今回は,シンポジウム「リスクマネーがVBに流れるようにするには」の報告,競業他社に対しコピー商品の販売中止を求めた裁判例,買主が売主との取引を終了し,売主の仕入先と直接取引を開始したことが,信義則上の配慮義務違反とされた裁判例およびインド バンガロール見学旅行のご案内をお送りします。
1 シンポジウム「リスクマネーがVBに流れるようにするには」報告
去る9月17日に行われた標記シンポは,会場がほぼ満席になるほどの盛況で,パネラーによる活発な議論が行われました。
パネラーの主張の骨子は以下のとおりです(あくまでも私の理解)。
我が国では,ベンチャー投資の原資となるべき資金を潤沢に有している富裕層は,リスクをとりづらい高齢者層に偏在している。このため,政策的に,年金の5%を毎年ベンチャーファンドに投資したり(古我氏),生前贈与に対して恩恵的な特例を設けて世代間(親から子へ)の資産の移動を促進したりするべきではないか(藤野氏)。
投資リスクを減少させるために,エンジェル税制の税額控除額を1億円程度まで大胆に引き上げるとか(井浦氏),事業会社がベンチャー投資によって取得した有価証券の減損会計を見直すべきである(太原氏)。
ファンドの募集にあたって,より投資家の利便性に配慮した金融商品の設計をすれば,大きなファンドを組成できるのではないか(吾郷氏)。VCは,ファンドの募集と投資活動において,プロとして,個々の投資先のリスクを見極めているのか。そうでないから調達した資金を積極的に投資運用できていないのではないか(藤野氏,加登住氏)。
時価総額100億円以下の新興企業には,IPO後に2つ目のデス・バレーが待っている。機関投資家はそのような流動性の低い会社の株式は買わないので,株価が下落し続けて上場メリットを享受できない。そして,そのことが未上場ベンチャー企業の時価総額を引き下げている。2つ目のデス・バレー対策を考える必要がある(藤野氏)。
J−SOXや取引所ルールの変更は,ベンチャー企業にとってIPOの時期を延期させ,事業計画上の資金調達時期を狂わせる。ルールの安定化が必要である(加登住氏)。
ベンチャー企業への投資が盛り上がるためには,投資者にとってそれが経済的に合理的な選択肢(儲け)になる必要があります。
儲けを増やすには,コストを下げる,投資利回り(IRR)を上げることですが,エンジェル税制はコストを減らす(或いは投資者に節税メリットを与える)ものです。投資利回り(IRR)を上げるためには,大成功するベンチャーが次々と現れてくれなくてはなりませんが,これには,儲けとは別の視点からのベンチャー育成のための資金供給や支援制度をはじめ,目利きとメンタリング能力のあるエンジェル,専門家や有能な経営者を増やし,ベンチャーが育ちやすい生態系を作る必要があります。
シンポを聞いて感じたのは,VBのリスクとは,本来であれば技術的な失敗や競争戦略(M・ポーター)で言う脅威などでしょうが,現状は,制度や関係者の未熟さがVB成長の足を引っ張っている面も少なからずありそうだということです。改善できるところは沢山あるので,地道に取り組んでいきたいと思います(古田)。
2 裁判例紹介−知財高判平成20年1月17日判決
競業他社に対して,コピー商品の販売を中止するように求めた裁判例をご紹介します。
本件は,被告が製造・販売等する被告商品(レース付の衣服4点)が,原告が製造・販売する商品の形態を模倣したものであるとして,不正競争防止法に基づく商品の製造等の差止め及び損害賠償等を請求した事案です。
不正競争防止法2条1項3号は,「他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,または輸入する行為」を「不正競争」として規制しています。その趣旨は,商品の新しい形態についてデッドコピーを容認してしまうと,商品化に資金・労力を投下した先行者の市場先行のメリットが著しく減少し,競争上著しい不公正が生じるため,そうしたデッドコピーを禁止するという点にあります。
本件で争点となった,「模倣」といえるためには,(1)作り出された商品の形態が他人の商品と実質的に同一であること,(2)他人の商品の形態に依拠していること,が要件となります(同法2条5項)。
判決は,(1)「実質的同一性」について,原告のノースリーブ商品(寸胴型)よりもシルエットがほっそりしている被告商品について,「洋服のシルエットが相違することにより,商品の形態の同一性が否定されることはあるが,シルエットの異なる度合いなども考慮し,その相違が商品の全体的形態に与える影響によって形態の同一性を判断すべき」とした上で,白地生地・ノースリーブ・幅広のV字襟ぐり・襟ぐり部分に同じ白いレース編み布地を付している等,商品の特徴的な点が共通している両商品において,シルエットの相違は商品の全体的形態に与える変化が乏しく,商品全体からみると,ささいな相違にとどまるとして,実質的同一性を認めました。
また,被告のフード付パーカーについても,「ここで問題となるのは,商品全体の形態が同一であるかどうかであり,ここの要素がありふれたものであることやその組み合わせが容易であるか否かではないから,ありふれた要素を当たり前の手法で組み合わせたにすぎないことに基づき原告商品と被告のフード付パーカーとに実質的に同一性がないとする被告の主張は失当である」とした上で,相違点につき判断し,実質的同一性を認めました。
