事案の概要
平成18年7月31日、製造業等を営むX社は、韓国法人のY社とその日本法人であるZ社との間で、マグネシウム成形機等(本件機械)の共同開発・製造を内容とする契約(本件共同開発契約)を締結しました。
そして、平成19年5月25日、Y社はX社に対し注文書を交付し、X社がこれに承諾したことにより、X社がY社に対し本件機械1~10号機を供給する契約(本件供給契約)を締結しました。
ただ、本件機械は従来とは異なる仕様を備えたもので、かつ、当時はまだ開発されていないものであったため、当事会社間でもやってみなければわからないとの認識でした。それゆえ、平成19年6月下旬の段階から、開発が遅れており、性能も不十分という状況でした。このような状況が続き、平成19年10月中旬、X社・Y社・Z社の打合せにおいて、先行して開発した2~5号機については、新仕様を用いず、従来仕様を用いる方向で開発されることとしました。
そして、平成19年12月中旬、X社・Z社間で会議が開かれ、本件機械の納入日が確認されたものの、本件機械の代金については、上記事情などによる追加費用の負担について折り合いがつかず、納入後に協議することとなりました。なお、代金額については、納入後も結局折り合いはつきませんでした。
平成19年12月下旬、X社は、従来仕様を用いた本件機械2~5号機をY社の工場に納入し、平成20年3月末までの間に、これらの検収が完了しました。
しかし、平成20年3月下旬、Y社からX社に対し、無茶な改造を打診し、その後の平成20年4月中旬、Y社担当者からX社担当者に、不満等を含むメールがあり、これに対し、X社は、Y社に対し、本件機械の開発の継続を中止する旨を伝えました。
そして、平成21年12月25日、X社は、Y社・Z社に対し、本件機械1~10号機の未払代金合計1億3900万円とその遅延損害金につき、連帯して支払うよう訴訟を提起し、他方、Y社は、X社に対し、債務不履行に基づく損害賠償として約1億4900万円とその遅延損害金の支払等を求める反訴を提起しました。
争点
様々な争点がありましたが、主な争点は以下の2点です。
1 Z社は、本件供給契約がY社のX社に対する注文書とX社の承諾により成立したものであるから、本件供給契約の当事者ではなく、取引を円滑化すべく補助的に参与したにすぎないとして、支払義務はないと反論しました。
2 本件機械2~5号機の代金額について、X社は、新たな見積が存在しないことから、当初見積額のままである(仮に代金額の明確な合意が認められないとしても、代金相当額の支払義務を負う)と主張し、他方、Y社・Z社は、平成19年10月に仕様変更の合意があったところ、その後の会議においても金額面では明確に合意に達していないから、支払義務はないと主張しました。
判断
1 本件供給契約の当事者にZ社が含まれるか
東京地裁は、結論としては、Z社も本件供給契約の当事者であると認定しました。
東京地裁は、確かにZ社が本件供給契約の当事者に含まれることを直接に裏付ける客観的証拠がないとしましたが、以下の周辺事情から「当事者となる意思を有していた」と認定しています。
(1) Z社が本件共同開発契約(1号機の具体的契約内容を定めたもの)の当事者となっていた
(2) 本件供給契約は、基本契約というべき本件共同開発契約を前提として締結された個別契約である
(3) 基本仕様案はZ社の代表取締役が作成・改訂したものであった
(4) 検収等の合意の当事者にはZ社が入っていた
(5) 平成19年10月中旬の本件機械開発計画についての打合せで、Z社の担当者が出席し、開発日程の合意に関与した
(6) 代金額の交渉も、Z社の部長が検討結果の代金額を伝え、それに対しX社がY社に請求書を送付するというもので、三者間において行われた
東京地裁が認定したこれらの事情は大きく2つの要素に分けることができます。すなわち、A.本件供給契約の位置付け・性質からみた要素((1)(2))と、B.目的物の内容、引渡し、検収及び代金額、支払時期・方法といった契約内容実現のための関与という要素((3)(4)(5)(6))から、当事者としての意思を推認する判断手法を取っているということができます。
2 本件機械の代金額はどのように定められるか
まず東京地裁は、当時会社間において、本件供給契約締結後に仕様が変更された場合には、代金額は協議により決する旨予定されていたと認定しました。
本件では、代金額について明確に合意に達したと認めることはできないとしましたが、もっとも、代金を一切支払わなくて良いという合意があったと考えることは常識に反するとして、支払義務がないとするY社・Z社の主張を退けました。
そして、本件では、Y社担当者が交渉時に要望した代金額の限度では支払いを許容していたとして、少なくともその金額の限度で合意が存在していたと認定しました。
参考文献61頁には、「目的物を既に受領しているような場合に、黙示の合意を否定することはまれであろう」と解説されており、この場合には時価または相当価格がいくらかという点が問題となります。
また、本件は、「買い手の認めている範囲の代金支払義務しか認めない趣旨ではなく、あくまでそれを超える代金が相当であるとの立証ができなかったという本件の証拠関係に基づく事例判断とみるべき」であると解説されています。仮に本件と異なり、買主から代金額の要望がない場合には、代金額の立証をしなければならない売主側は、時価または相当価格を示すのに過大な負担を負うことになります。
結論
東京地裁は、Y社・Z社に対し、X社に約6000万円(および遅延損害金1200万円超)を支払えとの判決を言い渡しました。
解説―開発契約におけるトラブルについて
本件のように、実務上、開発契約(機械についてだけでなく、システム開発についても当てはまります)においては、(1) 契約書作成前に開発作業が進められることが多く、契約書には、変更後の条件につき別途協議の上定める旨規定されること、(2) 注文書・注文請書の交付のみで、別途契約書を作成しないことが少なくありません。
これらの事情は、以下のリスクを生じさせる原因となります。
(1) 委託者(買主)にとっては、代金額が確定しないことから、過大な代金請求を受けるリスクや回収が困難となるリスクがあります。他方、受託者(売主)にとっては、成果物の内容が確定しないことから、大幅な修正を求められることによる作業量の肥大化、多額の債務不履行責任を問われるリスクがあります。
(2) 本件のように、当事者該当性を争われるリスクや、代表者による代表者印がなく担当者間のみのやりとりの場合、会社の関与を否定されるリスクがあります。
このようなリスクを抑えるために、(1) 特に自己の権利(相手方の義務)の内容、自己の義務の範囲や、協議の方法・時期・条件等については、できる限り具体的に規定するとともに、(2) 別途基本契約において、当事者の確認、個別契約締結の方法を規定しておくといった対処をしておくとよいでしょう。
また、本件では直接の争点になっていませんが、外国企業との契約の際には、準拠法、裁判管轄の点について注意しておかないと、紛争が生じた際に予想外のコストが生じるリスクがあります。
現在、問題なく共同開発を進めている企業にとっても、契約のかたちを見直してみてください。
参考: 東京地裁平成26年1月22日判決 判例時報2235号60頁