今回は,前回に引き続いての株主総会決議取消しに関する裁判例のご紹介,内部通報システムについてのご説明,取締役による従業員引き抜きに関する裁判例をご紹介します。
1 判例紹介―モリテックス総会決議取消事件判決(東京地裁平成19年12月6日)〜その2〜
株主提案がなされた株主総会において,会社が投票促進のために粗品を進呈すると利益供与と評価されることになりそうです。
2 内部通報システムの有効な活用
内部通報システムを有効に活用するためにはどうしたらよいかをご紹介します。
3 判例紹介―東京地裁平成18年12月12日判決
新会社を設立した際に従業員の引き抜き等を行った取締役に対して損害賠償請求が認められた裁判例をご紹介します。
1 判例紹介―モリテックス総会決議取消事件判決(東京地裁平成19年12月6日)〜その2〜
上場企業であるモリテックスの会社側提案にかかる取締役および監査役の選任決議を取り消すとした東京地裁の判決が注目されています。
モリテックスは,株主総会の招集通知において,有効に議決権を行使した株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を贈呈することを表明しました。東京地裁は,これは「株式会社は,何人に対しても,株主の権利の行使に関し,財産上の利益の供与をしてはならない。」とする利益供与の禁止(会社法120条1項)に抵触し,総会決議は取り消されるべきであると判断しました。
これまで,株主による議決権の行使を促進するための粗品の進呈については,従来は適法であるという考え方が多数でした。定足数の充足やより多数の株主が株主総会に参加することを促進するという効果が期待でき,株主全体の利益に資するからです。
今回裁判所が示した判断は従前の実務からすれば一種のサプライズですが,その判断枠組は,利益供与は許されないという原則を確認した上で,以下の3要件をいずれも満たす場合にのみ例外として許容されるというものでした。
(1)株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な理由に基づく供与であること
(2)個々の株主に供与される額が社会通念上許容範囲であること
(3)株主全体に供与される総額が会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないこと
会社側提案と競合する株主提案がなされている場合には,会社側は会社側提案を支持してほしいという主観的な意図がありますから,この裁判例を前提とすると(1)の要件を満たさないことになり,原則に戻って利益供与に該当することになりそうです。したがって,このような状況において,会社側は議決権の行使を促進するために粗品を進呈すべきではありません。
ただし,株主総会でお土産を配布したり,株主懇親会などでの飲食物や商品を提供したりすることは,議決権行使と関連がなくかつ小額である限り,今後とも利益供与にあたらないというべきです。
参照:会社法831条,120条1項
商事法務 No1819,1820,1823
2 内部通報システムの有効な活用
昨年から今年にかけて,食品業界の不祥事が相次ぎました。これらの不祥事の多くは,企業内部から直接マスコミのような外部へ申告がなされ発覚しています。
いわゆるJ−SOX対応や,2006年4月1日に施行された公益通報者保護法を背景に,多くの企業が内部から企業自身への申告(内部通報)を受け付けて対応するヘルプライン等の仕組みを整備しており,内閣府の統計によれば,従業員が1,000人を超える企業の8割以上は既に導入を終えており,法律事務所を受付窓口とする例も多いようです。
ヘルプラインを有効に活用するためには,通報を理由とする不利益な取扱いをしてはならないというルールを社内規程の整備等により徹底することや,ヘルプラインの周知徹底に加え,経営陣がヘルプラインを有効に機能させようという意識をもつことが重要です。経営陣が通報を求めているということを積極的に社内に発信することで,従業員がそのような経営陣を信じて躊躇することなく内部通報を行うようになるといえるでしょう。
ヘルプラインには,コンプライアンス体制強化という意義に加え,いきなりマスコミなど社外への通報によって企業が大きなダメージを受けることを回避できるとともに,なかなか伝わりにくい企業内部の事実が経営陣に上がることで経営戦略が立てやすくなる,というメリットもあります。
参照:公益通報者保護法
民間事業者における通報処理制度の実態調査報告書(内閣府国民生活局 平成19年10月公表)
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/information/files/19minkanchousa.pdf
3 判例紹介―東京地裁平成18年12月12日判決
経営方針の相違や経営者間の確執によって,従業員の引抜きが紛争となるケースは少なくありません。従業員が引き抜かれると従業員が持っているノウハウなども流出することもあり,企業経営にとって脅威となることがあります。しかし,従業員には職業選択の自由があり,実際に不法行為を構成すると認定した判例は少ないのが現状です。
本件は不法行為を認めた特殊なケースとしてご紹介します。
東京地裁は,LPガスの供給事業を営むA社の代表取締役であった甲が,A社と競業関係にあるB社と共謀してA社と競業するC社を設立し,A社の従業員を一斉に引き抜いてC社に雇用させ,かつ,従来担当していたA社の顧客を訪問させて,A社との契約をC社との契約に切り替えさせてA社の顧客を奪ったという事案で,不法行為に基づく損害賠償を命じる判決を言渡しました。
判決は,転職の勧誘については,「個人の転職の自由は尊重されるべきという見地から直ちに不法行為を構成するとはいえないが,その方法が背信的で一般に許容される転職の勧誘を超える場合には,…不法行為を構成する」,とし,本件においては,一連の引き抜き行為がA社に秘密裏に行われ短時間に手際よく行われていることから緻密な計画性がうかがわれ
るものであり,全営業社員を対象としている点でA社に対する打撃も大きいことなどから,不法行為を構成すると判断しました。
また,競合会社への契約の切り替え交渉をすることも,「自由競争の尊重の見地から直ちに不法行為を構成するとはいえないが,…不当な手段・方法が採られた場合には」,自由競争の範囲を超えるものとして不法行為を構成する,とし,本件においては,従業員の一斉の引き抜きの直後に切り替え交渉を行えばA社が対抗することは困難であるという状況に乗じて不意打ち的に多数の切り替えを行っていること,一部のケースで顧客に対して虚偽の事実が告知されていることなどから,切り替え行為も不法行為を構成するとしました。
参照:民法709条,719条,会社法355条