会社の取締役や管理部門,弁護士,会計士,VCなどのみなさん,取締役会決議を行うにあたって,特別利害関係取締役として決議に参加できるか,あるいはできないかについて悩んだことはありませんか?
今回は,特別利害関係取締役の特集です。
1 はじめに
会社法では,取締役会の決議について特別の利害関係を有する取締役は,議決に加わることができないとされています(会社法369条2項)。
取締役は会社のために忠実義務を負っており,取締役は会社の受任者(法330条)として会社の利益のために議決権を行使すべきであり,自己の利益のために議決権を行使することは許されないからです。
抽象的にいえば,「特別の利害関係を有する取締役」とは,当該決議事項について,公正な議決権の行使が期待できない程度の個人的な利害関係を有する場合をいいます。
形式的に利益相反取引に該当しても,完全親会社甲の取締役Aが,その子会社乙社を代表して取引する場合には,Aは甲社の取締役会決議における特別利害関係取締役に該当しないと解され(大阪地判昭和58.5.11[関西丸大食品事件]),また,甲社が取締役Aの個人経営に過ぎないときは,甲社とAとの取引について,(その間に利害相反する関係はなかったから)取締役会の承認は必要でないとされています(最判昭45.8.20)。
特別利害関係取締役は決議に参加できないことから,定足数や決議要件を算出する取締役の数に算入されません(法369条1項)。
公正を期する必要上,特別利害関係取締役は当然に議長の権限も失うことになり,特別利害関係取締役が決議に加わった場合の決議は,無効と解されています。
この瑕疵を治癒する方法としては,適正な構成の取締役会において,追認することが考えられます。
2 該当例
特別利害関係取締役に該当する具体的な場合としては,以下があげられます。
(1) 利益相反取引に該当する場合(法356条1項2号,同3号)
ア.取締役に対する会社財産の譲渡及び取締役を賃貸人,会社を賃借人とする賃貸借の承認(大阪地判昭和29.8.10)
イ.取締役から会社に対する金銭の貸付(東京地判昭和32.3.16)
ウ.特許権の譲渡(譲渡人の代表者が譲受人の代表者を兼任している場合)(東京地裁平成14.6.24)
エ.乙社が甲社の債務を保証する場合
Aが主債務者たる甲社の代表取締役で,かつ乙社の代表取締役・取締役の場合,法356条1項3号「株式会社が取締役の債務を保証」に直接該当しませんが,これに類する行為として,利益相反取引として乙社の取締役会承認が必要となり,当該承認決議においてAは特別利害関係取締役となります(最判昭和45.4.23,旧商法265条1項後段について)。これに対し,Aが主債務者たる甲社の取締役,乙社の代表取締役・取締役の場合には,Aは甲社の取締役会という機関の一員に過ぎず,A自身の経済的利益には直接関係しないことから,この程度の利害関係でAが乙社の役会決議に加わっても特に決議の公正を害されたとするほどのことはないとされています。
オ.Aが甲乙両社代表取締役で,甲社が丙社のために乙社との間で債務保証契約を締結する場合には,Aは甲社乙社両社のために取引をすることになり,利益相反取引として両社の取締役会承認が必要となり,Aは両社の役会決議において特別利害関係取締役となります(大阪地裁昭和57.12.24参照)。
カ.継続的売買契約における売主としての地位の譲渡につき,譲渡会社甲の代表取締役Aが譲受会社乙の取締役,譲渡会社甲の取締役Bが譲受会社乙の代表取締役である場合,それぞれ取締役会承認が必要となり,Aは乙社の,Bは甲社の役会決議において特別利害関係取締役となります(東京高裁昭和61.1.30)。
キ.無償の債権譲渡につき,譲渡会社甲の代表取締役Aが譲受会社乙の代表取締役を兼ねているときは,(旧)商法265条の類推により,譲渡会社甲の取締役会承認が必要となり,Aはその役会決議において特別利害関係取締役となります(名古屋地裁昭和49.11.14)。
ク.吸収合併する合併契約書案についての存続会社の取締役会決議および消滅会社の取締役会決議において,存続会社・消滅会社双方の代表取締役または取締役の場合(東京地裁平成10.9.24)。
注) 会社から金銭の貸付を受けていた従業員Aが取締役に就任した場合,取締役Aがその地位を利用して既発生の法律関係に影響を与えることはないから,利益相反取引には該当しません。
(2) 競業の承認(法365条1項・356条1項1号)
甲社の取締役であるAが甲社と競業関係にある乙商店(個人事業主)を開業する場合や,甲社と競業関係にある乙社の代表取締役に就任する場合,利益相反取引として取締役会承認が必要となり,Aは当該役会決議において特別利害関係取締役となります。
