今回は,原告に「受領遅滞」が認められた裁判例,会社法305条1項「議案の要領」の意義について判断した裁判例をご紹介します。
1 判例紹介―東京地裁平成20年3月27日判決
債務不履行を理由とする売買契約の解除に基づく支払済み売買代金の返還請求訴訟において,被告の債務不履行を否定し,原告の「受領遅滞」を認定したという,いわば"困ったお客様"に裁判所が鉄槌を下したかのような事例をご紹介します。
2 判例紹介―東京地裁平成19年6月13日判決
株主は,株主提案権を行使する際,会社に対して「議案の要領」を株主へ通知することを請求できますが,会社が「議案の要領」をどの程度記載すればよいかを判断した事例を紹介します。
1 判例紹介―東京地裁平成20年3月27日判決
当職が担当した訴訟事件について,平成20年3月27日,東京地方裁判所から当方の言い分を全部認める判決が出されましたが,その判決内容が珍しいのでご案内します。
この訴訟事件の事案は,次のとおりです。
当事務所のクライアントであるベンダーが,その顧客に,コールセンターシステム一式を販売しました。この売買契約には,(1)ハードとソフトの販売,(2)ハードの設置作業に加え,(3)ソフトのインストール作業や従業員への研修作業(インストール作業等)が含まれていました。
(3)のインストール作業等については,ソフトの製造元しか行えないので,ベンダーは製造元に依頼し,作業当日にコールセンター設置場所に行ってもらいました。
ところが,作業当日,ベンダーが予め伝えていたにもかかわらず,顧客が必要な電源工事やパソコンの準備を行っていなかったため,インストール作業等を実施することができませんでした。ただ,ベンダーとしては,空振りに終わったものの,作業場所に行ってもらった以上,ソフト製造元には費用を支払っていました。
その後,顧客は,コールセンター設置場所を2度変更し,その都度,ベンダーとソフト製造元は,下見などに行っていました。
インストール作業等を再びソフト製造元に依頼するとなると別途費用がかかるため,ベンダーが顧客に追加費用の見積を提示したところ,顧客は,当初の売買代金にインストール作業等の費用が含まれているとして,追加費用なしでの作業を要求してきました。ベンダーがこれを拒否したために,顧客がベンダーの債務不履行を理由に,売買契約の解除を主張して,支払済みの売買代金の約2580万円の返還を請求してきました。
当職は,「ベンダー(実際にはソフト製造元)がインストール作業等を行えなかったのは顧客の責任で,追加費用の請求は当然であり,ベンダーには債務不履行はない。」として請求棄却を求めるとともに,売買代金のうち200万円が未払いでしたので,この200万円の支払を求める反訴を顧客に提起して争ったのです。
この訴訟の争点は,インストール作業等を実施していないベンダーが原則どおり債務不履行責任を負うのか,あるいは,作業当日に必要な電源工事などを行っておらず追加費用の支払いに応じない顧客に責任があるのかにあります。
この点について,東京地裁は,「(ベンダーは,)相応の費用を負担して,インストール作業等を行う準備をしていた。そうすると,インストール作業等を行うべきベンダーの債務の履行ができなかったことについては,顧客の側が受領遅滞の状態にあるから,顧客がベンダーの上記債務の不履行を理由に本件売買契約を解除するためには,受領遅滞を解消しなければならない。さらに,ベンダーの側でインストール作業等の準備を再度行うためには相応の費用が生じることを考慮すると,顧客が受領遅滞を解消するためには,ベンダーに生ずべき費用を顧客が負担することが必要であると解される。」と判断し,インストール作業等を行わなかったベンダーに債務不履行責任はないとして,顧客の請求を棄却するとともに,逆に顧客に対し,未払金200万円全額の支払いを命じたのです。
ベンダーが,売買代金額に含まれているインストール作業等を行わなかったことは事実です。通常であれば,ベンダーの債務不履行であり,契約解除の主張が認められても止むを得ない事案でした。しかしながら,裁判所は,逆に債権者である顧客に「受領遅滞」を認め,ベンダーの債務不履行責任を否定したのです。
