裁昭和54年10月29日判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7CF9CCDF73932E0449256A57005AE78F.pdf
ナショナル・ウェストミンスター銀行事件(東京地裁平成12年1月21日判決)