今回は,株券電子化後に買収防衛策を採用する場合の留意点,および仮処分事件に特許法上の秘密保持命令の申立を認めた裁判例の解説をお送りします。
1 【解 説】株券電子化と買収防衛策
平成21年1月5日から,上場株式の株券等を電子化(ペーパーレス化)し,コンピューターシステム上の帳簿により管理する株式等振替制度(株券電子化)がスタートしました。
上場会社が採用する買収防衛策としては,全株主に取得条項付新株予約権の無償割当てを行い,取得条項に基づき会社が当該新株予約権を強制取得し,買収者以外の株主が保有する新株予約権についてその取得対価として普通株式を交付し,買収者以外の株主の議決権のみを増加させるものが一般的です。
株券電子化後の新しい制度の下でこのような買収防衛策を採用する場合には以下の点に留意する必要があります。
買収防衛策の目的は買収者の議決権の希釈化です。したがって,発行会社は買収者以外の株主に株式を交付して,増加した株式を株主名簿に記載する必要があります。
まず,会社法の規定によれば,発行会社は,新たに株式を発行したとき,自己株式を処分したとき,株式の譲渡を受けた者から名義書換の請求を受けたとき等に,株主の株式数が増減したことを株主名簿に記載・記録することができます(会社法132条1項,133条)。したがって,発行会社は,買収者以外の株主に対して,新株発行又は自己株式の処分によって株式を交付したときは,買収者以外の株主の株式数が増加したことを株主名簿に記載・記録すればよく,特に問題は生じません。
しかし,株式等振替制度の下では,会社法の特例があり,株主名簿の記載・記録は株式会社証券保管振替機構からの総株主通知に基づいて行うとされます(振替法152条)。したがって,発行会社は,株式会社証券保管振替機構から総株主通知をしてもらわない限り,株主名簿の記載・記録をすることができないことになります。
総株主通知について説明する前に,株式等振替制度の仕組みを説明させていただきますと,株式等振替制度では,株主の氏名,住所,保有する株式の銘柄及び数等は,株主が口座管理機関(証券会社等)に開設した取引口座または会社が開設した特別口座に電子的に記録されます(発行会社は,株主の取引口座等の管理をしていませんので,株主が開設した取引口座等に自由に情報を記録したりすることはできません。)。口座管理機関は,それらの情報をとりまとめて振替口座簿というコンピューターシステム上の帳簿を作成して管理し,さらに口座管理機関の上位機関である振替機関(株式会社証券保管振替機構)が口座管理機関の振替口座簿の情報をとりまとめて,振替機関用の振替口座簿を作成します。
振替機関は,総株主通知等に係る準備行為として,あらかじめ口座管理機関から,株主の氏名又は名称その他の必要な事項の通知を受け,株主の名寄せその他の必要な管理を行います。これによって,振替機関は,発行会社の株主の全てを把握することができ,発行会社に対して総株主を通知することができるようになります(総株主通知)。総株主通知とは,振替機関(株式会社証券保管振替機構)が,株主確定日における振替口座簿の記録事項を発行会社に通知するものです(振替法151条)。発行会社は,総株主通知を受け,株主の株式数等を株主名簿に記載・記録することになります。
ただし,総株主通知がなされるのは,発行会社が基準日を定めたときや発行会社が振替機関に対して正当な理由に基づいて総株主通知を請求したとき等に限られるため(振替法151条1項,8項),発行会社が株主に株式を交付してもすぐに総株主通知をもらえるわけではなく,すぐ株主名簿の記載・記録を行うことができるわけではありません。
また,株主が開設した取引口座に株式増加の記録がなされなければ,口座管理機関の振替口座簿及び振替機関の振替口座簿にはその情報が反映されません。その場合,発行会社に通知される総株主通知の情報は,株主の株式が増加する前の情報(株式の交付を受ける前の株式数)であるため,株主の株式が増加した後の情報(株式の交付を受けた後の株式数)を株主名簿に記載・記録することができません。そのため,増加後の株主の株式数を株主名簿に記載・記録したい発行会社は,株主がどの口座管理機関に口座を開設しているのかを把握したうえで,振替機関に対して通知(振替法130条)をして,株主の口座に株式増加の記録がなされるように手続をとる必要があります。しかし,株式等振替制度の下において,会社は株主がどの口座管理機関に口座を開設しているのかを把握することはできません。したがって,振替機関に対して前記の振替法130条の通知をすることができず,株主の口座に増加株式の記録がなされるような手続をとることができません。また,会社が株主の口座を把握できない場合に備えて特別口座の制度がありますが,本件のような場合に特別口座の制度を利用できるかは明文上明らかではありません。
