今回のニュースレターでは,Vol.9で取り上げた改正雇用対策法の施行の状況と,ふたつの最高裁判例をご紹介します。
1 改正雇用対策法の施行から2ヶ月
改正雇用対策法の施行から2ヶ月余りが経過しました。雇用の現場では,どのような対応がなされているのでしょうか。
2 判例紹介−銀行の自己査定資料の開示を求めることができるか?
銀行が法令により義務付けられた資産査定の前提として作成・保存している資料は,民事訴訟法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないとされた事例をご紹介します。
3 判例紹介−退任執行役員による退職慰労金の支払請求訴訟
会社は執行役員退任の都度,代表取締役の裁量的判断によりその退職慰労金を支給してきたにすぎないなどとして,退任した執行役員の会社に対する退職慰労金の支払請求が認められなかった事例をご紹介します。
1 改正雇用対策法の施行から2ヶ月
今回の改正の主な内容は,外国人労働者の雇用管理の改善と再就職支援及び雇用状況の届出の義務化ですが,後者の雇用状況の届出義務について,現状は,外国人労働者の在留資格や期間などの把握を明確に行うなど必要な手続を進めている企業と,手続が進んでいない企業との二極化が進んでいるようです。
手続が進んでいる企業では,管理職への研修,在留資格や在留期間などを記入するチェックシートの導入などが行われています。
手続が進まない企業では,その主な理由として,在留期間以外の個人情報は業務に関係がないため,明かしたがらない労働者が多いことを挙げています。日本人と外国人が同時に面接に来た場合,日本人を採用するだろうとの声も聞かれます。雇用状況の届出義務は煩雑で,人手の足りない中小企業などには大きな負担となっているようです。
更に,届出された個人情報がどのように利用されるのかについても未だ不明確な点もあり,外国人労働者の納得を得られない結果,届出懈怠に繋がっている面もあるようです。
参照:雇用対策法31条1項2号等
厚生労働省HP
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/gaikokujin-koyou/index.html
2 判例紹介−銀行の自己査定資料の開示を求めることができるか?
融資先の経営状況を調査した自己査定資料について,銀行が裁判での開示を拒めるか否かに関し,平成19年11月30日,最高裁判所の判断がなされました。
この文書開示申立ては,クボタなど2社が,八十二銀行を相手取って提起した損害賠償請求訴訟で行われました。
クボタらは,銀行が全面支援すると説明したことを受け,A社との取引を継続しましたが,その後,A社は経営破綻しました。クボタらは,銀行が,A社の経営破綻の可能性が大きいことを認識していたとして,銀行の欺瞞行為及び注意義務違反行為を立証する必要があるとして自己査定資料の開示を求めました。これに対し,銀行側は,証言拒絶事由に該当する事項が記載されている文書または自己利用文書(民事訴訟法220条4号ハまたはニ)に当たると主張したのです。
ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,当該文書は民訴法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるとするのが判例です(最高裁平成11年11月12日決定参照)。
この基準を前提として,最高裁は,自己査定資料は,銀行の資産査定の正確性を裏付けるため,金融監督庁(当時)が作成を義務付けた資料で,外部への開示が予定されていないとはいえず,開示拒否を認める自己利用文書(民事訴訟法220条4号ニ)にはあたらないと判断し,同じく開示拒否を認める証言拒絶事由に該当する事項が記載されている文書(民事訴訟法220条4号ハ)に該当するかどうかを審理する必要があるとして東京高裁に差し戻しました。
下級審では,類似の事例で民事訴訟法220条4号ハには該当しないとの判断が下されていること(裁判所HP裁判例未掲載),及び当該文書は外部への開示が予定されたものであると最高裁が判断しているので,職業の秘密に関する事項等とは認められず,差戻審でも民事訴訟法220条4号ハにも該当しないと判断されると思われます。
参照:民事訴訟法220条4号ハ 同ニ
最高裁平成19年11月30日決定
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071204095341.pdf
最高裁平成11年11月12日決定
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/F3DE6E3AC2FCAE9349256DC6002697A8.pdf
3 判例紹介−退任執行役員による退職慰労金の支払請求訴訟
執行役員が退任した場合,退職慰労金を受け取ることができるかについて,平成19年11月16日,最高裁判所の判断がなされました。
本件は,Y社の執行役員を4年間務めたXが,Y社に対し,その内規である執行役員退職慰労金規則所定の金額の退職慰労金の支払を求めたものです。
Y社の執行役員規則によれば,従業員であった者が執行役員に就任する場合,いったん退職した上で,取締役会からの委任により執行役員に就任することとされていました。Xも,従業員を退職して執行役員に就任するに当たり,従業員としての退職金を受領しています。その退職金額とXが執行役員在任中に得た報酬総額との合計額は,Xが執行役員に就任せず従業員の最高職位である部長職を4年間務めたと仮定した場合の給与総額とその場合に受け取ることとなる従業員としての退職金額との合計額を約3000万円上回るものでした。
また,Y社の執行役員退職慰労金規則は,代表取締役の決裁で作成,改定される内規で,Xの退職時までその内容が執行役員に対して開示されたことはなく,退職慰労金を必ず支給する旨の規定または一定の要件の下に支給する旨の規定は置かれていませんでした。
更に,Y社がXを含む執行役員に対し退職慰労金の支給を見送る措置を講じた背景には,Y社の業績が極めて悪化したという事情があり,取締役や従業員の給与が削減されました。
上記のような事実関係の下,最高裁は,Y社が退任執行役員に対して支給してきた退職慰労金は,功労報償的な性格が極めて強く,代表取締役の裁量的判断により支給されてきたに過ぎず,Y社が退任執行役員に対し退職慰労金を必ず支給する旨の合意や慣習があったということはできないとして,Xの主張を退けました。
参照:最高裁平成19年11月16日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071116154706.pdf