乙社の取締役に就任するに過ぎない場合には,競業取引には該当しないと解されていますが,Aが乙社の1人株主で事実上会社を支配している場合はこの限りではありません(東京地判昭和56.3.26・大阪高判平成2.7.18[山崎製パン事件])。
(3) その他経済的な利害対立が生じる場合
ア.取締役が譲渡人として,譲渡制限株式の譲渡承認(法139条1項),譲渡制限新株予約権の譲渡承認(法265条2項)を会社に求める場合
譲渡の相手方が会社の運営にとって好ましくないと思っても,譲渡の対価が高額であれば会社の利益を無視し,自己の利益を図るために譲渡の承認について賛成するおそれがあります。よって,特別利害関係取締役に該当します。
イ. 死亡取締役の退職慰労金(法361条1項)に関し,支給金額等を株主総会から一任された取締役会で決定する場合の,死亡取締役の相続人である取締役
退職慰労金は,株主総会決議またはこれを受けた取締役会決議によって初めて権利が発生し,この際に受給者も指定することになりますが(当然に相続財産に属し,または相続人に支給すべきということにはなりません。),当該取締役は遺族の一人として退職慰労金の支給を受け得る地位にあるためです。
ウ.会社に対する責任の一部免除(法426条1項)
(4) 会社の支配権に関して利害対立が生じる場合
ア.取締役が譲受人として,譲渡制限株式の譲渡承認(法139条1項),譲渡制限新株予約権の譲渡承認(法265条2項)を求める場合
譲渡制限制度は,株主でない者が株主となり(または既に株主である者が所有株式数を増やして),その株主権に基づいて会社運営に参加することの当否をチェックするための制度ですが,取締役として会社の経営に参加しているからといって,自己が株主として(または自己の所有株式数を増やして)会社の経営に参加することの当否を公正無私な立場で判断することは期待しがたい面があります。よって,特別利害関係取締役に該当します。
イ.取締役に対する第三者割当増資(法362条2項)
有利発行か否かにかかわらず,誰に割当てるかについて取締役会が決定する場合(委任された場合を含む),引受を希望する取締役が公正な議決権を行使することは期待できず,特別利害関係取締役に該当すると解されます。
(5) 会社の地位に関するもの
代表取締役の解任(法362条2項3号)
当該代表取締役が私心を去って会社に対し忠実に議決権を行使することは困難なので特別利害関係を有する者にあたります(最判昭和44.3.28)。
※役付取締役の解任,業務執行取締役の解任(法363条1項2号),委員会設置会社における執行役の解任(法402条2項)及び代表執行役の解任(法420条2項)も同様と思われます。
3 不該当例
他方以下の場合には,特別利害関係取締役に該当しないと考えられています。
(1) 取締役の報酬(法361条1項)に関し,株主総会が定めた報酬総額の配分を取締役会で決定する場合
取締役全体の共通事項に関することなので,取締役と会社または取締役会との間に特別利害関係の問題は生じません(名古屋高判昭和29.11.22)。
(2) 取締役に対するストックオプションの割当て(法362条2項)
取締役に対するストックオプションの付与は,報酬(「報酬等のうち額が確定しているもの」で,かつ,「金銭でない」報酬等の支払として総会決議が必要(法361条1項1号3号))に該当するので,総会決議後の具体的割当てについては,上記(1)と同様と思われます。但し,非公開会社では支配比率に影響を及ぼすため,特別利害関係取締役に該当すると解すべきだと思われます。
なお,本論点については,7月9日午後6時からの東京弁護士会会社法部で,古田弁護士が発表し,会社法の立法過程に関与した弁護士などから活発な意見がありました。
その内容は当ブログでご紹介する予定です。
(3) 代表取締役の選任(法362条2項3号)
候補者自身が議決権を行使することは,業務執行の決定への参加にほかなりません。取締役全員が平等の立場で参加するからその候補者となっている者も不該当となります。
(4) 甲社がホテルの開業費用の貸付けを役会決議で決定した際,甲社の取締役Aが甲社の筆頭株主である乙社の取締役を兼任しており,乙社が当該ホテルの共有持分を有していた場合(東京地裁平成13年9月27日)
4 その他
近時は,以下のような場合も問題となっています。
・合弁会社において,その一方の株主との間の取引につき,当該株主から派遣されている取締役の特別利害関係の有無
・MBOに参加する対象会社の取締役の特別利害関係の有無