1 取締役会のIT化について
(1)携帯電話を使って適法に取締役会を開くことができるか?
(2)電子メールで取締役会決議をおこなうことができる場合とは?
2 給料からの天引きについての法的なルール
会社が従業員に貸したお金を賃金から天引きできるか?
1 取締役会のIT化について
(1)携帯電話を使って適法に取締役会を開くことができるか?
会社法は,取締役会の決議は,議決に加わることのできる取締役の過半数が「出席」しなければならないと定めています(369条)。取締役会は,経営の専門家である取締役が討論することによって,適切な経営判断を導き出すことを期待されているため,「出席」といえるためには,討論に参加できる状況がなければなりません。
従来は,取締役が現実に会議に出頭しなければ実質的な討論をすることができませんでしたが,ITの進展によって,電話会議システムやテレビ会議システムを利用して,実質的な討論をすることができるようになりました。
法務省も,「取締役間の協議と意見の交換が自由にでき,相手方の反応がよく分かるようになっている場合,すなわち,各取締役の音声と画像が即時に他の取締役に伝わり,適時的確な意見表明が互いにできる仕組みになっていれば,テレビを利用して取締役会議を開くことも可能である」(「規制緩和などに関する意見・要望のうち,現行制度・運用を維持するものの理由などの公表について・1996年4月19日法務省)との見解を示し,「電話会議システムにより,出席者の音声が即時に他の出席者に伝わり,出席者が一堂に会するのと同等に適時的確な意見表明が互いにできる状態となっていることが確認されて,議案の審議に入った。」旨の記載のある取締役会議事録を添付した登記の申請も認められています(2002年12月18日付法務省民商第3044号法務省民事局商事課長通知)。
このような形での取締役会では,特別なシステム構成や機器のスペックが求められそうですが,前記要件を満たすものであれば,特別な機械は必要ではなく,無線形式のものも禁止されていません。
最近の携帯電話には,スピーカーによってハンズフリーで送受信できるものがありますから,これを取締役会で使用することも可能です。
複数の拠点に本社を置いているような会社や,非常勤の社外取締役がいる場合には,コストや効率を上げることができるでしょう。
参照条文:会社法369条
(2)電子メールで取締役会決議をおこなうことができる場合とは?
旧商法は,取締役会の会議を省略することを認めていませんでしたが,会社法では,機動的な会社経営の実現を図るため,定款で定めることを条件に,「書面決議」が認められています(会社法370条)。このため,取締役の全員が同意している議案については,議論を省略して,電子メールでも取締役会決議ができます。
ただし,代表取締役等が3ヶ月に1回以上行わなければならない取締役会への業務執行状況の報告は,実際に取締役会を開催する必要があります(会社法372条2項・同法363条2項)。
また,監査役が取締役会で議論したほうがよいと判断して異議を述べたときは,電子メールによる取締役会決議をすることはできません。
なお,法務省は,他人が本人に成りすまして同意メールを送信し,後で取締役会決議が無効になるといった問題が生じないよう,同意表明が本人の意思に基づくものか電話などで確認したほうがいいとの見解を示しています。
参照条文:会社法370条
2 給料からの天引きについての法的なルール
会社が従業員に貸したお金を賃金から天引きできるでしょうか?
労働基準法24条1項により,賃金は全額支払わなくてはならないのが原則です。
同条項は,相殺の禁止を含む趣旨と考えられています。しかし,労使協定があれば相殺は可能です。この場合でも,民法510条(差押禁止債権を受働債権とする相殺の禁止)が適用され,賃金の4分の3に相当する部分(差押禁止債権:民事執行法152条1項2項)については使用者からの相殺はできない点に注意が必要です。
また,労働者の個別の同意がある場合も相殺は可能です(最高裁平成2年11月26日判決)。ここで気をつけなくてはならないのは,労働基準法93条の規定です。同条項によれば,就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効とされます。就業規則に規定された労働条件の基準は,経営や労使関係の事情からこれを引き下げる必要が生じ,個々の労働者もこれに同意している場合であっても,労働契約によっては引き下げることはできず,就業規則の改正が必要となるのです。つまり,就業規則に反する形での労働条件引き下げを実行するには,まず,就業規則の改正をする必要があるということです。
参照条文:労働基準法24条1項,93条,民法510条,
民事執行法152条1項2項