次に,(2)「依拠」については,被告のフード付パーカーについて,「当時洋服にレースを使うことが流行していたとしても,その形態が決して単純なものとはいえないこと,同商品のデザインがされる過程を裏付ける証拠がないこと,このフード付パーカーの販売前に,被告が原告商品に接する機会があったこと,原告商品と被告のフード付パーカーが実質的に同一といえるものであることを考慮すれば,被告のフード付パーカーは原告商品に依拠したものと認められる」と判断しました。
他方,被告のノースリーブ商品については,被告が,原告のノースリーブ商品と同様の先行商品を既に開発しており,市販されているレースをノースリーブのシャツの襟ぐりに設け,被告のノースリーブ商品を開発することは可能であった等として,依拠性を否定しました。
競合他社が,自社製品をまねた製品を販売している場合には,このように不正競争防止法による差し止めが可能な場合があります。本件は,一つの事例として参考にされるとよいと思います(新妻)。
3 裁判例紹介−東京地裁平成19年11月26日判決
買主が売主との取引を終了して,売主の仕入先(工場)と直接取引を開始したことが,信義則上の配慮義務違反とされた裁判例をご紹介します。
原告(売主:株式会社ユニパック・ジャパン)と被告(買主:株式会社松屋フーズ)は,平成13年8月ころから,食品を中国の食品加工工場に製造させて輸入するという内容の売買取引(本件取引)をしていましたが,被告は,平成16年9月に本件取引を打ち切り,上記中国の食品加工工場のうちの2工場(原告とは別法人)と直接取引を開始しました。
これに対して,原告は,本件取引は期限の定めのない継続的取引契約であり,被告が一方的に契約関係を解消するについては,少なくとも1年以上の解約予告期間を設ける信義則上の義務があったにもかかわらず,被告はそれを怠ったなどと主張して,債務不履行又は不法行為に基づき,原告が被告との取引で得ることのできる利益1年分相当額である約2800万円の損害賠償の支払を求めました。
判決では,本件取引については,取引の期間や対象商品及びその数量等はあらかじめ定められておらず,注文の内容及び注文時期はすべて被告に委ねられていたことなどから,原告としても被告が定期的継続的に一定量の商品を確実に購入することまで想定していたとはうかがわれず,原被告間に,原告が主張するような基本契約としての継続的取引契約が成立していると認めることはできないとしました。
しかし,
(1) 原被告間の取引は約3年にわたるものであり,原告は被告からおおむね毎月注文を受けていた
(2) 原告は被告の発注に対応することができるようにするため,中国の食品加工工場を新たに開拓し,指導・支援するなどして,通常の製造委託ないし商品の輸入売買を超えた協力をしている
(3) 原告は被告の中国での人材募集に協力するなど売買取引以外の被告の様々な要求についてもこれに応じている
(4) 平成16年には,原告の収益全体の中の本件取引の割合が50%を占めるようになっていたことを被告も認識していた
(5) 被告は,平成16年3月,本件取引における原告の利益に相当する口銭料率をそれまでの5%から3%に変更することを原告に承知させており,本件取引には取引期間についての合意はないものの,被告は,原告に,今後も相当期間にわたって本件取引が継続することについての合理的な期待を抱かせている
(6) 予告なしに本件取引を終了することによって,原告の上記期待を奪い,原告に想定していない不利益を生じさせることは,被告においても容易に認識し得た
などの理由を挙げ,「被告には,本件取引を中止するに当たって,原告に生ずる被害を最小限になるように配慮すべき取引当事者としての信義則上の義務があるものというべきであり,特段の事情のない限り,事前に取引終了の予定を告知し,取引を終了するまでに一定の猶予期間を設けるなどの対応をすべきであったというべきである」,「本件取引の経緯に照らせば,被告が本件取引の全部打切りを告知するに際して,...4ヶ月程度の猶予期間を置くべき義務があったというべきである」として,原告の本件取引による1ヶ月分の利益を100万円と認定の上,被告に400万円の損害賠償義務を認めました。
コスト削減や秘密情報保護の観点から,買主が従来の売主との継続的取引を打ち切って,製造業者との間での直接取引を開始するケースは今後も増加するものと思われます。
本裁判例は,継続的取引の打ち切りをめぐる紛争について,売主の立場からは自己に有利な継続的取引契約書を作成することの重要性を,買主の立場からは打ち切り前に猶予期間を置くことの重要性を再確認させる参考事例と思われます(鈴木理晶)。
参考:
民法1条1項,415条,709条
4 TiE Entrepreneurial Summit 2008 のご案内
アントレプレナーシップのプロモーションを目的とする非営利のグローバル団体であるTiEは,本年12月16日から18日にかけてインドのバンガロールでTiE Entrepreneurial Summit 2008を開催します。
イベント概要はこちらに掲載しています。
当事務所の弁護士も参加します。
興味がある方は:info@clairlaw.jpまでご連絡ください。