今週の日経ビジネスでは、「ビットコイン-国家に突きつけた挑戦状」という特集が組まれていました。ビジネスに関わる方々の目線は、既にビットコインの技術を応用した新たなビジネスに向けられているように思います。
そのような中、先週の4月16日には、マウントゴックスに対する民事再生手続き開始申立てが棄却されたとの報道がありました(ひっそりと)。今後は、破産手続きに移行することになるのでしょう。債権者は、債権届を裁判所に提出し、残余財産から配当を受けるということになります。マウントゴックスにビットコインを預けていた方は、ビットコインはほとんど無価値になることを覚悟しなければならないでしょう。
しかしながら、そもそも、ビットコインは本当に取り戻すことができないのでしょうか?政府がいうように、ビットコインは通貨でないのなら、「モノ」ではないのでしょうか。であるならば、「モノ」の所有権(類似の権利)に基づいてビットコインそのものを取り戻せないのでしょうか。このような質問を受けることもあるため、この点について少し検討してみました。
破産法、民事再生法には、「破産者(再生債務者)に属しない財産」は、破産手続きに従わなくとも、そのままその財産を返してもらえると書かれています(取戻権)。ここでいう破産者とはマウントゴックスのことなので、「そのビットコインは、お前(マウントゴックス)のモノじゃなくて、俺のモノだよ!」と言えれば、そのままそのビットコインを返してもらえるということです。この「破産者に属しない財産」は、有体物である必要性はなく、無体財産権であっても大丈夫です。そうすると、ビットコインが「モノ」であれば、そのまま取り戻すことができそうです。
しかも、ここでいう所有権は、対抗要件を有するなどかなり強い権利であることが求められますが、マウントゴックスの規約を見ると、マウントゴックスはビットコインの売り手と買い手の間の単なる仲介者としての位置づけしか有しません。そうすると、売り手と買い手との売買の後、当該ビットコインの所有権は買い手である自分に属するので、単にビットコインを保管していただけの弱い権利しか持たないマウントゴックスに対しては、「返してくれ」と言える可能性が十分にあるのです。
もちろん、自分のビットコインはいったいどのビットコインなのかを特定する必要があります。しかし、もしも、当該ビットコインが送金された自分のアドレスを把握していて、それを過去のブロック内のトランザクションから見つけ出すことが出来、後続のブロックでそのアドレスからの送金トランザクションが承認されていないのであれば、「そのアドレスに残っているビットコインは俺のだよ。」といえることになりそうです。
最終的にどのような判断がなされるかは難しいところもありますが、理論的には、いくつかの条件が重なれば、ビットコインを取り戻すことができる可能性はあるということになると私は思います。
しかしながら、(期待を持たせたかもしれませんが)、今回のマウントゴックスに関してはどうも無理なようです。それは以下の理由からです。
まず、マウントゴックスの発表を信用すればという前提ですが、平成23年7月以降に取引したビットコインはほとんどすべてが消失しています。その場合には、ビットコインの保有者の権利は損害賠償請求権という金銭の支払いを求める権利に代わってしまうので、取戻権を行使できる余地がなくなってしまいます。
また、平成23年6月以前にビットコインを取引した場合であっても、どうやらマウントゴックスは、買い取ったビットコインを買い手のアドレスに送っていたのではなく、マウントゴックスのアドレスに送金させ、あとはすべてのビットコインをどんぶり勘定していたようです。たとえ、保有者がマウントゴックスのサイトでアカウントのビットコイン残高を確認できていたとしても、それは、マウントゴックス内のシステム上でそのように表示されていただけであり、買い手固有の秘密鍵から生成される固有のアドレスに送金されていたわけではないということです。このような状態ですと、自らのビットコインを特定することは困難でしょう。
ビットコインの保有者にとっては残念ですが、破産手続きの中で処理をするしかないというのが結論になってしまいそうです。
ただ、現時点では、マウントゴックスから出てきている情報は非常に限られたものであり、実際はどうなっているのか良くわかりません。本当のところは、マウントゴックスに対する(所有権に基づく)訴訟を提起してみないと、わからないのかもしれません。
しかも、上記のような訴訟を提起すると非常におもしろい副次的効果があります。
破産手続の開始決定があった場合には、破産者に対して提起された訴訟は基本的にストップすることになっています。債権者に対する手続きは、すべて破産手続きの中で処理する必要があるからです。しかし、所有権に基づく訴訟については、破産管財人に対して裁判を受け継ぐように申立てできます。この場合、破産管財人としては、「ビットコインの取戻しは金銭の請求だから受け継がない。」と言って争うことになります。そうすると、裁判所が、ビットコインの取戻訴訟は、金銭の支払いを求めるものなのか、「モノ」として請求するものなのか、つまり、ビットコインは何かということについて一定の判断を示す必要が出てくることになり、裁判所がビットコインの性質論争に巻き込まれることになるのです。このような訴訟は見物ではないでしょうか。
私は、どなたかがこのような訴訟を提起してくれることを密かに期待しています。