今回は,会社合併における「労働者保護」に関する裁判例のご紹介,ウルトラマンのDVDや関連グッズ販売の海外での独占利用許諾契約の有効性を巡る日本とタイの最高裁判所判決のご紹介,古田弁護士のコラムの日経産業新聞掲載のお知らせおよびベンチャーサポート研究会のご案内をお送りします。
1 判例紹介―横浜地裁平成19年5月29日判決
会社合併を行う場合,「労働者保護」が要求されますが,これらに違反した場合の効果について初めての判断を示した裁判例をご紹介します。
2 判例紹介―日本とタイの最高裁判所で矛盾した判決が下された理由は?
ウルトラマンのDVDや関連グッズ販売の海外での独占利用許諾契約の有効性について,日本とタイの最高裁判所で矛盾した判決が下されました。その理由について,日本における印鑑の持つ特殊な効力とともにご紹介します。
3 古田弁護士のコラムが3月12日(水)から日経産業新聞に掲載されます
古田弁護士のコラムが,3月12日水曜日より,日経産業新聞「日経ビズテク塾」に全4回にわたって掲載されます。テーマは「ひこにゃん事件に見る著作者人格権」です。
4 ベンチャーサポート研究会のご案内
ベンチャーサポート研究会では,3月19日水曜日,是永基樹氏を講師に迎え,「新産業構造論を検討する中で産業技術の構造的位置付けと研究開発動向」をテーマに勉強会を開催します。
1 判例紹介―横浜地裁平成19年5月29日判決
会社分割には,合併や株式交換などの他のM&Aにはない,「労働者保護」のための特別の手続が定められています。
会社分割は,いわゆる包括承継であるため,個々の労働者の同意を得ることなく,労働契約が承継会社である他の会社に引き継がれます。労働者からすれば,会社分割は,実際の勤務先の変更を意味し,生活に重大な影響を及ぼします。
そのため,平成13年に会社分割の制度が施行された際に,労働者保護を目的に,商法が労働者との事前協議を義務付け(改正附則(平成12年法律第90号)5条),さらに商法の特別法として「会社分割に伴う労働関係の承継等に関する法律(労働契約承継法)」が施行されています。
会社分割には株主総会の特別決議が必要ですが,これに加え,労働契約承継法2条により,株主総会の日の2週間前までの労働者への通知が必要となり,また,改正附則5条によって,当該通知の前に「労働者と協議」が必要になります(以下「5条協議」)。その上で,労働契約承継法7条は,会社分割を行う会社に対し,「労働者の理解と協力を得るための措置」をとることを要求しています(以下「7条措置」)。
これらの規程及び法律は,会社法施行後も存続しているため,会社分割を行う場合には,会社法のみならず,改正附則5条と労働契約承継法に定められた労働者保護手続を遵守する必要があります。
これらの手続に違反した場合の効果について初めての判断を示した判例が,横浜地裁平成19年5月29日判決です。この事件は,平成14年に行われた日本アイ・ビー・エム社のハードディスク事業部の会社分割に関するもので,5条協議と7条措置に違反した場合に,当該労働者との関係で会社分割の効力が否定され,労働契約の承継が無効となるかが争われました。
裁判所は,5条協議について,「5条協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には会社分割の無効の原因となり得ると解される。」とし,また,7条措置については,「努力義務」とした上で,「仮に7条措置の不履行が分割の無効原因となり得るとしても,分割会社が,この努力を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合に限られるべきである。」としており,これらの手続違反が会社分割の無効原因(ただし絶対的に無効とするのではなく,原告となった労働者との関係で効力を否定するにとどまります。)になることを認めています。
この裁判例を前提にすると,労働者保護手続に違反があった場合,会社分割そのものが無効にはならないものの,少なくとも労働契約の承継は否定されることになり,会社分割が無意味になる可能性があります。
株主総会の手続は,株主の同意を得て招集通知の期間を短縮して行うことも可能ですが,会社分割においては,株主総会の日の2週間前までに「5条協議」を行うことが要求されている関係で,計画的に「5条協議」を行う必要があり,また,どの程度労働者と協議をすれば「5条協議」と認められるのか,さらに,どのような措置を取れば「7条措置」として認められるのか,リーガル面からの慎重かつ確実な対応が必要になります。
参照:商法改正附則(平成12年法律第90号)5条
会社分割に伴う労働関係の承継等に関する法律(労働契約承継法)2条,7条
金融・商事判例1273号24頁
労働判例942号5頁
労働経済判例速報1978号3頁
2 判例紹介―日本とタイの最高裁判所で矛盾した判決が下された理由は?
