昨日(8月7日),最高裁は,ブルドックソースの行った敵対的買収防衛策は合法である旨の決定をしました。
ブルドックソースは,法廷闘争では勝利しましたが,経済的には買収者であるスティールPJが利益を得た格好になっています。
経済的な損得の評論は,ビジネス雑誌などに譲ることにして,今回は,買収防衛策に関する法的ルールについて俯瞰したいと思います(「脳トレ」より頭を使うかもしれませんが。)。
1 新株予約権を使った買収防衛策問題の法的な位置付け
はじめに,新株予約権を使った買収防衛策は,法的な議論として,どの法律の,どの条文の問題なのか整理します。
2 法務省・経済産業省の買収防衛指針
企業価値研究会(座長:神田秀樹東大教授)による検討結果を踏まえて,平成17年5月27日に公表されたガイドライン。法的拘束力はないが,企業社会の行動規範となることを期待して策定されています。
3 ライブドア事件高裁決定
買収防衛策のリーディングケースとなったライブドアVS ニッポン放送の仮処分事件で東京高裁(平成17年3月23日決定)が示した判断を再確認します。
4 ブルドックソース事件
株主総会の特別決議によって実施されている点や,買収者が海外の投資ファンドである点が,ライブドア事件と異なっています。
1 新株予約権を使った買収防衛策問題の法的な位置付け
発行済みの株式の一部でも会社の承諾なしに譲渡することができる公開会社では,株主は会社の支配比率を維持することを保証されておらず,取締役会は,資金調達やストックオプションなど経営上の必要に応じて新株予約権を発行することができます(会社法240条)。
他方で,会社法は,取締役会が権限を濫用する場合に備えて,新株予約権の発行が法令や定款に違反したり,著しく不公正な方法によって行われる場合には,株主はその差し止めをすることができるとしています(同247条1項・2項)。新株予約権を使った買収防衛策の問題は,この「著しく不公正な方法」に該当するか否かという論点です。
ブルドックソースの事案では,買収者とそれ以外の株主に付与する新株予約権の内容が異なるので,株主平等原則(会社法109条1項)の趣旨に違反するのでないかという点も論点になっています。
2 法務省・経済産業省の買収防衛指針
我が国においても,大規模な企業買収が行われる時代が到来することに備えて,企業価値や株主共同の利益を図るための買収防衛策のガイドラインを示しています。別の言い方をすれば,この指針に準拠していれば,新株や新株予約権の発行は,「著しく不公正な方法」に該当しないことになります。
同指針では,買収防衛策の3原則として,以下のルールを提案しています。この「原則」からすると,TOB開始後に導入することや,取締役会限りで防衛策を実施することは「例外」とされています。
(1)企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則
買収防衛策の目的は,グリーンメールや焦土化目的の買収に対する企業価値(株主利益に資する会社の財産,収益力,安定性,成長力などを指す)ひいては株主共同の利益(株主全体に共通する利益)の維持・向上とすること。
(2)-1 事前開示(導入)
株主・投資家などの関係者の予見可能性を保護すること。
(2)-2 株主意思の原則
買収防衛策は,株主の合理的意思に依拠したものとすること。
(3)必要性・相当性の原則
買収防衛策は,過剰なものとしないこと。
参照:http://www.meti.go.jp/press/20050527005/3-shishinn-honntai-set.pdf
3 ライブドア事件高裁決定
ニッポン放送の行った敵対的買収防衛策は,ライブドアによるニッポン放送株の大量取得開始後に,取締役決議のみによる第三者割当の方法によって,フジテレビジョンに発行済株式総数の1.4倍に相当する大量の新株予約権を付与したものです。
東京高裁は,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,買収によって経営支配権を争う特定の株主の持ち株比率を低下させ,現経営陣の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合は,「著しく不公正な方法」にあたるとしました。
この考え方は,株主総会によって選任される取締役が,選任者である株主構成の変更を主要な目的とする株式や新株予約権を発行することは許されないことを理由としており,従前から,企業の支配権にかかる紛争において取られてきたものです。
このような基本的な考え方に立ったうえで,株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しないとして,以下の4つの類型を示しました。
(1)グリーンメーラーである場合
(2)焦土化経営を行う目的の場合
(3)被買収会社の資産を債務の担保や弁済原資とする目的の場合
(4)被買収会社の高額資産等を処分させて高配当を得るなど当該会社を食い物にしようとしている場合
つまり,この高裁決定は,(1)から(4)のような特段の事情があれば,買収防衛指針の原則(1)「企業価値の確保」の要件は満たすとし,その場合,買収防衛指針の原則(2)「事前開示(導入)及び株主総会の関与」は必ずしも必須ではないとしているように読めます。
参照:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070530120106.pdf
4 ブルドックソース事件最高裁決定
ブルドックソースの行った敵対的買収防衛策は,TOB開始後に,株主総会の特別決議によって,すべての株主に1株について3個の新株予約権を無償で割り当て,無償割当日の2ヶ月から3ヶ月後までの間に,買収者以外の株主に対しては,株式1株あたり1円で普通株式を交付し,買収者からは,無償交付した新株予約権を買収者の買収提案に沿った時価相当額で取得するものです。
最高裁決定は,買収防衛指針の原則(1)「企業価値の確保」について,株主共同の利益が害されることになるか否かは,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきだと判断しました。
同決定は,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから,買収者以外のほとんどの既存株主が株主共同の利益が害されることになると判断したこと,買収者は買収後の経営方針を明らかにしないなど,有効な反論をしていないことを挙げて,株主総会の判断に瑕疵はないと認定しています。
次に,買収防衛指針の原則(2)-1「事前開示(導入)」について,本決定は,事前導入でないことだけで,買収防衛策を講ずることが許容されないものではないとしています。
また,買収防衛指針の原則(2)-2「株主意思」を必要とする立場であると評価できます。
更に,買収防衛指針の原則(3)「必要性・相当性の原則」については,これを必要とする立場をとった(と思われる)うえで,買収者に対して付与される新株予約権に対して,その価値に見合う対価が支払われることを理由にこれを満たすとしています。
最高裁決定の原審である東京高裁の決定は,「著しく不公正な方法」に当るかどうかは,買収者及び被買収者の属性も考慮の上,公開買付の態様と対比し,買収防衛策を導入すべき必要性の存否,買収防衛策としての相当性の存否について検討の上,相対的に判断すべきであるとし,スティールを濫用的買収者と位置付けた上で,買収防衛策は「著しく不公正な方法」ではないと認定しました。
これに対して,最高裁は,スティールが濫用的買収者かどうかについては言及しておらず,結論を導くためにその点の検討は必要ないという構成をとっています。
最高裁決定は,ほとんどの既存株主が議案に賛成したことを買収防衛策の適法性の根拠としていますが,何パーセント以上であればよいという規範定立はしていないため,更に事例が積み重なっていくか,買収防衛策に関する法的規制(ヨーロッパ型)がなされないかぎり,どこまでが限界なのかは明らかでありません。
参照:東京高裁決定
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070718104214.pdf
最高裁決定
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070807163246.pdf