「受領遅滞」とは聞き慣れない言葉ですが,「債権者が債務の履行を受けることを拒み,又は受けることができないときは,その債権者は,履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。」とする民法413条に規定された概念です。受領遅滞の内容・効果については学説上も争いがあり,裁判例も殆ど無い状況なのですが,本訴訟事件で,裁判所は,顧客に「受領遅滞」を認定し,債務不履行にあったベンダーに責任を認めず,逆に債権者である顧客に責任を認めました。
債務者(ベンダー)は,債務(インストール作業等)を履行する義務を負っていましたが,その債務を履行しなかったことについて債務者が責任を問われることなく,逆に権利者である債権者(顧客)が責任を問われるというのは,裁判業界でも非常に珍しいので,当ニュースレターで紹介した次第です(佐川)。
参照:民法413条
2 判例紹介―東京地裁平成19年6月13日判決
株主は,株主総会の目的である事項について,株主提案権を行使することができます。この場合,株主は会社に対し,当該株主が提出しようとする「議案の要領」を株主に通知するように請求できます(会社法305条1項)。
この「議案の要領」の意義について判断した裁判例を紹介します。
本件で被告となった株式会社(以下「被告会社」といいます。)は,株主数が1000人未満の公開会社ではない取締役会設置会社で,書面による議決権行使の制度を採用していない会社であり,会社法施行規則93条記載の株主総会参考書類の交付を要しない株式会社です。
原告は被告会社の株主で,本件株主総会について3個の株主提案権を行使し,いずれの議案についても議案の要領の記載請求権を行使しました。これに対して,被告会社は株主に招集通知を送付しましたが,かかる招集通知には原告が提案した議案の提案の理由が要約されて記載されていました。
そこで,原告が被告会社に対し,株主提案権を侵害し,原告の信用低下等の損害を被ったと主張して損害賠償を求めたという事案です。
原告が請求した3つの議案ですが,そのうちの1個を具体的に記載しますと,
利益処分案承認の件について,株主配当金は一株につき35円とし,総額を42,000,000円とする。
提案理由:
当社の純利益と比較し,配当性向30%を目安として,実施すべきである。取締役賞与金10,000,000円(前期)と比較しても当然である。取締役報酬を加えると更に明白となる。
という内容だったのに対して,被告会社が招集通知に記載した内容は,
第4号議案 利益処分案承認の件
1.提案内容 当期の株主配当金は一株につき35円とする。
2.提案の理由 純利益と比較して,配当性向30%を目安とすべきである。
というものでした。
他の2つの議案についても,原告の請求した議案の提案理由は相当長い内容であったのに対し,被告会社が招集通知に記載したものはそれを上記のように要約したものでした。
裁判所は,会社法305条1項にいう「議案の要領」とは,「株主総会の議題に関し,当該株主が提案する解決案の基本的内容について,会社及び一般株主が理解できる程度の記載をいうものと解すべきである。」という基準を立てました。
そして,被告会社のように株主総会参考書類の交付を義務付けられていない株式会社においては,本来株主提案による議案の提案理由を株主総会招集通知に記載する必要はないが,このような株主総会参考書類の交付を義務付けられていない株式会社においても,議案の提案の理由を任意に招集通知に記載することは許容されているのであり,その際には,株主が記載を要求した議案の提案の理由を省略又は要約して記載することは,特定の提案株主による議案の提案の理由についてのみ,当該議案を排除する等の不当な目的をもって記載する等の特段の事情のない限り,違法とはいえないとしました。
そのうえで,本件において,招集通知記載の「議案の要領」については被告会社及び一般株主が理解できる程度に記載されており,議案の提案の理由の要約についても不当な目的は認められないと判示しました。
株主総会参考書類の交付を義務付けられていない株式会社については,どの程度まで株主からの提案内容を株主総会招集通知に記載しなければならないかについてあまり議論がなされてきませんでしたが,その点について一定の基準を示した裁判例として今後の実務の参考になるものと思い,紹介いたします(鈴木俊)。
参照:会社法305条1項,会社法施行規則93条
判例時報1993号140頁