以前から気になっている「すいません」についてです。
日本では、お店で買い物しても「すいません。」といわれるくらい「すいません」が氾濫している。
日経出版から出た 「すみません」の国 (2012 4/9 榎本博明さん)では、
http://www.amazon.co.jp/dp/4532261570/?tag=yahhyd-22&hvadid=25217001453&ref=pd_sl_3k06eknihh_e
日本人がすぐに「すみません」と言う理由は、1 とりあえず謝ったほうが物事がスムーズに運ぶ、 2 非を認めて謝る潔さを美徳としている。 3 これによって深刻な対立が避けられその場が和み物事がスムーズに運ぶというメリットがあるから。このようなカルチャーを背景として、本音で自分の主張を押し通す人は大人気無い人物とされ低く評価される傾向もある。その反面で、それぞれの主張が明確にならず、結論が出ない。その場限りで取り繕った対応するので原理原則がない。
これを読んで、正月に読んだ関敏さんの本(中国で繁盛店をつくるシンプルな方法 日経BP出版)や、和僑会の人たちの言っていたことを思い出した。
そこには、
中国では「避諱(ひき)」という概念がある。君子といえどもミスはするが、それを槍玉に挙げては君子の威信が傷つき国が乱れるもととなる。このため君子はその功績を讃えつつ恥を隠すことが許される。つまり君子は過ちを犯すことはないという前提なのですぐすいませんと言うようなものは自分が君子でない(立派な人物ではないよ)と認めていることになる。 と書いてあった。
これを併せるとこうなる。
日中間でトラブルが起こる。
日本政府は、日中間の緊張関係(場の雰囲気)を考えながら、場合によっては法的責任とは別に場の雰囲気を維持するための一歩引いたメッセージを発信する。
中国政府は、自国は「大国」だから非難される行動をしたと認めることはしない。日本政府のメッセージは日本が「小国」で立派な国でない証左として受け取る。 という流れになる。
ここでは中国を揚げたが、日本的な行動様式文化の国は世界でも稀で、悪い方に誤解され易いのは日本だと思う。これは、徳川幕府が300年間にわたって、多くは「お家争い」を口実に大名を取り潰してきた後遺症ではないか と個人的には思う。
私たちは、グローバルでは、自分たちの行動パターンにチューニングが必要だということを日本人(特に外務省)にトレーニングする必要があると思う。