今回は,株主名簿閲覧謄写請求(仮処分)を認容した裁判例,全部取得条項付種類株式の取得価格を判断した裁判例,およびベンチャーサポート研究会 シンポジウムとインド バンガロール見学旅行のご案内をお送りします。
1 判例紹介−東京高裁平成20年6月12日決定
株主が会社に対して株主名簿閲覧謄写を求めた仮処分が認められた裁判例をご紹介します。
2 判例紹介−東京地裁平成19年12月19日決定
会社法172条1項により裁判所が決定すべき全部取得条項付種類株式の取得価格は,取得日における当該株式の客観的な時価に加えて強制取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額をも考慮した額であるとされた裁判例をご紹介します。
3 お知らせ
□ベンチャーサポート研究会 シンポジウムのご案内
□インド バンガロール見学旅行のご案内
1 判例紹介−東京高裁平成20年6月12日決定
株式会社は,株主名簿を本店(または名簿管理人)に備え置かなければならず(会社法125条1項),株主と債権者は,営業時間内はいつでも閲覧や謄写を求めることができます(法125条2項)。
そして,株式会社は,この請求が,
(1)権利の確保または行使に関する調査以外の目的であるとき,
(2)業務妨害を目的とするとき,
(3)請求者が競業事業者であるとき,
(4)開示情報を有償で開示しようとするとき,または
(5)過去2年以内に前記(4)の事実があった場合
でない限り,請求に応じなければなりません(法125条3項各号)。
最近では,いわゆるテーオーシー事件において,この条文に基づいて,競争関係にある株主からの株主名簿閲覧謄写請求が否定されています(東京地決平成19年6月15日)。
ちなみに,会社法にはこの125条とよく似た条文があります。それは,少数株主の会計帳簿閲覧謄写請求を定めた433条です。
これまで,裁判所は,株主名簿や会計帳簿の閲覧謄写請求について,請求者が競業する会社と親子関係にある場合などを含めて,実質的に請求者と会社との間に競業関係があれば,会社はその請求に応じなくてもよいという立場をとっていました。
日本ハウズイングの株主である原弘産は,他の株主が提案した株主総会の議案に賛成するための委任状勧誘をすることを目的として,株主名簿の閲覧・謄写を求める仮処分を申立てましたが,一審の裁判所(東京地裁)は,従前の考え方を踏襲して両社が競争関係にある事業を営んでいるとして,原弘産の請求を認めませんでした。
しかし,東京高等裁判所は,法125条3項3号の趣旨は,競争関係にある事業者が閲覧請求を行う場合には,会社を犠牲にして自らの利益を図ることを目的としていると推定するものであり,請求した者が株主としての権利の確保または行使に関する調査の目的で請求を行ったことを証明しない限り,会社は閲覧・謄写の請求を拒めると解釈すべきであると判断しました。
そして,原弘産は,閲覧・謄写にあたり委任状勧誘の目的を明らかにしたうえ,開示される株主情報について委任状勧誘の目的以外に使用しないことを誓約したなどの事実を認定して,一審の判断を覆し,日本ハウズイングに対して株主名簿を開示・閲覧させるように命じました。
株主名簿は会計帳簿と異なって,会社自身の情報を含まないため,このような高裁の立場を評価する見解も多いのですが,法文が同じ表現であれば,同様に解釈しなければ法的な安定性がたもてないので,同じ規定ぶりの会計帳簿の閲覧手続に関する解釈との整合性を裁判所がどのように考えているかは興味があるところです(古田)。
参考:東京高裁平成20年6月12日決定
会社法125条 433条
2 判例紹介−東京地裁平成19年12月19日決定
いわゆるMBOの後に行われた全部取得条項付種類株式による少数株主に対する対価金員の支払いによる排除の事案において,会社法172条1項により裁判所が決定すべき全部取得条項付種類株式の取得価格は,取得日における当該株式の客観的な時価に加えて強制取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額をも考慮した公正な価格であるとされた事例をご紹介します。
前提として,既存の普通株式を全部取得条項付種類株式に変更し,会社が当該株式を取得するには以下のような手続を経ます。
・種類株式を発行していない会社の場合,株主総会の特別決議(法199条2項,309条2項5号,108条2項,309条2項11号)により,種類株式発行会社となるよう定款を変更します。
・既存の普通株式を,既存の普通株主からなる種類株主総会の特別決議を経て全部取得条項付種類株式に変更します(法111条2項,324条2項1号)。反対株主は株式買取請求(法116条1項2号)が可能です。
・株主総会の特別決議(法171条1項,309条2項3号)により,全部取得条項付種類株式を取得します。法的には,種類株式の払込がなされることを条件に,既存の普通株式が全部取得条項付種類株式に変更されると同時に,会社が全部取得する,という手続きを経ます。この際,全部取得条項付種類株式の取得の決議をする株主総会において定められた対価に対し不服のある株主は,裁判所に対して価格決定の申立をすることができます(法117条,172条1項)。
なお,上記手続は事実上,同一の(種類)株主総会にて決議可能とされています(以上,相澤哲外「中小企業のための新会社法徹底活用マニュアル」等参照)。
本件では,合併前の旧レックス・ホールディングス(以下「旧レックス」)の平成19年3月28日の定時株主総会及び普通株主による種類株主総会において,下記の各議案がいずれも可決されました。
