今回は、不正競争防止法上の「営業秘密」の要件のひとつである「秘密管理性」について判断をした裁判例、公正取引委員会が平成21年3月16日に出した景品表示法違反の排除命令とその解説をお送りします。
1 裁判例紹介−名古屋地裁平成20年3月13日判決
不正競争防止法において不正利用行為から保護される「営業秘密」というためには、その情報が秘密管理性、有用性を有し、公然と知られていないこと(非公知性)が必要です(不正競争防止法2条6項)。このうち「秘密管理性」は最も重要な判断要素とされていますので、今回は、秘密管理性の有無を判断した裁判例をご紹介します。
本件で主に問題となった情報は、アルミダイカスト製品の取出しロボットシステムの部品の仕入れを行なう際に「品名」、「メーカー」、「型式」、「金額」等の明細を記載していたプライスリスト及び本件ロボットシステムに関わるバリ取りツール図面等です。
原告は、ロボットシステム等においては全国1位のシェアを有している会社ですが、原告の従業員であったY3とY4が、プライスリストや設計図を不正に取得した上で競業会社を設立し、その競業会社を買収したY1やY2においてもプライスリストや設計図が使用されたとして、Yらに対し、プライスリスト等の使用差止め、廃棄及び損害賠償を請求しました。
裁判所は、秘密管理性について、「当該営業秘密について、従業員及び外部者から認識可能な程度に客観的に秘密としての管理状態を維持していることをいい、具体的には、当該情報にアクセスできる者が制限されていること、当該情報にアクセスした者が当該情報が営業秘密であることを客観的に認識できるようにしていることなどが必要と解され、要求される情報管理の程度や態様は、秘密として管理される情報の性質、保有形態、企業の規模等に応じて決せられるべきものというべきである」と述べました。
そして、プライスリストについては、当該データにアクセスするためのパスワードが変更されなかったこと、パスワードをパソコンに付箋で貼り付けている従業員がいたこと、秘密管理を定めたマニュアルがないこと、印刷されたプライスリストに「社外秘」などを押印する取り決めもないこと等の事情があるにしても、プライスリストのデータには一部の者しかアクセスできない上に、パスワード設定がなされ、印刷するには許可制となっていることや、機械製造メーカーにとって一般的に重要なことが明らかな仕入原価等の情報が記載されていたこと、外部への持ち出しが許されていたという事情もないことから、原告の従業員にとってそれが営業秘密であることを客観的に認識することができたとして、プライスリストは秘密管理性を有すると判断しました。
次に、設計図等についても、原告が得意先に交付する際に必ずしも守秘義務契約等を締結していたわけではないものの、設計図にアクセスできる者が限定され、一部の外注先とは「秘密保持に関する念書」を取り交わしていたこと、機械製造メーカーにとって一般的に重要であることが明らかな技術情報が記載されていることから、設計図にアクセスした従業員においては当該情報が営業秘密であることを客観的に認識できたものと認めるのが相当であるとし、秘密管理性を有していたと判断しました。
本件では、情報管理にルーズな面がありつつも、その情報の性質等から原告の従業員からみれば営業秘密と認識できたと判断されています。しかしながら、原告の情報管理は非常に危険であり、逆の判断もあり得た事案と考えられます。営業秘密としたい情報については、アクセスできる者を制限するだけでなく、パスワードも定期的に変更したり、当該情報を印刷した場合には「社外秘」と押印する等の秘密管理マニュアルを作成したり、外注先に提供する場合には守秘義務契約を締結するなどの措置を行なうべきと考えます(鈴木俊)。
参考:不正競争防止法2条6項
名古屋地裁平成20年3月13日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080805100217.pdf
2 景品表示法違反(優良誤認)の排除命令について
公正取引委員会は、平成21年3月16日、「いびきスッキリ、静かに快眠。」「睡眠時鼻につけるだけで、いびきを軽減。」などとうたった商品(鼻に挟むクリップ)の製造販売業者3社に対して、商品の表示が、不当景品類及び不当表示防止法(景表法)4条2項の規定(不実証広告規制)により、同条1項1号(優良誤認)に該当する表示とみなされ、同号の規定に違反する事実が認められるとして、景表法6条1項に基づき、排除命令を出しました。
公正取引委員会が発表した排除命令の概要は、以下のとおりです。
(1) 違反行為の概要
3社は、対象商品を一般消費者に販売するに当たり、商品の包装容器およびインターネット上のウェブサイトにおいて、あたかも、当該商品を鼻に取り付けることにより、いびきを軽減するかのように示す表示を行っているが、公正取引委員会が3社に対し当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めたところ、2社は資料を提出せず、1社は、期限内に資料を提出したが、当該資料は当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものであるとは認められないものであった。
(2) 排除措置の内容
ア 前記表示は、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示すものである旨を公示すること。
イ 再発防止策を講じて、これを役員及び従業員に周知徹底すること。
ウ 今後、同様の表示を行わないこと。
本件排除命令を出すにあたって適用された景表法4条2項は、同法4条1項1号により禁止される優良誤認表示の疑いがある場合、公正取引委員会は、当該表示を行った事業者に対し、その表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができ、この事業者が資料を提出しないときは、当該表示は優良誤認表示とみなされ、排除命令の対象となる、という内容の規定です。公正取引委員会の優良誤認行為の立証に要する時間を短縮して、合理的な根拠なく商品の効果や性能の著しい優良性を示す表示を迅速に規制できるようにするために設けられています。
提出資料が表示の裏づけとなる「合理的な根拠」を示すものであると認められるためには、(1)提出資料が客観的に実証されたものであること、(2)表示された効果、性能と提出資料によって実証された内容が適切に対応していること、という2つの要件を満たす必要があります(不当景品類及び不当表示防止法第4条第2項の運用指針(不実証広告ガイドライン))。
資料の提出期限については、原則として、公正取引委員会が資料の提出を求める文書を送達した日から15日後とされています(不当景品類及び不当表示防止法第4条第2項の規定による資料の提出要求の手続に関する規則2条)。
このように、商品に、その性能や効果等をうたった表示をする場合、公正取引委員会に合理的な根拠を示す資料を提出できないと、表示が優良誤認表示とみなされ、排除命令の対象となってしまいます。性能や効果等を表示する場合には、あらかじめ、商品の性能や効果等を客観的に実証し、その資料を用意しておく必要があります(新妻)。
参考:景表法4条1項1号、4条2項、6条1項
不当景品類及び不当表示防止法第4条第2項の規定による資料の提出要求の手続に関する規則
http://www.jftc.go.jp/keihyo/files/3/4-2kisoku.html
いびき軽減等を標ぼうする商品の製造販売業者らに対する排除命令について
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/09.march/090316.pdf
不当景品類及び不当表示防止法第4条第2項の運用指針(不実証広告ガイドライン)
第3 「合理的な根拠」の判断基準
http://www.jftc.go.jp/keihyo/files/3/part3.html