ワイドショーでは,ある事件の容疑について日本で無罪判決を受けた元社長が,同じ容疑についてアメリカで逮捕され話題となっています。この事件は,ある国の裁判結果が他国にどのように影響するのかという点について,国家間での統一的なルールの整備が十分でないために生じている問題といえますが,刑事事件だけではなく民事事件についても似たような事例があることが,日本経済新聞2008年3月10日の朝刊に紹介されています。
同新聞によると,円谷プロダクションと,タイの映画会社との間で1976年に締結されたウルトラマンのDVDや関連グッズ販売の海外での独占利用許諾契約の有効性について,日本の最高裁判所は契約書を有効とし,タイの映画製作会社に独占的利用権を認めた判決を下した一方で,タイの最高裁判所は契約書が偽造された無効なものであるとし,反対にタイの映画製作会社の独占的利用権を否定する判決を下したそうです。
なぜ,日本の最高裁判所とタイの最高裁判所とで矛盾した判決が出てしまったのか,詳細は不明ですが,両国における「押印」の重要性が判断を分けたものと思われます。
日本の民事訴訟法では,「私文書は,本人又はその代理人の署名又は押印があるときは,真正に成立したものと推定される」とされ(同法228条4項),「文書の成立の真否は,筆跡又は印影の対照によっても,証明することができる」とされています(同法229条1項)。
「実印」のように一般的に本人がきちんと管理しているはずのハンコの印影と契約書の印影が合致すれば,実際は本人が押印していなくとも,本人が押印したことが事実上推定されます。そして,本人が押印したことが事実上推定されれば,たとえ契約書の内容が不合理であっても,同法228条4項に基づき,本人が自己の意思に基づいて当該私文書を作成したことが推定されます。
本人が押印したという推定を覆すには,「実印が盗まれていた」,「署名の筆跡が違っている」などといった反証を行なうことになります。一方,本人が自己の意思に基づいて当該私文書を作成したことの推定を覆すには,「契約書の中身には一切目を通さずに,ただ相手方の指示のとおりに押印した」,「契約書にあり得ないつづり間違いがある」などの反証を行なうことになります。しかし,いずれの場合も反証を成功させるのは難しく,いったん成立した推定を覆すことは難しいのが現実です。
同新聞によると,タイの最高裁判所では,契約書が偽造であると判断した理由として,「契約書の署名が円谷プロダクション社長本人のものではない」,「契約書には円谷氏本人が作成した書類であることを疑わせるつづり間違いがある」,「そもそも無期限の独占的利用権を与えるということ自体が疑わしい」などという理由を挙げているようですが,日本の最高裁判所ではこれらの事実をもってしても,契約書に押印された印影が円谷プロダクション社長本人の印鑑と合致することから導かれる「社長本人が自己の意思に基づいて当該私文書を作成したこと」の推定を覆すことができないと判断したものと思われます。
このように,日本においては,印鑑は特殊な効力を持っていますので,「よほど信頼できる人物でないかぎり他人には預けない」,「契約書の中身をよく読み,納得した上で押印する」など,その取扱いには十分に注意をする必要があります。
参照:民事訴訟法228条4項,229条1項
3 古田弁護士のコラムが3月12日(水)から日経産業新聞に掲載されます
古田弁護士のコラムが,3月12日水曜日より,日経産業新聞「日経ビズテク塾」に全4回にわたって掲載されます。
いわゆる「ひこにゃん事件」を素材に,著作者人格権について解説したもので,当事務所のニュースレターVol.14(2008年1月23日発行)でも取り上げた話題についてより詳しく解説しています。
知的財産権への関心が高まる中,著作権に対する理解を深めるきっかけになればと思います。是非ご覧ください。
4 ベンチャーサポート研究会のご案内
ベンチャーサポート研究会では,2008年3月19日,勉強会を行います。
ふるってご参加ください。
※事前の参加申込が必要です。詳しくは下記をご覧ください。
テーマ
「新産業構造論を検討する中で産業技術の構造的位置付けと研究開発動向」など
講 師
是永 基樹氏(Motoki Korenaga, Ph.D., M.Egr.Mgmt.)
日 時
2008年3月19日(水)18:30〜20:00
場 所
弁護士会館5階 (地下鉄霞ヶ関駅B1出口直通)
弁護士会館地図 http://www.toben.or.jp/abouttoben/map.html
申 込
参加をご希望の方は,件名「3月19日勉強会参加」として,
お名前,ご所属,ご連絡先メールアドレスをご入力の上,
下記アドレスまで,メールにてお申込ください。
参加申込メールアドレス
info@v-support.jp
【講師略歴】
是永 基樹氏 (Motoki Korenaga, Ph.D., M.Egr.Mgmt.)
工学博士
元内閣府イノベーション25特命室参事官補佐
経済産業省 産業技術環境局 研究開発課 課長補佐(技術戦略・研究開発制度担当)