ただし,発行会社が新たに株式を発行した場合の株主名簿の記載・記録については,会社法の規定が適用除外とされていません。したがって,発行会社は前述の会社法の規定に従い,総株主通知を待たずに株主名簿の記載・記録を行うことが可能です(会社法132条1項1号,振替法161条1項)。したがって,新株予約権取得の対価として株式を交付する方法として,自己株式の処分ではなく,新株を発行して交付すれば,口座を把握できない株主も含めた全員を,取得対価として交付した株式の株主として株主名簿に記載することができます。
株式交付の方法として新株発行を採用する,という点に留意すれば,株券電子化後においても,上記買収防衛策は有効な手段になり得ることになります。(田辺)。
参考:振替法(社債,株式等の振替に関する法律)
29条,130条,151条,152条,161条1項
会社法132条1項,133条
株券電子化について(金融庁)
http://www.fsa.go.jp/ordinary/kabuken/index.html
2 裁判例紹介−最高裁平成21年1月29日決定
特許権又は専用実施権の侵害に係る仮処分事件に特許法105条の4第1項の秘密保持命令の申立を認めた裁判例を紹介します。
特許法105条の4第1項は,「裁判所は,特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,その当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第2条第6項に規定する営業秘密)について,(中略)当該営業秘密を当該訴訟の追行の目的以外の目的で使用し,又は当該営業秘密に係るこの項の規定による命令を受けた者以外の者に開示してはならない旨を命ずることができる。」と定めています。
仮処分等の民事保全制度は,公開せず迅速に手続きを進めることを本質としていますから,一般的には,憲法82条により公開が原則とされているところの訴訟ではないと理解されてきました。
このため,本件の原審である知財高裁平成20年7月7日決定,第1審である東京地方裁判所平成20年4月14日決定は,(1)法文上,「訴訟」とされていること,(2)立法者の意思(立法者は仮処分への適用を考えていなかったとされること。),(3)処罰範囲の拡大のおそれを理由として,仮処分についての秘密保持命令の適用を否定しました。
仮処分に秘密保持命令が適用されないとすると,問題となっている営業秘密を有する側は,仮処分事件において,秘密保持命令を利用できない状態で防御のために営業秘密を開示するか(その結果,相手方は当該営業秘密を利用することが可能となってしまいます。),負けるか,という状態になってしまいます。無論,仮処分命令と同時に本案訴訟を提起し,その中で秘密保持命令が発令されれば,同一の裁判所で審理されている限りは秘密保持命令の保護を受けることになりますが,この種の仮処分の際に,秘密保持命令のために常に同時に本案訴訟を提起しなければならないのはいかにも迂遠です。
これに対し,最高裁判所は,(1)秘密保持命令の趣旨,(2)特許法において,「訴訟」という文言が民事保全事件も含むものとして用いられる場合があること(特許法54条2項,168条2項)を理由として,仮処分についての秘密保持命令の適用を認めました。
この決定は,最高裁判所が知財高裁の判断を覆した例としての意味も有しています(川合)。
参考:特許法54条2項,105条の4第1項,168条2項,200条の2,
201条,
憲法82条,不正競争防止法第2条第6項
知財高裁平成20年7月7日決定(判例時報2015号127頁以下)