事案の概要
本件は、大阪市が出資するいわゆる第三セクターとして水族館(海遊館)の運営等を行う株式会社(Y社)が、平成24年2月、男性従業員X1およびX2に対し、女性派遣社員Aらにセクシュアルハラスメント(セクハラ)行為等をしたことを理由に、懲戒処分として出勤停止処分、降格処分をしたことの効力等が争われました。
■ Xらの地位・関係 、職場の状況
X1(当時44歳)は、平成3年にY社に入社し、営業部サービスチームの責任者の役割を担うマネージャーの職位にあり、課長代理の等級に格付けされていました。また、X2(当時44歳)は、平成4年にY社に入社し、営業部課長代理の職位にあり、課長代理の等級に格付けされていました。このように、XらはY社の取組を理解し、部下を指導すべき立場にあったといえます。
他方、A(昭和56年生)は、売上管理等担当の女性派遣従業員であり、B(昭和61年生)は、派遣会社の従業員としてY社で請負業務(拾得物担当)に従事していました。
なお、Y社の営業部事務室内では、X1、X2、A、Bを含む20数名の従業員が勤務していました。
■ 本件セクハラ行為の内容、期間、態様、性質
本件セクハラ行為の一部(大阪高裁で懲戒事由該当行為と判断されたもの)については、X1のAに対するものは判決書11~12頁「別紙1」に、X2のAおよびBに対するものは13頁「別紙2」に記載されています。
本件セクハラ行為は、1年余にわたり、2人きりの状況で、繰り返し行われたものでした。また、X1は「極めて露骨で卑わいな発言等」、X2は「著しく侮蔑的ないし下品な言辞でAらを侮辱しまたは困惑させる発言」と評価されるものでした(この評価は地裁、高裁でも異なるものではありませんでした)。
ただ、本件セクハラ行為は、性体験を聞いたり身体を触ったりするものではなく、性的関係を求めたり殊更に嫌がらせをしたりする目的や動機の存在までは認められませんでした。
■ 本件セクハラ行為がY社の職場規律に及ぼした影響
Aは、Xらの本件セクハラ行為を一因として、平成23年12月末、Y社での勤務を辞めることとしました。本件セクハラ行為はY社の職場規律に重大な悪影響を及ぼしたといえます。
■ Xらの本件懲戒処分前の状況
Xらは、懲戒処分を受けたことはなく、セクハラ行為等について、Y社から直接的な注意や警告を受けたこともありませんでした。ただ、X2については以前から派遣会社内で多数の苦情が出されており、平成22年に1度上司から女性従業員に対する言動に気を付けるよう注意されていました。
また、Xらは、本件セクハラ行為等について指摘された際、基本的に事実関係を認め、反省の意思を示していました。
■ 本件懲戒処分の内容、重大性
Y社は、X1に対し、X1の行為がセクハラ禁止文書(※)の禁止行為(〔1〕〔3〕〔6〕)に該当し、就業規則上の禁止行為の1つ「会社の秩序または職場規律を乱すこと」に当たるとして、平成24年2月17日付で、同月18日から同年3月18日まで(30日間)の出勤停止の懲戒処分をしました。
またY社は、X2に対し、X2の行為がセクハラ禁止文書の禁止行為(〔1〕〔3〕〔5〕〔6〕)に該当するとして、同様に、同月18日から同月27日まで(10日間)の出勤停止の懲戒処分をしました。
なお、Y社において出勤停止は、懲戒解雇に次ぐ重い懲戒処分と位置付けられていました。
さらに、Xらは、本件懲戒処分に伴い降格処分を受け、減給となりました。
(※)セクハラ禁止文書:「セクシュアルハラスメントは許しません!!」と題する文書(平成22年11月1日)
「我が社は下記の行為を許しません。
『就業規則第4条(禁止行為)(5)会社の秩序または職場規律を乱すこと。』には、次の内容を含みます。
〔1〕性的な冗談、からかい、質問
〔3〕その他、他人に不快感を与える性的な言動
〔5〕身体への不必要な接触
〔6〕性的な言動により社員等の就業意欲を低下させ、能力発揮を阻害する行為」
「セクシャルハラスメントの行為者に対しては、
〔1〕行為の具体的態様(時間・場所(職場か否か)・内容・程度)、
〔2〕当事者同士の関係(職位等)、
〔3〕被害者の対応(告訴等)・心情
等を総合的に判断し、処分を決定します。」
