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今回は,裁判員法の施行を来年に控え,どのような場合に裁判員を辞退できるのか,契約実務において正式な契約を締結する前に締結される「覚書き」などの予備的合意書の法的拘束力について解説します。
1 【解 説】裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(裁判員法 平成21年5月21日施行)
来年5月21日より裁判員法が施行されます。そこで,どのような手続を経て裁判員として選任され,どのような場合に辞退できるのか等についてご紹介します。
まず,裁判員候補者となる年の前年12月ころに各地方裁判所から調査票が送られてきます。その調査票では,(1)就職禁止事由への該当の有無,(2)1年を通じての辞退希望の有無・理由,(3)月の大半にわたって裁判員となることが困難な特定の月がある場合,その特定の月における辞退希望の有無・理由が尋ねられます。
(1)就職禁止事由とは,例えば,国会議員であるとか弁護士や警察職員,自衛官であるとか逮捕勾留されている等の事由です。
(2)1年を通じての辞退理由に該当する場合としては,例えば,70歳以上であること,学生であること,過去5年以内に裁判員であった者,重い疾病や傷害により裁判所に出頭することが困難な者,介護または養育が行なわれなければ日常生活を営むのに支障がある親族を介護・養育する必要があること,事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがあること,妊娠中または出産から8週間を経過していない者などです。特に問題となるのが,「事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがある」場合です。これについては,個々のケースごとに,裁判所が,その用務の重要性,自ら行うことの必要性,著しい損害が生じる可能性等を考慮して,裁判員の仕事を行うことが困難であるかどうかを検討し,裁判員を辞退することを認めるかどうかを判断することになります。具体的には,退任の挨拶のために海外の子会社へ出張する場合とか異動時期のために引継ぎで多忙を極める場合,多数の支店長を集めた大きな会議を主催するような場合には辞退が認められると想定されています。
(3)月の大半にわたって裁判員となることが困難な特定の月がある場合とはいかなる場合をいうのかについても裁判所がケース・バイ・ケースで判断していきます。具体的には,決算期や株主総会の開催月などが想定されています。
その後,選任手続期日の6週間前に呼出状と質問票が送付され,呼出状記載の日に出頭すると,その日の午前中に,質問票の記載や裁判官による面接を経た上で,裁判員候補者から6名が選出され,裁判員として選ばれた者はその日の午後から第1回公判期日に臨むことになります。
日当は支給されますが,裁判員候補者は1日当たり8000円以内,裁判員は1日当たり1万円以内となり,裁判が延びたとしても加算はありません。また,源泉徴収もされません。交通費も支給されますが,鉄道,船舶,飛行機による場合は原則として最も安い経路で計算された額が支給され,徒歩やバス,タクシーを利用したとしても1キロ当たり37円の支給となります。
重要な任務を理由とする辞退の申入れについては,ケース・バイ・ケースということですが,これを理由として辞退を申し入れたい場合,どれくらい重要な任務なのか,なぜ自分が処理しないと会社等に著しい損害が生ずるおそれがあるのかを具体的かつ詳細に記載することが大事かと思われます。
裁判員制度は,「裁判が国民に分かりにくい。」という批判を受けてできた制度です。より国民に理解しやすい裁判の実現を目指すためにも国民が積極的に参加することが望まれます(鈴木俊)。
参考:裁判員制度(ウェブサイト) 最高裁判所
http://www.saibanin.courts.go.jp/
2 【解 説】「予備的合意書」の法的拘束力
契約締結交渉が一定の段階まで進んだとき,当事者間で,これまでの一応の了解を得た事項をまとめた「覚書き」などの書面を作成することがあります。この書面は,「予備的合意書」「基本合意書」「レター・オブ・インテント」等と呼ばれます(以下「予備的合意書」といいます。)。
予備的合意書には,最終契約としての法的拘束力はなく,後に当事者間で最終契約に関する契約書が作成されるのが通常です。しかし,場合によっては,最終契約書の作成を待たずして,最終契約が成立したという主張がなされることがあります。この場合に,最終契約が成立したといえるか否かについて,裁判例は,条項の趣旨・文言,作成経緯,取引慣行等から当事者の意思を推認して,最終契約の成否を判断しています。
例えば,契約額が高額である場合,契約の性質上詳細な条項を含む契約書を交わすのが通常である場合,予備的合意書の文言上契約の重要な要素について交渉の余地を残している場合などには,当事者は正式な書面を作成した段階で契約締結する意思があったと判断され,最終契約の成立が否定されています。
予備的合意書には,最終契約としての法的拘束力はありませんが,予備的合意書の中に法的拘束力のある条項を入れることは自由です。
秘密保持条項・独占交渉条項・違約金条項・公表条項・費用負担条項・誠実交渉条項・合意管轄・準拠法等については,明文で,法的拘束力を有する旨規定される場合がありますし,そのように規定しなくとも,これらの条項には,法的拘束力が認められる場合が多いでしょう。
例えば,秘密保持条項については,最終契約締結以前の段階で法的拘束力を持たせなければ,秘密漏洩の防止という目的を達することができなくなってしまいますので,当事者が法的拘束力を与える意思を持っていることは明らかであるといえます。
また,独占交渉義務(第三者との交渉を禁ずる旨を規定)については,「費用をかけて交渉したにもかかわらず相手方が第三者と契約を締結してしまい,これまでの費用が無駄になることを避ける。」という趣旨で規定される条項ですので,当事者が法的拘束力を与える意思を持っていることは明らかといえます。
もっとも,あまりに長期間にわたって当事者を拘束することは営業の自由を不当に制限することになりかねないので,最高裁は,「独占交渉条項は,最終的な合意を成立させるための手段として定められたものであるから,当事者間で交渉を重ねても社会通念上最終的な合意の成立する可能性が存しないと判断されるに至った場合,当該条項に基づく不作為債務は消滅する。」(最高裁平成16年8月30日決定)としています。
予備的合意書の条項には,明示しなくとも法的拘束力を有すると解釈されうる条項がありますが,法的拘束力の有無や解釈をめぐって紛争の原因になりやすいので,法的拘束力を持たせたい条項については,「○条,○条はすべて法的拘束力を有するものとする」等と明記しておくことをお勧めします(新妻)。
参考:東京地裁平成18年7月7日判決
東京地裁平成17年7月20日判決(判例時報1922号140頁)
東京高裁平成12年4月19日判決(判例時報1745号96頁)
最高裁平成16年8月30日決定