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今回は,商標の類似性判断に関する裁判例,転売された顧客名簿が不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当しないとされた裁判例を紹介いたします。
1 裁判例紹介−最高裁平成20年9月8日判決
本件は,「つゝみ」「堤」という商標の商標権者であるXが,「つつみのおひなっこや」という商標(商標権者Y)を無効とすることについての審判を特許庁に請求したところ,特許庁はXの請求を認めないという審決をしたため,この審決の取消を求めて訴訟を提起したという事件です。XYは共に仙台市青葉区堤町で製造される土人形の製造者であり,この土人形は,江戸時代の堤焼に始まり,「おひなっこ」「つつみのおひなっこ」と呼ばれていましたが,昭和初期からは「堤人形」と呼ばれるようになりました。
本件の争点は,「つつみのおひなっこや」が,「つゝみ」「堤」と類似する商標といえるか否かです。
原審(知財高裁平成19年4月10日判決)は,「つつみのおひなっこや」の「つつみ」の部分を分離して,「つつみ」は「つゝみ」「堤」と同じ観念・称呼を生じるため,「つつみのおひなっこや」全体として「つゝみ」「堤」と類似する商標であると判断しました。
これに対して,最高裁は,以下の理由で「つつみのおひなっこや」と,「つゝみ」「堤」は,全体として類似する商標であるということはできない,と判断し,原判決を破棄差戻しました。
まず,商標の類否(商標法4条1項11号)の判断基準として,これまでの最高裁判決の基準を挙げ,「法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和43年2月27日判決),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合などを除き許されないというべきである(最高裁昭和38年12月5日判決,最高裁平成5年9月10日判決)」としました。
そして,本件については,(1)「つつみのおひなっこや」の文字の大きさ・書体は同一であって,全体が一行でまとまりよく表されているから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているとはいえない,(2)Yの祖父は,Xの商標が登録される10年以上前から堤人形を製造していたのであるから,「つつみ」の文字部分が,土人形の取引者や需要者に対し,「つゝみ」「堤」の商標権者であるXの製造した土人形であるという強く支配的な印象を与えるものであったということはできない,(3)「おひなっこや」の部分は,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられる言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であるので,「おひなっこや」は,土人形に密接に関連する一般的・普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないとはいえない,として,「つつみのおひなっこや」の「つつみ」の部分だけを「つゝみ」「堤」と比較して,商標の類否を判断することは許されない,と判断しました。
本判決は,新しい基準を示したものではありませんが,いくつかの部分で成り立っている商標の類比を判断する際に,一部分だけを比較して判断できない場合に関する具体的事例判断という点で,参考になる判決といえます(新妻)。
参考:商標法4条1項11号,46条1項
知財高裁平成19年4月10日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070411152028.pdf
最高裁昭和43年2月27日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C20EFADEA9BCA1F249256A850031236C.pdf
最高裁昭和38年12月5日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4BFC935227B9ABB049256A850031610C.pdf
最高裁平成5年9月10日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/B940661E2BD9E6D949256A8500311E55.pdf
最高裁平成20年9月8日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080908110917.pdf
2 裁判例紹介−東京地裁平成20年9月30日判決
本件は,訴外株式会社ビソーニ(以下「ビソーニ」とします。)の顧客名簿(以下「本件顧客名簿」とします。)を,訴外A氏を経由して購入し,服飾品販売営業に利用していた原告(ジャパンスーパーバザールネットワーク株式会社)が,ビソーニの元営業推進部長で本件顧客名簿を原告に無断で利用していた被告らに対して,本件顧客名簿の利用差止等を求めた事案です。
不正競争防止法では,「営業秘密」の不正取得や不正利用について,使用差止請求や損害賠償請求を認めていますが(不正競争防止法3条,4条),かかる「営業秘密」とは「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」をいいます(不正競争防止法2条6項)。
本件でも,本件顧客名簿が,「秘密として管理されている(秘密管理性)」といえるか否かが問題となりました。そして,裁判所は,本件顧客名簿については,ビソーニにおける秘密管理性,Aにおける秘密管理性,原告における秘密管理性がそれぞれ問題となるとした上で,原告はビソーニにおける秘密管理性を裏付ける証拠を準備できていない,ビソーニとAとの本件顧客名簿に関する売買契約書には,営業秘密であることを前提とした条項は存在せず,このほか,本件顧客名簿がAのもとで営業秘密であることを前提として管理にされていたと理解し得るような客観的証拠はないなどとして,本件顧客名簿の秘密管理性を否定し,原告の請求を棄却しました。
このように,顧客名簿を購入する場合には,直近の売主のみならず,さらにその取得元までさかのぼって「秘密として管理されていること(秘密管理性)」を確認しなければ,不正競争防止法による保護を受けることはできません。また,顧客名簿の売買契約書にも売主が当該顧客名簿を営業秘密である旨を保証する条項や,転売を予定している買主の場合には買主の手元にある間の当該顧客名簿の管理方法等も定めておいた方が望ましいといえます。顧客名簿を購入する場合には,十分にご注意ください(鈴木理晶)。
参考:不正競争防止法2条6項
東京地裁平成20年9月30日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081001130616.pdf