1審(大阪地裁平成26年3月28日判決)
大阪地裁は、各供述の信用性を丁寧に検討した上(A、Bの供述の信用性を概ね認め、Xらの供述の信用性を概ね認めませんでした)、詳細な事実認定と具体的な評価を行いました。そして、大阪地裁は、Xらに有利な事情を最大限考慮したとしても、Xらによるセクハラ行為等の悪質性およびこれによる被害の程度、Xらの役職、Y社におけるセクハラ行為防止の取組み等に照らせば、Xらに対する出勤停止処分は有効である等として、Xらの請求を棄却する判決を言い渡しました。
2審(大阪高裁平成25年9月6日判決)
他方、大阪高裁は、Xらの請求を一部認容する判決を言い渡しました。
大阪高裁も、1審の事実認定を基本的に踏まえ具体的な評価を行い、また、1審では懲戒対象行為と評価されなかった行為についても、一部につき懲戒対象行為であると評価しています。しかし、大阪高裁は、①Xらが、Aから明確な拒否の姿勢を示されておらず、セクハラ言動もAから許されていると誤信していたこと、②Y社ではこれまでセクハラ行為を含め懲戒処分が行われたことはなく、Xらには、Y社が具体的にセクハラ行為に対してどの程度の懲戒処分を行う方針であるのかを認識する機会がなかったこと、③Xらに対する事前の警告や注意等もなかったこと等から、Xらの行為について、突如、懲戒解雇の次に重い出勤停止処分を行うことは、Xらにとって酷にすぎるとして、出席停止処分等を無効と判断しました。
最高裁の判断
最高裁の各事情に対する評価・判断は、1審・2審と大きく異なるものではありませんでした。ただ判示からは、次の事情に対する評価が2審の判断を覆すポイントであったと考えられます。
■ Xらが、Aからの明確な拒否がないため、セクハラ言動が許されていると誤信していたこと(①関連)
2審は、①「Xらが、Aから明確な拒否の姿勢を示されたり、その旨Y社から注意を受けたりしてもなおこのような行為に及んだとまでは認められない」と認定し、出勤停止処分の相当性がないことの一事情としてXらに有利に斟酌しています。
しかし、最高裁は、本件セクハラ行為の内容等に加え、「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられること......に照らせば、仮に上記のような事情があったとしても、そのことをもってXらに有利にしんしゃくすることは相当ではないというべきである」と判断しました。
この点は、セクハラ行為者の「相手が明らかに嫌がっていたらやっていなかった」といった言い訳に対する、最高裁の否定的な姿勢がみてとれるでしょう。
■ 本件セクハラ行為の認識可能性
■ Y社におけるセクハラ防止の重要性、セクハラ防止のための取組み(②③関連)
2審は、他の管理監督者らも認識していたことが十分に考えられるのに、これについてY社が何らかの対応をしたこともうかがわれないことからすると、Y社においては、一般的な注意以上に、従業員の個々の言動について適切な指導がされていたのか疑問があると評価しています。この評価を背景に、2審は②③(Xらが懲戒処分を受けることの予測可能性がない旨)の認定をし、この事情をXらに有利に斟酌しているものと思われます。
しかし最高裁は、本件セクハラ行為の多くが第三者のいない状況で行われており、Aらから被害の申告を受ける前の時点において、Y社がXらのセクハラ行為およびこれによるAらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとはうかがわれないと認定しました。そして、最高裁は、Y社におけるセクハラ防止のための以下の取組みがあることから、管理職であるXらにおいて当然認識すべきであったと評価しています。
Y社は、平成23年当時、職員が200名(うち正社員87名)、うち女性は過半数の112名(正社員18名)おり、セクハラ行為は、女性従業員の労働意欲にも悪影響を及ぼすものであると考えていました。また、海遊館の来館者の約6割が女性であり、健康的で明るく清潔なイメージで来館者を集めていたことから、セクハラ行為という不祥事は企業イメージに致命的な打撃を与えるおそれがありました。 そのため、Y社は、職場におけるセクハラの防止を重要課題として位置付けていました。