(1) 旧レックスの定款の一部を変更し,種類株式を発行する旨の定めを新設し,平成19年3月28日現在において発行済の旧レックス株式の呼称を普通株式とするという定款の定めを設ける旨の定款変更議案(本件定時総会における議案)。
(2) 上記(1)による変更後の旧レックスの定款の一部を追加変更し,旧レックスの普通株式に,旧レックスが株主総会の特別決議によってその全部を取得する全部取得条項を付し,その呼称を全部取得条項付株式に変更するとともに,全部取得条項付株式1株と引き換えに,平成19年3月28日現在において発行済の旧レックスの普通株式と同じ内容を有する新たな普通株式0.00004547株を交付するという定款の定めを設ける旨の定款変更議案(本件定時総会における議案及び本件種類株主総会における議案)。
(3) 旧レックスが,別途定める基準日の最終の旧レックスの株主名簿(実質株主名簿を含む。)に記載・記録された株主の有する全部取得条項付株式を,平成19年5月9日付で取得し,これと引換えに,全部取得条項付株式1株に対し,0.00004547株の割合にて新たな普通株式を交付する旨の議案。なお,端数株式については,会社が売却して売却代金を株主に配当することとなっています(本件定時総会における議案)。
申立人らは,前記株主総会に先立ち,会社に対し,前記(3)の決議に反対する意思を通知し,総会において,前記(3)の決議に反対しました。
そして,申立人らは,裁判所に対し,法172条1項に基づき,株式取得価格の決定を申し立てました。
裁判所は,「会社法172条1項は...強制的に株式を取得されてしまう株主の保護を図ることを目的とするものである。この趣旨からすれば,当該申立がされた場合に裁判所が決定すべき取得価格とは,当該取得日における当該全部取得条項付種類株式の公正な価格をいうものと解するのが相当である。」「裁判所が,全部取得条項付種類株式の取得の公正な価格を定めるに当たっては,取得日における当該株式の客観的な時価に加えて,強制的取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額をも考慮することが相当であるということになる。」とした上で,「本件における全部取得条項付種類株式の取得の価格を23万円と定めるのが相当である。」として,結果的に,会社側が提示した取得価格を認めました。
本件決定は,172条1項についてのおそらく初めての決定です。鑑定が実施されておらず,裁判所の決定でも「本件においては何らの鑑定をも実施されていないため,当裁判所が強制的取得により失われる期待権の具体的な評価額を算定するにつき,専門的知見を反映した具体的な金額を算出することができないといわざるを得ない」とされています。
そのためか,「なお,本件を契機に,MBOにおける公正な手続のあり方について多様な議論が行われており,前記企業価値研究会報告書はその一つの成果である。旧レックスによる平成18年12月期業績予想についての下方修正等の発表に関し,第1事件申立人らは,価格操作を目的とした意図的なものであると主張するところ,当裁判所は,業績予想の下方修正の発表が作為的なものとはいえないと判断するものであるが,そうであるからといって,株主利益を配慮した公正な手続の観点から,本件におけるMBOの必要性に関する株主に対する説明や価格の適正性を担保する手続について批判の余地がないとする趣旨でないことはいうまでもない。これまで積み重ねられた議論を基にして,今後,MBOに関する公正なルールが確立されることが望まれるところである」としています(川合)。
参考:東京地裁平成19年12月19日判決
会社法172条1項,199条2項,309条2項5号・11号,108条2項,111条2項,324条2項1号,116条1項2号,117条
3 お知らせ
□ ベンチャーサポート研究会 シンポジウムのご案内 □
NPO法人ベンチャーサポート研究会では,以下の通り9月17日にシンポジウムを開催します。
今回は,東京中小企業投資育成株式会社様のご厚意で,200名収容可能な会場をお借りしています。様々な人とのネットワーキングも期待できますので,奮ってご参加ください。
【テーマ】
「リスクマネーがVBに流れるようにするためには」
【プログラム】
18:30 開会挨拶 弁護士古田利雄
18:40 パネルディスカッション
20:10 質疑応答&ネットワーキング(名刺交換)
20:30 閉会
【会 場】
東京中小企業投資育成株式会社 8階会議室
東京都渋谷区渋谷3丁目29−22 投資育成ビル
http://www.sbic.co.jp/other/access.html
<会場アクセス> JR「渋谷駅」新南口より徒歩1分
【パネラー】
経済産業省 新規産業室長 吾郷進平氏
有限責任中間法人日本エンジェルズフォーラム 代表理事 井浦幸雄氏
レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役社長 藤野英人氏
ネオステラ・キャピタル株式会社 投資本部長 祇園哲孝氏
株式会社アクアRIMCO 代表取締役社長 高宮良彦氏
株式会社キャンバス CFO 加登住眞氏
城西大学准教授 太原正裕氏
【お申込】
件名を「9月17日シンポジウム参加」として,お名前,ご所属,ご連絡先メールアドレスをご入力の上,電子メールにてお申込ください。
参加申込メールアドレス:info@v-support.jp
□ インド バンガロール見学旅行のご案内 □
インド工科大学(IIT)同窓会から,本年12月16日から18日にかけて現地で見学や交流を行うツアーのお誘いを受けています。当事務所の弁護士も参加します。詳細はこれから決まる予定ですが,ご興味がある方はinfo@clairlaw.jpまでご連絡ください。