今回は,知財高裁の判決をもとに,職務上作成された著作物の著作権者について説明します。
1 職務著作
セミナーのために作成したプレゼンテーションファイルや資料の著作権者は誰か。
2 ソフトウエア著作物の権利関係
派遣社員や外注先が作成したソフトウエア著作物の権利関係
1 業界団体主催の講習を行うために,会員会社の社員が作成した資料の著作者は誰か?
会社の従業員が職務上発明を行った場合には,発明者はその従業員です。会社は職務発明規定によって対価を支払って特許を受ける権利を承継することができるにすぎません。これに対し,会社の従業員が職務上作成する著作物は,一定の要件のもとでその会社の著作物となります。
一定の要件とは,その創作が,(1)会社の発意に基づくこと,(2)業務に従事する者が職務上作成するものであること,(3)会社名義で公表するものであることです(著作権法15条1項)。
知財高裁平成18年10月19日判決の事案では,(社)日本計装工業会主催の計装士の知識・技術維持講習について,この社団法人の会員企業Yの課長が講師を委嘱され,この課長が講習のために作成した資料について,著作者は課長なのか課長が勤務するY会社なのかが問題になりました。
裁判所は,前記(1)と(2)の要件は満たすものの,当該資料にはY会社が作成者であるという表示がないとして,著作権者はY会社ではなく課長であると認定しました。
この裁判所の判断には違和感を覚える人が多いかもしれません。課長は,業務によって取得した知識を用いて資料を作っているからです。
本件は,この課長の後任の講師となった者がこの資料を流用したことについて損害賠償を請求した事案なのですが,裁判所は,資料の流用について,課長による「黙示の承諾」があったとして,結論としては課長の請求を棄却しています。
会社がこのような著作物の権利を確保するためには,作成された資料を会社側が監修したうえで,会社名義で公表することを社内規程として定め,実施するべきです。
2 ソフトウエア著作物の権利関係
ソフトウエア著作物が職務著作のとされる要件としては,前記(3)の「会社名義で公表するものであること」は不要とされています。プログラムの場合,世に公表されないものも多く,公表されるとしても作成者の表示がされるのが一般的であるとはいえないからです(著作権法15条2項)。
したがって,ソフトウエア著作物が職務著作として会社に帰属するか否かは,もっぱら(1)会社の発意に基づくこと,(2)業務に従事するものが職務上作成することという要件を満たすかによって決まります。
(1)会社の発意に基づくとは,使用者の判断によって当該著作物の創作が開始されていればよく,その職にある者が当然に当該創作活動を期待されていれば,会社の発意に基づくものといえます。
(2)業務に従事する者とは,必ずしも会社と創作者との間に雇用契約関係がある必要はなく,「法人等と著作物を作成した者との実質的関係が,法人等の指揮監督下において労務を提供するものであり,法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかについて,具体的事情を総合的に考慮した上で判断すべきである(最高裁平成15年4月11日判決)」とされています。
この基準に基づいて,派遣会社から派遣されたプログラマーが作成したプログラムの著作者は派遣先の企業となりますが,請負契約によって外注先が作成したプログラムの著作者は当該外注先の企業であり,委託した企業が権利を取得するためには,著作権を譲り受ける必要があることに注意が必要です。
参考:知財高裁平成18年10月19日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061020094412.pdf
最高裁平成15年4月11日判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070314112423.pdf
注:条文上は「法人その他使用者」とされている表現を,本文では,「会社の従業員」と簡略化して表現しています。