そこでY社は、平成21年から毎年、弁護士等の外部講師に依頼して、全従業員を対象とする「セクハラ研修」を実施していました。また、Y社は、「セクハラ禁止文書」を作成して従業員に配布し、職場にも掲示する等してセクハラ防止を周知していました。
解説
1 本件判決の評価
本件判決は、最高裁が初めてセクハラ発言等による懲戒処分の有効性を認めたものとして、各種報道がなされました。
本件セクハラ行為が性的意図をもった言動と認めがたいこと、懲戒処分として重い出勤停止および降格処分がなされたことから、有効・無効どちらの判断もあり得る、限界事例の1つと考えられます。そのため、本件判断により安易に「最高裁がセクハラに対し厳格な態度をとった」とは言い切れません。
しかしながら、本件判決は改めて、企業として普段からのセクハラ防止対策をすべきであるとのメッセージを読み取ることができます。厚労省から出ているチェックリスト 等を参考に、企業のセクハラ防止対策を見直してみるとよいでしょう。
2 Y社における懲戒処分に至るまでの経緯
また、1審で認定された、Y社における本件セクハラ行為の発覚から懲戒処分までの対応は参考となると思われますので、以下抜粋して紹介します。
① 被害申告によるセクハラ行為の発覚
・平成23年9月頃、Aは、同年12月末をもってY社での勤務を終えることを決め、その旨を派遣会社の上司に伝えた。
・平成23年12月15日、Aは、Bと相談し、両名で、Y社営業部副部長に対し、Xらによるセクハラ行為等を受けていて、出社するのが嫌になるほどであり、恐怖を感じているとの相談をするとともに、嫌がらせ等の仕返しを受けるのが怖いので、Aらが被害申告したことを明らかにしないでほしいと依頼した
② 初動対応~被害女性らに対する事情聴取
・営業部副部長は、セクハラ相談窓口担当者(担当者。外部講師が主催する研修を2回受講した経験を有していた)に対し、Aらの氏名を明らかにすることなく、Xらによるセクハラ行為等の被害申告があったことを告げるとともに、どうすればよいかを相談した
・担当者は、このまま放置することはできないので、氏名を明らかにして、被害状況を直接聞かせてほしいと被害申告者に伝えてほしい旨を依頼した
・平成24年1月23日、担当者は、Y社の就業時間後である午後6時から約4時間かけて、ファミリーレストランにおいて、Aらから、Xらの言動について事情聴取した
・平成24年2月2日、担当者は、Aらと約2時間面談し、事実関係を再確認した
・平成24年2月6日、担当者は、Aらと約2時間30分面談し、Xらには見せないとの条件で、「A作成メモ」および「B作成メモ」を受領した
・平成24年2月10日、担当者は、営業部長とともに、派遣会社を訪問し、派遣会社担当者から事情聴取を行い、そこで派遣会社の匿名の複数名の女性従業員による聴取結果を記載した一覧表を受領した
③ 事実確認書の交付
・Xらに対する事情聴取の前提として、「事実確認書」を作成した。そこには、Aらが被害申告したことが特定されないよう、被害事実の内容について一定程度抽象化するとともに、通報者を探したり接触したりすることや事実確認を受けたことを第三者に口外することを禁止する旨の注意文言を記載した
・平成24年2月13日、営業部長を通じて、Xらに対して、事実確認書を交付した
④ Xらによる報告書の提出
・Y社は、Xらに対し、事実確認書に対する回答を記載する「報告書」の作成を指示した
・平成24年2月13日、X1が報告書を提出したが、通報に係る事実があったのかを認めるのか否かがはっきりしない抽象的な記載であったため、営業部長は、具体的に記載するよう指示した
・平成24年2月14日、Xらは、Y社に対し、報告書を提出した
⑤ Xらに対する事情聴取
・平成24年2月14日、常務、営業部長らは、Xらについて、それぞれ約10分間かけて、事情聴取を実施した
・なお、Y社は、Xらに告げた上で、事情聴取の内容を録音した
⑥ 本件懲戒処分
・平成24年2月17日、Y社は、処分理由を示した上で、Xらに対し懲戒処分をした
【参考】
労働契約法 15条(懲戒)
男女雇用機会均等法 11条(セクハラ防止対策措置義務)